チート霊能力者が行く!異世界悪霊ぶっ殺し紀行

陸猫

ヤンキー異世界へ渡る


 神奈川県某市郊外――


 この夜、晒野さらしの峠は喧噪に包まれていた。

 普段はほとんど人気も無いこの峠に、特攻服トップクを着込んだ1000人近い男たちがひしめきあっている。

 いずれも違法改造したバイクに跨り、各々の手には土木作業用のハンマーや鉄パイプ、日本刀といった物騒な得物。エンジンを吹かす爆音や野卑な笑い声、あるいは怒号がひっきりなしに響いていた。


 そうした様子を峠の頂上から見下ろすのは、唇の端から顎先にかけて稲妻のような傷跡のある、金髪を短く刈り込んだいかつい男である。ぬるい風が、眼下にひしめく男たちと同じデザインの特攻服の裾を揺らした。その背中には『我捨髑髏』の4文字がおどろおどろしい字体で刺繍されている。


噛早死かんばやしさん」


 声をかけたのは『我捨髑髏』のナンバー2、鬼頭である。彼は50センチ程あるリーゼントを重たげに揺らしながら、背を向けたままの噛早死に告げる。


「例の準備、終わりやした。兵隊の配置も済んでますんで、もういつでも始められます」

「オウ」


 噛早死は振り向かぬまま短く応えた。その眼は『我捨髑髏』の兵隊がたむろする広場の向こう、国道から峠へと入る道路をじっと見つめている。

 傷跡の残る顎先に手をやる。およそ1年前、敵対するチーム『亜魔死怨アマシオン』との抗争の際、その総長ヘッドである阿久津によって付けられた傷だ。

 

 『我捨髑髏』は厳密には暴走族というより、半グレと呼ばれる反社会者集団の集まりであった。暴力団から請け負った違法薬物を売りさばき、売上の幾らかを手間賃として受け取る所から始まったこの集団は、リーダーである噛早死の手腕によって瞬く間に巨大化し、今や神奈川県の大半をその勢力下に収める程に成長していた。

 無駄なく、素早く、効率よく、というのが噛早死のモットーであり、脅迫、懐柔、袖の下など、あらゆる手段をもって敵対勢力を時に排除し、時に吸収してきた。その内にヤクザの子飼いであった筈の組織は、いつの間にかそれ自体がヤクザも避けて通る程の力を付けていた。


 その鮮やかとさえ呼べる手管にあって、唯一残る汚点が『亜魔死怨』との抗争である。

 『亜魔死怨』はメンバー50人足らずの小規模な暴走族でありながら、噛早死の提示するいかなる案も問答無用で蹴り返し、必然の結果として両チームは衝突した。

 戦力差は誰の目にも明らかだった。当時『我捨髑髏』の構成員は千人規模にまで膨れ上がっており、噛早死をはじめ誰一人として『亜魔死怨』の掲げる"喧嘩無敗"の肩書を真に受ける者は居なかった。


 それが大いなる間違いであったと知ったのは、当時中学生だった阿久津によって顎を叩き割られた後だった。

 抗争に参加したおよそ500人の『我捨髑髏』のメンバーの内9割が病院送りとなり、噛早死自身も長期入院を余儀なくされたのだった。

 それから彼が前線に復帰するまでの1年間、『亜魔死怨』は『我捨髑髏』と正面からぶつかって生き残った唯一の暴走族チームとして存在し続けているのみならず、半ば生ける伝説と化して、『我捨髑髏』を快く思わぬ勢力にとっての錦の御旗にすらなりかけている。


 噛早死にとっては、『亜魔死怨』そのものが屈辱と敗北の象徴であった。


「それも今晩で終いだ、阿久津ゥ……」


 がりり、と音を立てて歯を噛み締める。

 背後に立つ鬼頭は、目には見えない圧力に押されるかのような錯覚に襲われ、思わず生唾を飲み下した。

 この威圧感、このプレッシャーが、裏社会をのし上がってきた男の放つ殺気というものだろうか。

 ただ後ろに立っているだけで気圧されるというのに、あの三白眼で睨み付けられた日には、並の人間はそれだけで足腰が萎えてしまうのではないか。鬼頭は改めて、自らが大器と認める男の凄みを肌で感じていた。


 ふと、風が止んだ。次に気配が来た。

 広場で怪気炎を上げる兵隊たちの気配も、嵐のような重圧を放つ噛早死の殺気も穿ち、それは針のように鬼頭のリーゼントに突き刺さった。


「……噛早死さん」


 鬼頭が声を発した時には、既に噛早死はその姿を捉えている。そこから来ることが分かっていたからだ。

 奴はいつでもバカみたいな……というより、バカそのものの正面突破を好む。相手が何人であれ、何であれ。

 国道から、ヘッドライトが列を成して峠を駆け上がってくる。蛇行した坂道を、目の覚めるようなスピードで、爆音と共に登ってくる。


 噛早死は未だに夢に見る。阿久津恐死狼あくつきょうしろうの駆るカワサキ750SRの、あの吠え立てる猟犬のような排気音を。ヘッドライトを逆光に浴び、陰影濃く夜の中に浮かび上がる、あの鬼のような笑みを。


「配置に付け。タイミングはオレが指示する」

「……ッ、ウス!」


 自車に跨り、峠を駆け下りていく鬼頭をやはり一顧だにせぬまま、噛早死は右手に持った拡声器のスイッチを入れた。

 地の底を揺するような大音量のダミ声が、兵の頭上に降りかかった。


「よく聞けボケどもォ!今『亜魔死怨』のクソが登ってきてやがる!先頭は阿久津のガキだァ!奴をブチ殺した奴にゃあ、カネ!オンナ!シャブ!なんッでもくれてやる!!遠慮はいらねェ、ケツはオレが持つ!クソどもを血祭りにあげろォ!!」


 歓声とも怒号ともつかない喚き声が何百と重なり、地鳴りのような轟音となって晒野峠に響いた。

 それから10秒と経たない内に、広場へと登ってきた『亜魔死怨』の第一陣が、『我捨髑髏』の面々と激突した。

 すなわち、阿久津恐死狼の喧嘩が始まった。


「かぁぁぁぁんヴァやしぃぃいいいいいいい!!!!」


 その場に集まった1000台近い違法改造バイクの排気音と、男たちの怒号をも上回る雄叫びが、戦場を切り裂いたかのようだった。

 拡声器を用いた噛早死の、更に倍もあるようなバカげた声量。間近に居た兵など、その音量だけで気絶しかねないのではないか。

 声の主、阿久津は一切構う事なく、尻にコンクリート塊が付いたままの「止まれ」の標識を、敵の群れ目がけて振り下ろした。

 

 噛早死の遠目にも、最前線に居た兵たちが3メートル程の高さにブッ飛ばされるのが確認できた。阿久津が得物を二撃、三撃と振るう度、同じ光景が繰り返される。

 違法薬物の過剰摂取オーバードーズによって痛みも恐怖も喪失し、意識が無くなるまで戦い続ける狂戦士と化した筈の兵隊たちが、まるで紙人形のように次々と吹き飛ばされていく。

 

「バケモンが……!」


 『我捨髑髏』の兵隊で埋め尽くされていた広場は、今や楔を打ち込まれたかのように真っ二つに割れていた。人波を強引にこじ開け、切り拓いている。誰も阿久津の勢いを止められない。噛早死の予想した通りに。


 1年前の、あの抗争の夜もそうだった。

 阿久津は己のチームの10倍を超える戦力を相手取り、まるではるか頭上から俯瞰しているかのように正確に、兵隊を蹴散らしながら噛早死の元へとたどり着いた。そして一片の躊躇もなく、噛早死の顎を割ったのだ。

 あの男には何ゆえにか、敵の弱点や焦点を見定める力がある。そしてその腕力に任せ、一気呵成に距離を詰めて勝負を決するのだ。

 はなはだ不快な事に、その戦法は噛早死の持つモットーと奇妙な一致を見せていた。無駄なく、素早く、効率よく。仮に噛早死が阿久津と同じ力を持っていたなら、同じ戦法を取っただろう。だが現実はそうではない。策を弄さねばならなかった。

 1000人の兵隊など、喧嘩バカの阿久津を焚き付ける為の撒き餌に過ぎない。噛早死の本命は次の手にある。


「オウ……準備はいいかァ」

「ウヒヒッ、ヒヒィ!そそそ総長ォォ、いいいつでもいけ、いけますよおお!」

 

 トランシーバーからは明らかに尋常でない様子の声が聞こえてくる。当然、この男も薬物を摂取している。故に殺人に対する抵抗などといったものは、とうの昔に地平の彼方まで吹き飛んでいた。


「ブッ飛びすぎて合図を聞き逃すんじゃねェぞ……成功すりゃあ、それこそ死ぬほどシャブ食わしてやっからよォ」

「ウヒヒヒヒヒ!シャブ!シャブゥ!エヒィヒィヒィヒィ!!」


 笑い声とも泣き声とも付かない奇声を聞き遂げてから、噛早死は通信スイッチを離した。ラリってはいても合図によって行動を起こす事ができるのは、事前に確認済みである。

 下を見れば、『亜魔死怨』の一群はいよいよ兵隊の海を突き破り、頂上へ至る坂道へと差し掛かろうとしていた。


「オラ噛早死ィイ!アタマがんなトコに引きこもってんじゃねぇぞボケナスがぁ~!今度は顎でなくテメェのドタマかち割って脳ミソが何色か確かめてやっからよぉお~~!命乞いのセリフ考えとけや!」


 予想通り、阿久津はあの乱戦の中で噛早死の姿を見出したようだった。そうでなくては困る。その為にわざわざ目立つ場所に立っていたのだから。


「そうだ、来い阿久津ゥ」


 噛早死は傷跡をひきつらせ、凄絶に笑った。


「地獄に送ってやんよ」






総長ヘッド総長ヘッドォ!」

「あぁ!?んだァ多弩殺たどころ!今忙しンだよ!」


 先頭をひた走る阿久津を呼び止めたのは、チームの幹部である多弩殺だった。

 スキンヘッドにねじり鉢巻きをしたこの男は比較的頭の切れがよく、このような大規模抗争にあっては度々阿久津に戦術の提言を行っていた。彼は釘バットを手に襲い来る不良の顔面に蹴りをくれながら言った。


「やっぱおかしいスって!すんなり行き過ぎてますよコレ!」

「すんなり行ってンならいいじゃねぇか!噛早死のボケナスに一発くれてやるのが早まるってことなんだからなぁ……違ェかよ!?」

「違くはないスけど!あの噛早死のゴミカスにしちゃあっさりしすぎだと思うんスよ!コレ1年前と完全に同じ展開ッスよ!?」

「だったらなんだっつーンだよゥ!?」


 阿久津の標識が横薙ぎに振るわれ、5、6人の兵隊が視界から消え去った。まるで埃か何かのようにバイクと人間を掃除していく様は、まるで神話の超人が現代に蘇ったかのようだった。

 多弩殺は思う。この人ならば、あらゆる敵をひとりでなぎ倒してしまうのかもしれない。だが、人はいつか必ず死ぬものだ。どれだけ無敵の存在であるように見えたとしても、その事実は動かない。

 だからこそ、自分が考えなくてはならないと。

 たとえほぼ100%の確率で献策が却下されるとしても、それが思考を止める理由にはならないのだ。


「罠じゃねーかと思うんスよ!あのヘビみてーにこすっかれぇ噛早死のタコのことだから、総長ヘッドの性格を利用して罠張ってるんじゃねーかって!」

「――かもしれねーなァ」

「……総長ヘッド?」


 斜め後方から飛んできたクロスボウの矢を「止まれ」の部分で弾き返しながら、阿久津は静かに言った。

 それはおよそあり得ない返答だった。何を言われようが「関係ねぇ」と突っぱね、罠があろうがなかろうが先陣を切って特攻をかまし、あっさりと勝ってくるのが阿久津の常だった。


「ぶっちゃけっとよォ、なんかイヤな臭いはしてンだよ!この先からプンプンなぁ!」

「だっ――だったら総長ヘッド!」

「だがよォ!だからっつって止まる訳にゃいかねェんだよゥ!」


 阿久津は750SRナナハンのアクセルをひねり込んだ。猟犬の咆哮めいたエンジン音が一際高く響き、車体が加速する。阿久津の金のオールバックが、年代物の特攻服が激しくなびく。


総長ヘッドォオ!まだ間に合うッスよ!一旦引いて様子見ましょう!」

「ハッ――ここで引いたら、そりゃあビビったってこったろーが!あの噛早死のゴミカスによォー!いつも言ってンだろうが多弩殺ォ!喧嘩ってのァな、ビビった方が負けるって決まってンだ!」


 ああ――と、多弩殺は込み上げる諦観と嘆息と、感嘆の念を抑えられなかった。この人は、阿久津恐死狼はそういう男なのだと、改めて教えられた気がした。底抜けに喧嘩が強く、底抜けにバカで、底抜けに一直線だった。

 

 そのやり取りを、噛早死は頭上で見ていた。『亜魔死怨』は完全に『我捨髑髏』を両断し、頂上へと向かうカーブに入っていた。

 坂の入り口から頂上まではおよそ2キロ。上から見れば180度の歪な半円を描くような道だ。車一台が通れる程度の、細い一本道。そこが重要な点だった。


「オウ、いいぞ……行け」


 その一言で、阿久津の命運は決した。トランシーバーは狂ったような奇声を吐き出している。

 半円の道の頂点、折り返しの位置に阿久津のバイクが到達した、丁度その時だった。

 車体をガードレールと岩壁に交互にぶつけながら、視界一杯に大型トラックが出現したのは。


「総――」


 多弩殺が叫ぼうとする。間に合わない。横を通る隙間はない。ブレーキをかけ、Uターンするにも距離が詰まり過ぎた。

 阿久津は――阿久津は、笑った。口の端を凶悪に吊り上げ、切れ長の目をかっと見開き、鬼のような形相で笑った。


「ハハハッ!面白ェ!!」


 バイクが更に加速する。

 阿久津恐死狼はバカそのものの正面突破を好む。相手が何人であれ、何であれ。

 それはこの時、この瞬間においても例外ではなく――。


総長ヘッドォオオオオオオオオオ!!!!」


 耳をつんざく衝突音とともに、多弩殺の絶叫が晒野峠に木霊した。

 

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