【実話怪談】負のパワースポット

中臣悠月

第1話 K池の祠

 フリーランスライターのNさんから聞いた話。



 数年前ぐらいでしょうか、パワースポットブームってありましたよね。○○神社に行くと恋が叶うとか、金運アップには○○に行くといいとか。いまでも、まだ人気なんでしょうかね。

 当時、懇意にしていた出版社でも、パワースポットに関する本を出すことが決まり、その仕事に携わることになったんです。

 担当の編集者は、かなり熱意を持っている方でした。


「ただ、本やネットで調べた情報をまとめるだけじゃダメだ。他のパワースポット本とは一線を画したいから、きちんと自分の足でそのスポットを訪れて、エネルギーを読んで来てほしい。そして、どのように訪れるとパワーを得られるのか、調べて来て欲しい」


 ということで、リストを渡されて、取材に行くことになったんです。私は、そこまで霊視ができるわけではないので、私より視える友人Tに同行を頼みまして、その編集者が一押しだというスポットにまず向かうことにしました。



 そのスポットは、首都圏近郊にあるK池公園というところでした。

 都内から2時間ぐらいでしょうか。

 編集者から、桜の季節はとても美しくて気持ちのいい場所だから、と言われて現地に向かいました。


「あれ?」


と、違和感を覚えたのは、K池の最寄り駅に着いてからです。


 私自身も友人Tほどではないですが、ある程度のエネルギーは感じることができるんです。パワーのある神社やスポットであれば、地図がなくても、そのエネルギーを辿ってそこに辿り着くことができるぐらいには、わかります。

 でも、駅を降りても、K池がどの方向にあるかすらわからないんです。

 これは、「単に桜が綺麗なお花見スポットっていうだけじゃないのかな、これはボツかな」と、不安を感じながら、地元の方に道を聞きつつ、K池に向かいました。



 不安が恐怖に変わったのは、K池公園に入ってすぐのことでした。

 確かに他の場所に比べて、パワーはあるかもしれません。でも、なんというか……負のパワーなんです。

 池には魚や水鳥が泳いでいて、一見、ふつうの池なんですが、水面が鈍色に曇っていて、爽やかな水のエネルギーが感じられない。



 池の畔に、ぽつんと古びた祠が建っていました。

 祀られていたのは、弁財天だったと思います。

 でも、肝心の弁財天様がいらっしゃらない。

 何か、“他の存在”を感じるんです。



 K池公園に入ってから、背筋の寒さを感じていて、もうすぐにもここから出たいと思っていたのですが、仕事は仕事なので、仕方なく本に掲載するための写真を撮ろうと、カメラを出しました。

 ホラースポットでよくある話過ぎて、あまりに陳腐な体験なんで、これはあまり言いたくはないのですが。シャッターが降りないんです。

 池と祠のところでは、どうやってもシャッターが降りない。

 仕方なく、池の周りをぐるっと回って、どこかシャッターが切れるポイントがないかと探し歩きました。



 そのとき、偶然見つけたのですが。

 公園には、あまりに不似合いな石碑が建っているんです。

 水神碑、池の改修記念碑。

 これらは、まだ理解できます。

 しかし、一番大きく存在をアピールしているのが、昭和に建てられた、K池に関する裁判結果を記した石碑なんです。

 どうやら、この池はもともと農業用の灌漑池だったのですが、その権利を巡って所有者の権利を巡る裁判が行われていたようなのです。



 ああ、負のパワーを出しているのは、これか、と納得しました。

「ここは自分のものだ」

 そう所有権の主張をし、争う人々の怨嗟の声。



 それと同時に、この池に伝わるある伝説が思い出されました。



 昔むかし。まだ、ここに池などなく、この辺り一帯がいくつかの小さな水田に分かれていた頃のこと。お松という働き者の嫁がおりました。

 お松は夫婦仲もよく、その姑はその仲むつまじさをひそかに妬んでいました。

 お松の夫が留守をしていたある日のこと。

 姑は、産後間もないお松に、大の男でも一人では無理だというほど広い田んぼを指さして言いました。

「今日のうちに、おまえさん一人で田植えを全部終えとくんだよ」

「はい、わかりました、おっかさん」

 お松は、産まれたばかりの赤子を背負って、一生懸命田植えに励みました。

 しかし、そもそも一人では無理な広さの田んぼです。お日様は西に傾きかけていましたが、まだ田植えを終えることはできませんでした。

「ああ、あと半刻。せめて、あと半刻あれば、田植えが終わるのに……」

 お松は、お日様に手を合わせて、神様に祈りました。

 すると、なんと不思議なことでしょう。

 沈みかけていたお日様は、再び東の中天高く昇ったのです。

 おかげで、姑の言いつけ通り、「今日のうちに」お松は田植えを終えることができたのでした。

「ああ、よかった。おっかさんの言いつけを守ることができて」

 精根尽きたお松は、そのまま田んぼに倒れてしまいました。

 そのとき、どこからともなくたくさんの水が溢れてきて、お松もその子どもも、水に呑まれてしまったのです。

 人々は、お松の祟りを恐れて、この田んぼに近寄らなくなってしまいました。

 それからしばらく雨の多い年が続き、いつしかお松が田植えをした田んぼは跡形もなく、池となってしまったのです。



「この辺り、昭和に入ってまで灌漑池の権利を巡って裁判を起こしているぐらいだから、もともと稲作できるほど、水がなかったんじゃないかなぁ。それで、人口の池を作ることにしたんだろうね」

 そして、このお松。

 ただの嫁いびりで亡くなったわけではなく、池を作るために人柱にされたのではないか。

 そう考えると、パズルのピースがはまるように、すべての符号がぴたりと合致するんです。



 祠に祀られているのは、弁財天様ではなく、人柱とされた女性たち。

 そして、現代に入っても権利を巡って争い続ける男たち。



 ここを気持ちよいエネルギーだと感じられるのは、男性に限られるのかもしれないと。

 そう思いました。



 ええ、同行してくれたTさんも、同じ意見でした。

 ただ、ここと繋がっているエネルギーを感じるから、県内のE神社に行った方がいいと言われまして。

 私も正直、ここはパワースポット本に紹介できる場所ではないので、困っていたんです。

 このK池を紹介して、本を片手にやって来た人が、祠に手を合わせたらきっと大変なことになる、って思ったんです。

 でも、E神社なら、大丈夫だろう、と。仕事のことも考えて、E神社に取材に向かうことにしました。



 ええ、E神社なら大丈夫だろう、と思っていたんですけどね。

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