初雪の夜
舘 ひつじ
第1話
「初雪の夜」
雪が降るので恋しくなるのです。
あなたから携帯に着信が入ったのは10分ほど前でしょうか。何があったかと思えば、買い物を頼まれたではないでしょうか。いつものことですね。あなたのためなら雪の中でも歩きます。もしかしたら、あなたの為に雪の中を一生懸命歩く俺はかっこいいと、自分に惚れているのかとも思えてくると、少し背筋がゾッとします。それでも、それでもあなたが大好きです。
夜の道を歩きます。周りには誰もいません。君の家には君がいます。君はジャガイモと牛乳を買ってきてと、メールで僕に言いました。シチューでも作っているのかなと想像できるくらいに、僕らは時を一緒に過ごしてきました。あなたは、新しい朝を迎える相手に、私を選んでくれました。私はあなたに見合っていますか?ダンスパーティーの日に、前で踊っていた君に一目惚れした事を話すのは、少し恥ずかしかったなぁ。前にいたのが君じゃなかったら、僕はその日、いつもと同じように、つまらない顔をして家に帰っていただろう。君じゃなきゃ、君じゃなければダメなんだ。
君の名前を叫んで、夜道を進む足を焦らせます。なんだか君が、どこか遠くに行ってしまう気がして。なんだか目から、涙が落ちてきて、僕の視界を狭めます。僕が遅くなったら、君はどのくらい怒るのかな?ちゃんと、僕が着くまで待っててくれるかな?僕は少し湿った靴下から、意識を君に移します。君の住むアパートは、東地区の端。吐く息が白く見えるのは、凍えそうな孤独の中で、自分を主張する為。結局、白い息では誰にも見つけてもらえないけれど。僕の心の支えは、君だけなんだ。
空に月が登る夜。君に教えてあげたいよ。今日の月は三日月だよって。携帯を2つ取り出してメールをすると、1分もしないで返信が返ってきた。「月を見ながらシチュー食べよぉ(´∀`)❤️」僕は返信して、2台の携帯を鞄にしまう。今日は、君に借りた傘を返す用事もあったんだ。パンダの可愛いキーホルダーが付いた傘。なんだか、前に見た時より、汚れてる?まるで、何ヶ月も使われてないみたいに……。早く、彼女に会いたい。
君と毎日メールするんだけど、君となかなか会えなくて。電話にも出てくれないだろう?毎日、君の写真を見て1人で泣く夜に、終わりは来ない。やっぱり、君がいないと、不気味な夜は、越えられない。
君のアパートの前まで来た。君の部屋の郵便受けには何も入っていない。とても、汚れている。他の部屋番号が付いた郵便受けは、色があるのに。それに、君の部屋の郵便受けにだけ、なぜか名前が書かれていない。不思議だ。階段を上がっていく。コツコツという音が嫌に響く。君の部屋の目の前に来たけど、部屋に電気が付いてないよ?おかしいなぁ。メールでは、家にいると言っていたのに……。電気メーターもここ何ヶ月も使われてない表示になっている。壊れてるって彼女が言ってたっけ?不気味だ。呼び出しベルを押す。2回目、3回目。君が出て来ないので心配になる。そうだ、彼女は外出中か、仕方がないなぁ、このジャガイモと牛乳は、今晩僕が調理して使おう。きっと、また明日メール出来るし、何があったのか、そこで聞くことにしよう。それにしても、生活感が全くない部屋だなぁ。傘もまた、持ち帰ろうか。仕事で疲れた体を引きずって、僕は方向を変えて家へと向かう。雪は僕の足跡を覚えている。彼女の足跡は、忘れてしまった。
男がアパートから出ると、アパートの敷地内で、噂好きのおばさん2人がコソコソと話していた。「彼女さんを事故で失うなんて、かわいそうねぇ。あぁやって毎日通っては、残念そうな顔をして帰るのよ」「そうよね、携帯電話を同時に2つも使って、わざわざ交互にメールを打っている姿も、気味が悪いわ〜」「ほんとよね〜、近所でも噂よ」男には聞こえない。「あら、そういえばあそこの前田さん。とうとうやっちゃったらしいわよ」「なになに?あたし、それ知らないわ」おばさん2人の興味はそれた。ただ、スキャンダルが好きなだけの2人は、そうやって他人の悪口や失敗を笑ってばかり。そうして他人より、自分が優れていると思い込まないと、生きていけないほどに、心が弱い人間なんだ。
頭に雪が積もっているのに、それにすら気付かないで足を進める男の目線は、2つの携帯電話に向いている。器用に、交互に文字を打っている。口元は笑っているが、目が死んでいる。雪が男を、この世界から隠すように、パラパラと振り続ける、初雪の夜はもうすぐ終わる。
舘 ひつじ
初雪の夜 舘 ひつじ @Tachi_Hitsuji5
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