鬼の涙

山崎祐

第1話

「・・真帆。真帆。会いたいよ真帆」

今夜も俺は彼女のことばかり考えている。

「良介。良介」ああ。彼女が俺の名前を呼んでいる。

真帆の笑顔。真帆の怒った顔。全てが大好きだった。

「真帆。どこにいるの?」

探しても真帆はどこにもいない。

「どこにいるんだよ!」

返事は返ってこない。

月夜に照らされる俺の手は、あの日のことを鮮明に思い出させる



そうだ。アイツは俺が殺したんだった。



俺の住むこの国「リヴァイアサン」に法なんてものは存在しない。70年前の戦争で跡形もなく荒廃したこの国を、再び治めようなんてやつは一人も現れなかった。だから人殺しなんてここでは珍しくもなんともない。気に入らないことがあれば問答無用で斬りつけるし、気を抜けば反対に斬りつけられるかもしれない。まさに殺るか殺られるかの世界だ。

でも、俺はこんな世界が嫌いだ。人間てのは愛し愛され互いに助け合って生きていく。そんな生き物のはずなんだ。殺し合いなんて大嫌いだ。

だから、俺は親父のことも大嫌いだった。

俺の親父は一言で言えば殺人鬼だ。

こんな腐ったような世界でも、人を無意味に殺すようなやつは滅多にいない。でも親父は違った。アイツは自分の殺したいという欲求を満たすため、見境なく人を殺すトンデモない野郎だったんだ。

俺の母さんも親父の身勝手な欲求で殺された。俺が10歳の時だ。あの日のことは決して忘れない。

・・・あの日、俺は生まれて初めて人を殺した



あれを見たのは俺が昔からの友人と遊び終えて、家の

ドアを開けた直後だった。中で悲鳴が聞こえてくる。見渡すとそこには信じられない光景が広がっていた。逃げ惑う母さんとそれを追いかける親父。親父は母さんを捕まえるやいなや包丁で何度も何度もめった刺しにしていた。あたり一面を覆う真っ赤な血。全部母さんのものだ。

声も出せずただ呆然とその光景を見つめていた俺に、「あなたは幸せになりなさい」その言葉だけを残し、母さんは息を引き取った。

その後、目の前で血を流して横たわる母さんに向かって親父はこう言いやがった

「こいつも意外に根性なかったなあ。こんなんじゃまだ満足できねえよ。使えねえ」

怒りが抑えきれなかった。俺の中の何かが煮えたぎるように熱くなってたのを覚えてる。

親父は怒りで震える僕に向けて

「おお。良介ちょうどいいや。お前こっちに来い」と指図した。

「幸せになりなさい」母さんの言葉が僕の頭の中を駆け巡る。

俺は咄嗟に友達の拓也から預かっていたカッターナイフを鞄から取り出し、親父の喉元に突きつけた。

・・・でも

「危ねえじゃねえか」そう言いながら親父は俺の頭をわし掴みにし俺を振り払う。

勢いよく壁にぶつかった僕は気を失いそうになりながらもなんとか親父のことを睨み続けた。

「親を殺す気か?」そういいながら親父は俺の方に包丁の先を向けたまま距離を縮めてくる。

「殺される」そう感じた時だった。母さんの血に足を滑らせた親父が一瞬だけ俺に隙を見せた。この隙を見逃すわけにはいかなかった。俺は持てる力を全て出しきり親父の首元にカッターナイフを突き刺した。


「なんだ。やっぱりお前も俺の子じゃねえか」そう俺に言い残し親父は死んだ。


「違う。俺はアンタみたいに人を無意味に、殺したりしない」あの時はそう思っていた


なのに何故だろう。あの件があって以来、俺は無性に人を殺したくなる時がある。まるで親父が俺の体をのっとったみたいに。


やっぱり俺も「親父の子」だったのだろうか。







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