赤色の夢

宗谷 圭

赤色の夢

 この世界は全てが赤い色でできています。道も、空も、この世界を形作る全ての物が赤いのだと、そう聞いています。

 聞いている、というのは、私は生まれてこの方、この色しか見た事がないからです。他の色など存在も知りませんでしたので、全てが同じ色であるというのは特殊な事である、などと思ってもいませんでした。

 では、他の色の存在をどこで聞いたのかと言いますと。この世界の最も高い場所に、神託所、と呼ばれる場所があります。私はそこに供物を捧げに行く仕事に就いておりまして、出入りした際に知りました。神託所に足を踏み入れると、様々な事を知る事ができるのです。

 神託所の他にも、神聖なものはあります。それも、私の仕事に関係がある場所。生命の実、と呼ばれる、とても大きな不思議な実です。

 どう不思議なのかと言いますと、まず実であるというのに、木が見当たりません。そもそも実は木にぶらさがっている物、という知識も、神託所で知りました。

 そしてこの生命の実からは、いつも不思議な音が聞こえてきます。速くなる事もありますが、大抵は一定のリズムを刻んでいる音です。

 更に、この実からはいつも、恵みの息吹、と呼ばれる不思議な……何と言うのでしょう? 〝気〟のようなものが生み出されるのです。何を隠そう、この息吹こそが、私が神託所に捧げに行く供物なのです。いえ、神託所ではなく、世界中に神様からのおすそ分けとして、この息吹を運びます。そして、帰る時には古くなってしまった息吹を回収して、生命の実へと運びます。すると、それを原料として生命の実はまた新たな恵みの息吹を生み出すのです。

 これほど重要な仕事が、他にあるでしょうか。そんな誇りを胸に、私は日々、恵みの息吹を神託所に、世界に、運び続けているのです。



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 ある日、異変が起きました。

 私はいつものように恵みの息吹を捧げに行ったのですが、神託所へ行ってもそれが消えないのです。いつもなら、神託所へ入ったところで恵みの息吹を収めた容器は消えてなくなってしまうのに。

 この事態に、一緒に供物を捧げに来た先輩が言いました。

 世界が滅亡に近付いている、と。

「滅亡って……どういう事ですか?」

「この世界は、神託によって先行きが変わる事がある。それは、知ってるでしょう? それなのに、神託所が機能しなくなって、神託が授けられなくなったら……この世界は、どうなると思う?」

 たしかに、そう考えると先行きは不安かもしれません。段々私も、世界は滅亡に近付いているんじゃないかと思えてきました。

 ですが、きっとまだ大丈夫。

 だって、世界中に恵みの息吹をもたらしてくれる生命の実があるんですから。この実から不思議な音が聞こえ続ける限り、この世界はきっと大丈夫。

 私は、そう思います。



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 それは、突然現れました。

 空に突然、赤色ではない色の何かが現れたのです。近くにいた先輩が、あれは銀色だ、と教えてくれました。

 銀色……私が今までに見た事の無いような、ぎらぎらとした鈍い輝きを持つ色。この世界には無い形で、固そうで、冷たそうで、鋭そうな……。

 その銀色が、ゆっくりと生命の実に近付いていきます。

 いけない!

 咄嗟に私はそう思い、駆けだしました。予感と言うのでしょうか。このままでは、生命の実に害が及ぶ。そう、思わずにはいられなかったのです。

 果たして、私の予感は当たっていて……。その銀色の何かは、生命の実の周りに張り巡らされた道を切り裂き始めたのです。生命の実を、この世界から切り取ろうとしているのです。

「やめて!」

 叫び、私は生命の実にしがみ付きました。

 やめてください。生命の実は、この世界に恵みをもたらしてくれる物なのです。これが無ければ、世界はどうなってしまうのでしょう。ただでさえ、神託所が機能しなくなって、みんなが不安になっているというのに。これで、生命の実が無くなったりしたら……!

 銀色のそれは生命の実と、その周辺の道を完全に切り離してしまうと、姿を消しました。そして、生命の実は何らかの力によって、どんどん天へと昇っていくではありませんか。

 勿論、生命の実にしがみ付いた私も、どんどん昇っていきます。

 あぁ……生命の実は、私は、この世界は……一体どうなってしまうのでしょうか……?



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 バラバラと激しい音を立てながら、ヘリコプターが飛んでいく。その後ろ姿を見送りながら、俺は病院の屋内へと戻った。

 あのヘリコプターが無事に先方に着いてくれれば。そして向こうでの手術が成功すれば、一人の命と引き換えに、一人の命が助かる。

 あの心臓を無事に届けてくれよ、と祈りながら、俺は窓から空を見上げた。ヘリコプターの姿は、もう見えない。今頃は取り出したばかりの心臓を無事に届けるべく、空の道を速過ぎず遅過ぎずのスピードで飛んでいることだろう。

 青い空を見ているうちに、俺は不意に、昨夜見た夢を思い出した。

 赤ばかりの世界で、俺達と同じように働きながら日々を過ごしていた少女の夢……。最後は、世界が滅びてしまうと嘆いていたな……。

 救いはある、と、俺はあの少女に伝えたい。

 たしかに、君達の世界は滅びた。……俺達が、滅ぼした。〝生命の実〟と呼ばれる心臓を、君達の世界から切り離して。

 けど、それで終わりじゃない。あの切り離した心臓は、これから別の世界を救うんだ。脳死によって、ただ滅びるのを待つしかなくなってしまった君達の世界の代わりに、病気で明日をも知れなかった世界を救うんだ。

 君達に納得してもらえるかは、わからない。これが、人道的に正しい事なのかも、わからない。

 けど、俺は医者だから。救えない命と救える命、どちらを取るのかと考えたら……。双方の家族と、本人の意思があるのなら。やるべきだと、思ったんだ。

 溜め息を吐きつつ医局に戻ると、俺の机の上に一冊のノートが置かれていた。これはたしか、あの心臓を提供した患者のノートだ。

 家族が、目覚めない患者にせめて楽しい夢を、と言って持ってきたノート。枕の下に入れていたのを、持ち帰り忘れたんだろうか。

 悪い気がしながらも、好奇心からノートをパラパラとめくる。どうやら患者には物語を書く趣味があったようで、ファンタジー世界の設定やらキャラクター設定やらが、所狭しと書き綴られていた。

 だからだろうか。だから、あんな夢を見たんだろうか。

 考えたところで、答がわかる話ではない。だが、考えずにはいられない。

 それでもいつしか考える事に疲れ、俺は大きく息を吐いた。そして、医局の窓から祈るように三度空を見る。

 叶うならば、今夜もまた、あの少女の夢を見る事ができますように。そして願わくば……彼女が、彼女の世界によって救われた新しい世界で日々を過ごし、笑顔でいる姿を見る事ができますように。



(了)

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赤色の夢 宗谷 圭 @shao_souya

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