老齢客と青年店員と同情と珈琲

 夕方、とある珈琲店にて。その店は入口から割と奥の方に、二人掛けのテーブル席が横に並んでいて、僕は端っこの席に座っている。右隣が空いていて、そのさらに隣に――たぶん仕事はすでに勇退して肩書が「無職」となるであろう――老齢の男性が座っていた。


「水のおかわり欲しいんだけど」と近くのテーブルを片付けにきた青年店員へ、その老齢客は横柄な感じで声を掛けた。

「あちらにございます」と青年店員は水のある場所を指し示して自分の仕事に戻る。ちょっとして「水は?」とまた青年店員に声を掛ける老齢客。

「申し訳ございません、セルフサービスでして……」

「えぇ……足が悪いんだよねえ」

「では、ただいまお持ちします」

 青年男性はピッチャーを持ってきて、老齢客のコップへ水を注ぐ。

「水汲むくらいねぇ……それくらいサービスしたって良いと思うんだけどねぇ」と老齢客は嫌味っぽく、聞こえよがしの独り言のように言った。

「申し訳ございません。当店はセルフサービスのお店でして……」

 青年店員は申し訳なさそうに言ってその場から去って行った。


 セルフサービスといっても、その店はよくあるセルフサービスのコーヒーチェーンではなく、百貨店の上階にあって高級な雰囲気を漂わせていた。だけど、割とリーズナブルで、水のおかわりだけがセルサービスになっている。そのことをきちんと言わないと駄目だったけど、まぁ最近はどこに行っても老〇と呼ばれる人がいるなぁ……足が悪いってもわざわざここまで来といてねぇ……店員さんも大変だぁ……と僕は少し青年店員に同情していた。


 それから少し時間が経って、ガサガサと新聞片手に空いていた僕の右隣の席へ、これまた隣の隣の老齢客と同年代と思われる男性客が座って、ガサガサと新聞を広げる。

 件の青年店員が「いらっしゃいませ」と水を持ってきた。隣の老齢客は「メニューとかないの?」と、これまた横柄な感じで青年店員に言った。

「申し訳ございません」と青年店員はすぐにメニューを持ってくる。

「あと、呼んだりするボタンも無いとさ」

 ハッとした感じで青年店員は、すぐに「申し訳ございません」と丁寧に言ってワイヤレスチャイムを置く。


 青年店員がメニューを持ってくる間にチラリと隣を見た。燐老のテーブルには、他のテーブルには置いてあるペーパーナプキンやら何やらが一切何も置かれていなかった……。

 そして隣の老齢客がそんなやり取りをしている間、隣の隣の老齢客――面倒だから「隣老」と「隣隣老」とに略す――がチラッチラッと隣老を見ていたのを僕はチラリと見ていた。

 その隣隣老は「なっ! なっ! この店おかしいだろ!?」という感じの顔をして、隣老に同情しているようだった。


 グラタンと珈琲を頼む隣老。しばらくして珈琲を持ってくる青年店員。

「お待たせいたしました」

 丁寧に珈琲を置きながらハッとして、すぐにペーパーナプキンや砂糖壺などを「申し訳ございません」と言って持ってきた。

 これでやっと、本来テーブルにあるべきものが全て揃ったのだった。


 またしばらくして、「お待たせいたしました」とホットサンドを持って青年店員がやってきた。

「ん?」と隣老が不思議そうな顔をすると、すぐに「申し訳ございません」と別のテーブルへ行く青年店員。

 その時、隣老をチラ見した隣隣老は驚愕したような顔をしていた。隣老はというと、何も気にしていなそうでまた新聞を広げた。


「申し訳ございませんでした。お待たせいたしました」

 今度はちゃんとグラタンをもってくる青年店員。

「はいどうも」と隣老。最初、新聞ガサガサとやってきて横柄だと思った隣老は全然そんなことは無かった。老〇2号とかチラッとでも思ったのはごめんなさい……。

 しかし、先ほどから隣老に何かある度にチラ見していた隣隣老は、その度に自分の正しさに確信を深めていくような満足気な顔をしていた。


 そして僕は、芳醇で濃厚な深入り珈琲と敗北感を味わった。

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