ACT101 裏の顔

 社内の清掃は行き届いている。一安心だ。

 もし、外観のイメージそのままのゴミ屋敷状態だったらどうしようかと心配していたが、その心配はなさそうである。

 それと一応は営業しているみたいで良かった。

 潰れているんじゃないかと、割と本気で思っていた。

 それほどまでに外観は……あえて言うまでもないだろう(察してほしい)。


「これはこれは、こんな小汚い場所にお呼び立てして申し訳ない」


 やたらと腰の低い小太りの、いかにも中間管理職のおじさんが私たちを出迎えてくれた。


「今回はお世話になります」


 元気にあいさつ。

 この業界、挨拶が資本。

 挨拶が満足にできない奴は消える――一部はお怒りを買って消されている。

 そんな世界だ。

 それなのに、


「ほんとよ。買ったばかりの靴が汚れちゃうわ」


 なんで真希は、碌な挨拶ができないのに芸能界で十年以上も生き残っているのだろう?

 芸能界の七不思議のひとつである(結衣の独断監修)。


「アハハ、これでも毎日清掃しているんですけどね」


 真希のストレートな物言いにはおじさんも苦笑い。


「こちらの会議室にお願いします」


 通された部屋にはすでに先客がいた。


「お早うございます。先輩」


「おはようございます」


 二つの頭が私と真希を出迎える。


「おはよう。MIKAちゃんにHIKARUちゃん。二人とも早いのね」


「先輩をお待たせするわけにはいきませんから」


 MIKAが言う。

 一体どこまで本気で思っているんだか。

 きっと――絶対にそんなこと、これっぽっちも思ってはいないだろう。


「少しでも早く曲を聴きたかったんですよ」


 MIKAをフォローするようにHIKARUが話に割って入る。


(それにしてマジで小学生にしか見えないんだけど!?)


 以前番組で共演していたものの、改めて驚いた。

 まさか逆にサバ読んで芸能活動してたりしないよね?

 そんな私の心配をよそに、彼女はポーチから箱を取り出す。

 箱の上部をトントンと叩くと、白い筒状のものが……ってタバコ!?

 この娘は吸っても大丈夫なのか? と周囲を見やる。


 真希は全く関心無さそう。

 MIKAはライターを差し出している。

 MAKAの反応からすると大丈夫なんだよね?

 ……本当に? めちゃくちゃ不安なんですけど!


「どうかしました?」


 タバコを吹かしながらHIKARU。

 吹かした煙で輪を作って遊んでいる。

 相当手慣れている――吸い慣れていると見た。


「いや、私はタバコ吸えないからどんな味なのかなって」


「う~ん。美味しくはないですかね? 私の場合は中毒みたいなものだから、味云々より吸うと言う行為に意味がありますからね」


 受け答えからも、目の前の幼女(見た目が)は大人の女性だとという事がわかる。

 失礼とは思いつつも、年齢を尋ねてみる。


「歳ですか? 四捨五入すればアラサーですね」


「え……」


 自分で訊いておいて固まってしまった。

 思いの外、人生経験豊富だった。


「意外と歳食ってるのね」


(だからオブラートに包め!!)


 真希はそれだけ言うとスマホに目を落とした。

 すでにこの話題に感心を無くしたようだ。


 言葉を選ぶ回路が死滅してるのか?

 そんな思いを抱きながらも、追及しても意味がない事はわかっているので、HIKARUとの会話に戻ることにする。


「それじゃあ、芸歴も長いんじゃ」


 もし先輩だったら大変だ。

 この業界、売れていようが売れていなかろうが、先輩は立てるべきなのだ。

 だからこの業界では、20代の若者に40を過ぎたおじさんがペコペコする光景がよく見られる。

 私や真希みたいに子役からやっている人間は若くして大ベテランとなる。

 私も真希も大ベテランの域にはまだないと思うけど、あと十年もすればその域に到達するかもしれない。

 私同様にHIKARUも子役上がりだったとすれば、間違いなく芸歴は上。

 大先輩である。


「私は……」


 指折り数えて、四本指を折ったところで止まった。


「4年目ですかね?」


 バリバリの新人だった。


「でもそれは日本での芸歴ですから」


 MIKAが補足する。


「日本での?」


「HIKARUさんは韓国のプロダクションに居たので」


「韓国……」


「なので、向こうでの芸歴も足したら」


「それでもほとんど同期。私は子役からじゃないから」


 話を聞いて疑問に思うことが一つ。


「なんで日本に?」


 至極まっとうな疑問である。


「向こうでデビューできなかったから」


 おっと? これは訊いちゃいけない話だったかな。


「私の見た目はこっちではいいけど向こうではダメだった」


「ん? それって見た目が小学生だからデビューさせてもらえないってこと?」


 少し違うと前置きしてから、


「私がいたプロダクションはKポップをメインにしていたから」


 ?? 未だに話が見えない。


「Kポップのダンスは揃えることに意味がある。統率された一糸乱れぬダンスが求められる」


 なるほど。

 何となく話が見えて来たぞ。


「だから身体の小さな私が入ると全体のバランスを崩す。私と同じくらいの身長の人間が集まればデビューできた」


 さすがにそれは無理だろ、と思いはしたが、口には出さなかった。

 それは彼女のコンプレックスだから。わざわざ相手を傷つけなくてもいい。


「そんなの――」


 真希がいつもの調子で余計な一言を言うよりも早く、高野さんが口を塞ぐ。


「貴女はゲームに集中してなさい」


 その様子を手を叩きながら真希のマネージャーが見ている。


(あなたのとこのタレントでしょ!)


 高野さんも同様の意見だったようで、真希のマネージャー相手にマネジメント論を語って聞かせていた。


 色々と騒がしくなってしまったが、


「色々と大変だったのね。でも、日本では無事にデビューできたわけだし、良かったわね」


「まあ、クイーン・レコードからはデビューできると思っていたけど」


「確信があったの? すごい自信ね」


「自信じゃなくて確定事項みたいなものだったわ。私を飼い殺しにしたプロダクションの情報を相良に買ってもらったの、私はオマケみたいなものよ」


 伊達に歳は食ってないな。

 大人の女って怖い。

 笑顔で生々しい話を平然と語る。


「でも、なんで今回私と真希を入れた四人でCD出すことに?」


「韓国はデビューまでに大金をつぎ込むから、元手は回収しないと。ラビットガールはグループ活動は折半だから。個人であまり仕事がないのよ。テレビ局もこの見た目だから使いづらいのかしら?」


 反応に困る。

 ありえない話ではないだろう。

 年齢不詳の見た目幼女のHIKARU相手に、過激な事をやればテレビ局にはクレームが殺到するだろう。


「まあ、そんなわけでお金が必要なの。とっとと稼ぎたいのよ」


 HIKARUの話を聞きながら思った。


 なんで芸能界って裏のある人が多いんだろう。

 今回の新規ユニットは腹黒二人かと思っていたが、三人目がいた。

 芸能界の黒い部分を煮詰めたような、悪い意味で芸能人らしい人間が揃った。


 大丈夫なのかこのメンバーで?

 そんな私の心配をよそに、CDデビュー計画は進行してゆく。

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