ACT93 持ってる女

 月初めに母の財布から三万円を抜き取って、スクールの月謝代を確保する。それでも追加でお金が必要になることは少なからずあった。

 試験がある月には居残り練習をするためにレッスンルームを借りる必要があった。スクールの生徒ということで割引して貰えたが、それでもその料金は決して安くはなかった。

 その都度、母の財布から一万円を抜き取った。

 そんな生活を一年。転機が訪れる。

 芸能スクールと提携している大手芸能事務所が大規模な新人発掘オーディションの開催を決定した。

 スクールの生徒は一次試験免除(書類審査)が決まっていた。

 しかし誰でも受けることができる訳ではなかった。

 スクールの推薦が必要で、推薦された生徒は実力はスクールのお墨付き。事実上の合格である。

 私の裏工作はより過激になった。ならざるを得なかった。

 それは私だけに限った話ではなく、優秀な成績を残していた生徒は皆少なからず裏工作を行っていた。

 真面目な生徒は上位にはいなかった。汚い事を一切しない、清廉潔白な成績上位者などスクールには存在しなかった。

 成績上位者は互いにネガティブキャンペーンを展開。やったと言う証拠を掴ませない陰湿なやり口は流石と言わざるを得ない。

 そしてついに私は窮地に陥る。

 裏工作をしていたことが告発されたのだ。証拠付きで。

 もちろん私は証拠を掴ませるへまなんてしない。嵌められたのだ。

 私を嵌めたのはライバルと呼ぶに相応しい卑怯な女だった。

 周囲は私の推薦はないと見切りをつけていたし、私自身も今回は選ばれることはないと思っていた。

 次の機会を待とう。そのように思っていたところ、先生から呼び出しを受けた。

 裏工作の件で何らかの処罰があるかと覚悟したのだが、先生は私の予想の斜め上をいった。


「当スクールからは二人をオーディションに推薦しようと思っている。その一人は君にしようと思っているんだが……どうかな?」


 私は先生が言っている意味が解らなかった。しかし、疑問符を浮かべるよりも先に「はい。お受けします」と即答していた。

 何はともあれチャンスが巡ってきたのだから飛びつかないわけがなかった。

 後から聞いた話だと、他者を蹴落としてでも上に行きたい人間でないと芸能界で大成しないと言う先生の持論のもと、裏工作の過激だった者を選択したのだと言う。

 運はまだ私を見放してはいなかった。

 芸能界は実力だけではやってはいけない。強運も必要なのだ。

 私は持っている。持っている女だ。

 翌日には嫌がらせはピタリと止んだ。

 運をも味方に付けた私に恐れるものなど無かった。

 刺さる視線に私は笑みを返し、相手も笑みを返した。微笑みの裏に隠した冷たい感情は私に優越感をもたらした。

 

 そして迎えた新人発掘オーディション一次審査。

 私は難なく通過を果たした。もう一人の推薦者であるライバルと共に――。

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