ACT45  NG

 カットがかかると、急いで赤崎くんを探す。

 どこを見回しても姿が見えない。

「ねぇ、赤崎くんは?」

 高野さんを掴まえて訪ねる。

 すると、

「用事があるから帰るって」

 感情の籠っていない声が事務的に答える。


「もういい」

 どう考えたってウソじゃない。第一、用事がないから来たんでしょ!

 言ってることと、やってることとがバラバラじゃない!

 怒りの矛先を何処に向けていいのか判らなかった私は、取り敢えず慶に当たった。


「何してくれるの! 勝手にキスなんかしないでくれる!!」

「そう目くじら立てるなよ。只のアドリブだろ? 可愛いお顔が台無しだぞ」

 ウィンクと共に投掛けられる甘い言葉。

「……キモい」

 包み隠さぬ本音が零れた。


 ひどいなぁ~と、おどけて見せる慶は声だけ真剣なものに変えると、

「キスした方がこのシーンのためだと思ったんだ。秘めてた思いが溢れ出たんだよ。俺の君に対する愛同様にね」

 キラキラ~とエフェクトがかかるほどに眩しい神々スマイルで言う。

 そして、

「どうでした監督。もし気に入らなければ元の演出に戻しますけど」と、勝ち誇った顔で続けた。


「……いいな。よし! 採用しよう。もう一度撮る」

 ちょっと監督!? 何乗せられてるんですか!?

「そんな急に演出変えるなんて、それにこの場面でキスシーンなんて……おかしくないですか?」

 慌てて王子監督に抗議する。

 しかし、王子監督の意志は固く、演出を元に戻そうとはしなかった。

 その意志の固さをもう少し別のところで働かせてもらいたかった。


 王子監督って作品に対して貪欲っていうか、周囲が見えなくなっちゃうタイプだったんだな。今更だけど。

 撮影始まって早々にロケハンやり直したって時点で、薄々気づいていたけどね。


 結局そのあと何度もキスシーンを撮り直させられた。

 気分は超ブルー。

 ターコイズブルーとかじゃなくてもっと暗い、どんよりと垂れる雨雲みたいに灰色――黒色に近い青色。

 だって慶のヤツ、キスだけでも許しがたいのに舌まで入れてきたのよ!?

 だからせめてもの抵抗に――


「――痛っ!」

 思いっきり噛みついてやった。

 噛み千切れてしまえばよかったのに――クソ!

「あら? リアリティーがあるでしょ。急なキスに驚いた女の子の反応。アドリブよアドリブ。アナタも俳優ならちゃんと最後までやりきりなさいよ」

 その時、足下では慶の足を全力で踏みつけていた。


「――はい、カット!」

 王子監督は頭に手をやり、

「取り敢えず休憩。その間に新田は気持ち切り替えて来て」

 と、一喝。


 この日NGを連発したのは言うまでもない。

 最悪の雰囲気のまま撮影は進んだ。

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