ACT16 宿題デート?
ヒュー。やるねぇ。と、からかう高野さんは実にいい顔で笑っている。
「どうしたらいい?」
「行けばいいじゃない」
「でも……」
新田結衣は悩んでいた。
赤崎綾人の自宅に招かれたものの友達の家に遊びに行くなどと言う経験はほとんどない。瑞樹の家を初めて訪ねたのも友達としてではなく仕事絡みでのことだった。
友達に招かれたはいいもののどんな感じで訊ねればいい?
そもそも男子の家にのこのこと上がってもいいのだろうか?
何も判らない。
私ってホントに友達いないんだな。瑞樹がいなかったら完全にぼっちだっただろう。
想像するだけで恐怖を覚える。
芸能人って意外と寂しい。そして孤独でもある。
だから私は普通を求めた。
意味などない。ただ、孤独から逃れたかっただけ。
孤独ではなくなった。その代わりに思い煩いは増えたように思う。
まさしく今の私みたいに。
頭を抱える少女を見て陰湿な笑みを浮かべるマネージャーが囁く。
「羨ましい。私は貴方に振り回されて碌に寝ていないというのに貴方は同級生とデート。羨ましい」僻みが炸裂する。
黙っていればデキるキャリアウーマンなのに。
口には出さないものの表情から伝わってしまったのか高野さんはついに脅しをかけてきた。
「新田結衣。高校の同級生とお家デート、か」
まるで週刊誌の見出しの様な事を呟きながら、「せいぜい楽しんできてね」と笑う。
「こ、怖いよ高野さん」
半分は冗談だろうけど、半分は本気だと思う。
まさか本当にリークしたりしないよね……。
私の熱愛スクープってどのくらいのお金になるんだろう? 記事を書かれないに越したことはないけど少し気になる。まあ、その好奇心を満たすためだけに自ら情報を流すなんてことはしないけど。
そもそも、熱愛でもなければデートでもない。ただの勉強会だ……多分、きっと、そうに違いない。
なんか言い訳してる?
一向にまとまらない思考のまま私は帰路に着いた。
*
女子高生と女優の二重生活は相変わらず忙しい。目が回る忙しさ、というのはまさしく今の私を現す言葉だろう。
新たに大手化粧品メーカーのCMを高野さんが獲得してきたものだからまた忙しくなるのは必至だ。
しかし、今週末―今日だけは一切の仕事がない。高野さんと松崎さんがスケジュールを調整してくれたおかげだ。
CMやドラマ、映画の撮影以上に緊張している。瑞樹以外の友達の家に遊びに行くなんてこと初めてだから。でも、それだけでここまで緊張するものなのかな? 経験が全くないので判断しかねるが……。
ここでいいんだよね? 声にならない呟きが風に溶ける。
表札には「AKASAKI」と書かれてある。もらった地図を頼りに高野さんに近くまで送ってもらった。近くに赤崎という家はない。間違いないだろうが一軒家を訪ねる独特の雰囲気に呑まれている自分がインターホンを押すことを躊躇させる(ローマ字表記なのも確信が持てない要因の一つだ)。
瑞樹のお家はマンションだからそこまで意識したことなかったのだけど、もし間違ってたらどうしよう。
そんな事を頭の中で繰り返し考えているうちにも時間は経ち、かれこれ十数分もの間家の前にただ立ち尽くしていた。
意を決してインターホンを押す。
バタバタと駆けてくる足音が聞こえる。
ガチャ、と開錠する音とともにドアが開く。
「どちら様ですか?」
声の主へと視線を落とす。
そこには小学生くらいだと思われる女の子が一人。
えっと……誰?
きっとそれは顔を合わせた二人ともが思った事だろう。
「えっとぉ……こちら赤崎さんのお宅でしょうか?」
「うん。そうだよ……」
どうしよう。この後なんて言えばいいの?
沈黙が流れる。
誰か助けてぇ~。
「どちら様?」
女の子の後ろから声を掛けてきたのはおかあさんだろうか?
「えっと……」
「ああ、綾人のお友達?」
「あ、はい。そうです」
「あらあら、あの子ったらまだ寝てるのかしら? どうぞ上がって」
優しい雰囲気の人だなと思った。
綾人が家の中にいないからとお母さんと
部屋の広さは私や瑞樹の個室よりも狭いにもかかわらず少なくとも私の部屋よりは広く感じられた。物がない訳ではない。綺麗に整頓されているのだ。
自然と部屋の一角へと惹き付けられた。
「あれは……」
「ああ、綾人がもらったトロフィーとかメダルよ。親バカなの」
微笑んだ顔に影が落ちる。
何かいけないことを訊ねてしまっただろうか? 言葉を掛けれずにいると、「ごめんなさい」と小さく謝られてしまう。
「いえ……」と返すのが精一杯だった。
赤崎綾人は私が知らなかっただけで有名人で、「和製カール・ルイス」と呼ばれメディアに騒がれた人らしい。
ジュニア世界陸上では3つの大会記録を塗り替え、金3つ銅1つ計4つのメダルを獲得した陸上界のスーパースターなのだそうだ。しかし、相次ぐ怪我に悩まされ現在は陸上とは距離を置いているという。
じゃあ、綾人がバカなのって、推薦入学だからだったんだ(推薦組に対る偏見過多)。勉強が重要視されないエリート。それが赤崎綾人という人物だった。
結衣が一人納得していると、「おお、来たか」とコンビニの袋を提げた綾人が軽い調子で手を振る。
私も軽く手を振り返す。
「ごめんね。時間決めとくべきだったね。気が回らなくて……」
「俺の部屋二階」それだけ告げると私の返事など待たずにリビングを出た。慌ててお母様にお辞儀をすると彼の後を追った。
…………
……
…
バカ二人じゃ、どんなに頑張っても勉強って捗らない。教科書のページは最初に開いたページから変わっていない。ノートも一切汚れていない。
2人でいた時間、私はバクバクとうるさい心音に悩まされた。たまに彼が発する声がカグラ様なものだから、もうたまらん!! 的な感じで一向にバクバクなる心音が治まることはなかった。
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