ACT15 接近
図書館での勉強会を早々に切り上げて迎え生きてくれた高野さんの車に乗り込む。
「ねぇ、ほんとに王子監督からオファー来たの?」
車に乗り込むよりも前に訊ねる。
「ええ」と短い肯定の言葉と頷きが返ってくる。
「やった。ついに私も王子作品に出れるのか」
「まだ確定じゃないからね。面接と演技テストをするらしいわよ」
声がかかっただけでも嬉しい。
面接に演技テスト。上等だ。役を勝ち取ればいいだけの話なのだから悩む必要はない。猪突猛進。当たって砕いてしまえばいいのだ。
ライバルは多いだろうけど、その方が燃える。
帰路の車中で終始浮かれていた私は大切な事を忘れていた。
*
元々はテレビドラマの脚本・監督を務めており、彼の手掛けたドラマは高視聴率を叩き出した。
現在でもドラマの監督・脚本をこなしている。だが、天才であるが故に
今回、私に来たオファーは王子監督4年ぶりの映画への出演依頼である。正確にはキャスティング候補というのが正しい。
天才監督が撮る新作映画は誰しも出演したい事だろう。特に若手の役者は何としてでも役をもらいたい。王子監督の作品に呼ばれた役者は主役、準主役にかかわらず売れると言う。
私の敬愛する草薙さんも王子監督のドラマ第一作、『愛のレストラン~失われた
好きな女優ランキング上位の顔ぶれは決まって王子作品の出演者だ。
王子作品に出演したから人気が出たというのは少し違うかもしれない。
選ばれた役者には皆実力があって王子監督がその事を見抜いて起用した。それ以上でもそれ以下でもない。まあ、王子監督に人を見る目があるといことなのだろう。
つまり今回出演の話が来たという事は、私にも歴代の王子作品に出演した先輩方同様に見込みがあるという事なのだろう。
気合が入るじゃないの。
ポジティブシンキングは割と得意な方だ。
しかし、この時の私はポジティブというか、目の前のドラマの事しか見えていなかった。その結果、私にピンチが訪れる。
*
王子監督の書いたシナリオ(あらすじ程度)が届き、私は必死に読み込んだ。
名前すら決まっていない役に思いを馳せながら
いつでも役が決まった時に演じることが出来るように。
そんな感じで私の頭の中は王子監督の新作映画のことで占拠されていた。
そんな状態のまま期末試験までのカウントダウンは進んだ。
繰り返された小テストにおいても私は精彩を欠きついには名前の記入欄に王子晴信と記入してしまい言うまでもなく担任に絞られた。
「呼び出し食らってやんの」
「うるさい」
「今日も勉強会するか?」
「……うん。する」
小テスト後の綾人との勉強会が定例となった頃、妙な噂が流れ出した。
色々あるので要約すると、私―新田結衣と赤崎綾人が付き合っており、間宮千鶴に対して根も葉もない噂を流しているとかいないとか。
そもそも付き合ってないし、噂も何も、間宮千鶴という人間の事を何も知らないのだけど。
一部の生徒からの視線が冷たい。
その事は実感としてある。
「ごめんな」
「何が?」
「千鶴がなんかコソコソやってるらしいから」
普段からは想像もつかないほど静かな、今にも消えそうな声で言う。
「気にしてないよ。それに噂を立てられるなんて珍しいことでもないでしょ?」
「……」
呆気にとられた様子で綾人が呟く。
「すごいな」
何が? と訊ねるよりも先に「新田は強いな。噂なんかまるで気にしてない」と綾人が言う。
「そんなことはないんだけどなぁ……」
(芸能界の嫌がらせとかもっとヒドイから感覚マヒしてるのかな?)
それにしても……。
目の前に並べられた答案用紙を穴が開くほど凝視する。
この点数はさすがにヤバいよね。
0、0、0、0、0。
五教科
私の考えてることに気付いたのか綾人が、「点数もすごいな」とからかってくる。
恥ずかしい。何よりも恥ずかしいのは彼の声がもはや崇拝の域にまで達しつつあるカグラ様の声そっくりなものだからカグラ様に点数を馬鹿にされたみたいで羞恥心がこみ上げてくる。
この胸のドキドキは声の所為。
そう自分に言い聞かせ言葉を返す。
「調子が悪くて……」
「いつもだろ?」
はうっ―。
胸に突き刺さる言葉に喜びを感じている(やはり私はMなのか?)。
目を閉じて脳内フォルダからカグラ様の画像データを瞼の裏に焼き付ければカグラ様と会話をしているみたい。
……幸せ。
至福の時である。
最早、勉強をしているのかカグラ様とのシュミレーションゲームに興じているのか区別できない。
まあ、いいか。楽しいし。
勉強の方はかなりヤバいけどいざとなれば瑞樹もいるし、冴子もいる。一か八かで詩乃にテスト問題のヤマでも張ってもらう方法もなくはない……か。最後の手段として私のファンだという校長先生を抱き込んで……。
「……って……か……」
おっといけない、現実逃避が過ぎたかしら?
彼が先程から何やら話している。
ちゃんと聞かなきゃ。折角できた男友達? だもんね。
「……って、聞いているか?」
「あ、うん。もちろん聞いてますとも」
(全然聞いてなかったけど)
疑いの視線を向けながら言葉を続ける。
「じゃあ、返事は? OK? NO? どっち?」
「お、OK。もちろんOKよ」
「そうか、良かった。じゃあ、今週の土曜日な。忘れんなよ」
(何が?)
「勉強会」
「勉強会?」
「何で疑問形なんだ」
説明して欲しい。目で訴える。
はあ、と一息吐くと綾人が言った。
「俺ん
手渡された地図には0点の文字が躍っていた。
私は0点の答案用紙を捨てることが出来なくなってしまった。
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