ACT8 始動
無事に? 試写会を終えた私は気力を失っていた。
なぜ真希が出演していない映画の試写会に登場するのか。
理由は明白。嫌がらせだ。
主演&ヒロインの2人は問題ないとして、あくまで脇を固める役者たちの1人に過ぎない私よりも激励に来た人気女優の方が何かと注目を浴びる。
要は私よりも目立ちたいだけなのだ。
真希の乱入? により私の存在感は半減。
私への質問にも真希が答えていた。
適当な返しばかりして会場の空気が白けそうになったのをなんとか持ち直すので精一杯で、どんなことを話したのかほとんど覚えていない。
控室に戻った私はマネージャーの高野さんにしこたま愚痴を聞いてもらった。
高野さんは、ただ優しく「そうね」と頷く。
しばらくして瑞樹も加わり3人で真希に対する不満を漏らし合った。
瑞樹も真希とは面識があり、その性格の悪さを重々わかっていた。
ひとしきり愚痴り終わると3人の話題は外堀埋めちゃうぞ大作戦へと移った。
「で、結局どうするの? 今日、お母さんに打ち明けるの? 打ち明けないの?」
「どうしたらいいと思う?」
「私は後日改めてもいいと思うけどな……」
「でもこの子はそうやって先延ばしにするから駄目よ」
「ですよね」
あれ、何か私、ディスられてない!?
優柔不断なのは認めるけど、ちょっとヒドくない?
「でも、何か今日は疲れたっていうか……」
勇気が出ずに先延ばしにすることを考え始める。
「何言ってるのッ!?」
(ごめんなさいッ)
「ほんとですよね。女優、新田結衣がこんなヘタレだなんて世間にバレたらあっという間に人気は地の底ですよねぇ」
(そこまで!?)
「瑞樹ちゃんはよく判ってるわね」
「親友ですから」
私の親友ってこんな子だったっけ?
出逢って10年。人って変わるものね。それとも私が変えちゃったのかしら?
コンコン。
ドアがノックされる。
「結衣。入るわよ」
松崎さんだ。
しかし、人の気配は複数。
開いたドアから覗いた顔は2人。
松崎さんとその後ろにお母さんがいた。
(どうしよう。気持ちの整理がついてないのに)
理解者2人に目を向ける。
2人とも互いに顔を見合わせ唸っている。
(何とかしてぇ)
声にならない―出来ない叫びが身体に現れる。
ぶるぶる揺すられる身体。
「どうしたの?」
お母さんと松崎さんが首を傾げる。
ああもう、こうなったら破れかぶれよッ! 当たって砕けろ気分で言った―言ってしまった。
「私、瑞樹の学校に行きたいの」
…………
……
…
一時の静寂の後。
「学校なら行ってるじゃない。通信で。勉強も家庭教師がついてるから問題ないでしょ?」
「そうじゃなくて、普通に学校に通いたいの。普通の女子高生として」
「普通?」
お母さんの顔が険しくなる。
「そう。一般人として仕事に縛られることなく自由に学生生活を送りたいの。普通の女の子になりたいの」
「何言ってるのッ! 今と地位を築くのに12年。それをすべて捨てるつもりなの!?」
「そんなこと言ってない。演技は好き。たまに出してもらうバラエティー番組も新鮮味があって面白い。でも、私は女優である前に16歳の1人の女子高生なの」
お母さんからしてみればさぞかし唐突な話だったことだろう。
それは松崎さんも同じで、先程から腕を組み何やら考え込んでいる。
何かに思い至った様子で、松崎さんが手招きをして高野さんを呼ぶと、声を潜めて何やら話している。
「わかった」という松崎さんの声だけが聞き取れた。
パンパンと2回、手が鳴らされる。
音のした方を皆が一斉に注視する。
「はい、そこまで」
松崎さんの声にその場にいた全員が注目した。
「結衣」
想像以上に穏やかな声に驚きを覚える。
「……」
「学校に通いたいのなら通えばいいわ」
えっ……。
予想の斜め上を行く回答に戸惑っていると。
「何言ってるの松崎さん!?」
お母さんがヒステリーを起こし始めていた。
「お母さんは少し黙っててくださいます?」
口調は優しいが妙な迫力がある。
「結衣。学校に通っても仕事に穴はあけられないのよ。わかってるわね?」
「もちろんよ。わかってる」
「ならいいわ。泣き言言ったって助けてあげられないのよ。あなたは
まず常識がない。不用心。能力に偏りがある―というより出来ないこと多過ぎ」
はあ、とため息を挟んで、
「メンタルが弱い。そのくせ、コミュニケーション能力が無駄に高い。迷惑をかけている自覚が足りない。何でも自分中心の考え方をする。他にも……」
「ああ―待って。もういい、十分すぎるくらいわかったから」
鼻を啜りながら松崎さんの言葉を遮る。
「そう?」
松崎さんは満足気に言うと、
「だから学んできなさい。きっとあなたの役に立つわ。女優としても、1人の人間としても、ね」
松崎さんの笑顔初めて見たかも。
「何? その顔」
「いや、松崎さんもそんな顔するんだと思って」
「なッ!?」
「可愛いですよ」
「茶化さないの!」
案外可愛いところもあるのだなと、松崎さんの新たな一面に気付くと共に私の作戦は本格始動するのだった。
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