ACT4 夢
8時45分、私は親友の
店内には仕事帰りのサラリーマンから老夫婦まで幅広い年齢層が混在している。
騒がしい店内の主な原因は、学校帰りの女子高生である。
「あの子たち勉強しなくて平気なの?」
「平気なわけないでしょ」
瑞樹は私の質問にクイズ王がはや押しボタンを問題文の途中で叩くかのような反射速度で答えてくれる。
瑞樹の話によると世間では中間テスト期間らしくファミレスでお喋りを享受している人間は後で痛い目を見るのだと言う。
「瑞樹は大丈夫なの? 瑞樹も現役JKでしょ?」
瑞樹は「私は大丈夫」と前置きしてから「頭良いから」と含み笑いを見せる。
「あっ、何か嫌な感じ~」
「何がよ!」
「瑞樹の存在そのものが?」
「何よそれ! ただの悪口じゃない!」
「悪口じゃないわよ~」
私と瑞樹の会話に中身は無い。特に意味のない話をして、最安値のメニューで何時間も居座る。
お店にとっては回転率を悪くする悪質な客であることは間違いなかった。
しかし、私はその一時を満喫することに集中していた。
瑞樹と一緒に居る子に時間だけが、私を女優から現役女子高生へと引き戻してくれる。
ああ、もっとこの時間をエンジョイしたいッ!! それが私の夢。でもそんなことを口にするとお母さんは、「自分から夢を手放すなんてッ!?」と怒ってしまう。
別に私は女優をやめたいわけじゃない。
テレビのお仕事は楽しいし、演技も好き。でも私は女優である前にまだ十代の女の子でもある。
同年代の子がどんなことをしているのか興味津々なお年頃なのだ。
私は普通の世界に憧れている。
毎日早起きして、学校に行って授業を受けて帰る。そんな普通の日常を夢見る女の子だ。
私の夢を理解してくれるのは親友の瑞樹だけ。
だから今日は私の夢をかなえる秘策を考えてきた。
いきなり実行するのは怖いから瑞樹にお伺いを立てるつもりでいる。
でも、瑞樹は常識人だから私の無茶苦茶な作戦を認めてくれるかどうかわからない。
当たって砕ける覚悟で―砕けちゃだめだけど……やるしかない。
私は一気にグラスいっぱいに注がれたお水を飲み干すと話を切り出した。
「瑞樹」
「どうしたの? 真剣な顔して」
「とっても大切な話があるの」
瑞樹は私の瞳を覗き込みながら眉をしかめた。
10秒にも満たない沈黙の後、「聞きたくない」と一刀両断された。
「待ってよ瑞樹。本当に大切な話なの!」
「だから嫌なの。結衣が真剣な時は
ぐうの音も出ない。
確かに散々突拍子のない事を宣言しては瑞樹を巻き込み二人して怒られたことは両手の指では数えきれないほどある。足の指を足しても足りないだろう。
瑞樹の気持ちは分かる。しかし、ここで諦める訳にはいかないのだ。
「一生のお願い」
私は瑞樹を―もとい、瑞樹様を拝み倒す
神様仏様瑞樹様~。
誠心誠意、全身全霊で拝み倒した。周りに居るお客さんのことなど一切考えず、ただひたすら拝み倒した。
瑞樹は恥ずかしい思いをしているだろうが私には関係ない。話を聞いてくれるまで拝み倒すだけだ。
すると頭を下げた私の頭上から「はぁ」と溜息が降ってきた。
ついに瑞樹が折れたか! と嬉々として顔を上げたのだが、そこには憐れむような瞳を向ける瑞樹の顔があるだけだった。
あれ? 思っていた反応と違うぞ? どうしたものかと様子を窺っていると。
「あのね、結衣」子どもに言い聞かせるような口調で瑞樹は語りかける。
「もう子どもじゃないんだから困らせるようなことを言っちゃダメ」
本当に子ども扱いではないか。同い年のはずなのにとなんだか悲しくなる。
「そんなに言わなくてもいいじゃん。私だってちゃんと考えてるんだから」
「ちゃんと考えてるのにまともなことを言った試しがないから言ってるんでしょ」
「そんなことないよ。今回の作戦は自信作なの」
「私って普通の生活と無縁でしょ?」
「まぁ、そうね」
「だから、考えたの。どうしたら私も普通のJKやれるのかを」
瑞樹はすでに予想していたようで特に驚く様子はない。
今までにも何度も同じようなことを言ってきているから無理もないけど。
「それで今回はどんな作戦なの?」
「聞きたい? 聞きたい?」
「しつこい」
一喝された私はふてくされながら今回の作戦内容を告げた。
「変装よ」
「変装?」
「そう、変装」
「……バカなの? 本気?」
「バカじゃないし、本気よ!」
どうしたものかと天を見上げた瑞樹は大きな溜息を吐くと気合いを入れるように自分の頬をパンパンと叩くと私と向き直った。
「それで具体的にどうするつもりなの?」
「私って女優でしょ。だから、別人に成りすまそうかと思うの」
「つまり、女優、新田結衣ではない別人として生活したいと、そういうことね」
「まあ、そうなんだけど……」
「まだ何かあるの? 嫌な予感しかしないんだけど」
勘のいい親友は身構える。
まあ、もう遅いけど。
「瑞樹の学校に転校しようかなぁ~って思ってるんだけど」
警戒心を抱かせないように、私のファンが見たら卒倒してしまうであろう優しい笑みを浮かべて、軽い猫なで声を出す。異性が相手ならイチコロだろう。
だが相手は異性でもなければファンですらない(人一倍私のことを応援はしてくれているけど)。
「無理無理無理無理無理―」
「無理じゃない」
「無理です」
断言された。
「大丈夫よ。新田結衣なんて珍しい名前じゃないって」
そういう問題ではないと反対の姿勢を取る瑞樹は本気で私のことを心配してくれている。
だからこそ私は瑞樹と同じ学校に通いたいのである。
瑞樹のお父さんが代表を務める弁護士事務所が私の顧問弁護を担当してくれているのが縁で瑞樹とは知り合った。
普通の出会いではなかったけれど、知り合えたことに感謝している。
だからこそ、一人の友人として瑞樹と学生生活を送りたいと思ったのだ。
家庭教師との勉強はとても退屈で、刺激がない。勉強は嫌い。でもそんな勉強も瑞樹と一緒なら楽しくできると思った。
「私は瑞樹と一緒に学校に通いたいの」
大きく息を吐き出すと、
「あーもう! わかったから」
苛立ちも見えるが、私の気持ちを察してくれたのだろう。瑞樹は、やれやれといった様子で笑ってくれた。
「ごめんね。瑞樹」
「謝るくらいなら変な提案しないでもらえる?」
昔から変わらないよね、と笑ってくれる瑞樹は私の一番の理解者だ。
「でも、編入の手続きとかって保護者が許可しないとできないよね?」
「うん」
「ああ、そういうこと……だから私に話したのね」
瑞樹は私の策略に気付いたようである。
まあ、策略と呼べるほどのことでもないのだが。
「そう。外堀から埋めていくのよ。徳川家康が大阪城を攻め落とすために外堀を埋めたように私もお母さんと言う難攻不落の城を落とすために外堀を埋めるの」
勝ち誇った笑みを浮かべる私を他所に瑞樹はあくまでも冷静に「わかった。お父さんに話してみるね」と告げた。
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