ACT1 私の世界

 芸能界には、たくさん秘密がある。

 芸能人は共演していたって、いつも仲がいいわけではない。テレビや雑誌のインタビューは信じてはいけない。


「共演者のAさんとはうまくいっていますか?」なんて質問にはこんな答えが返ってくる。


「ええ、とても仲いいですよ。あっ、そういえばこの前も一緒にランチに行きましたね。LINEグループも作ったんですよ」


 でも実際はプライベートでの会話など皆無。そもそも連絡先を知らないなんてよくある話。芸能人たちは、自分の好感度アップに役立つと思えば平気で嘘を重ねる。

 どうしてそんなことがわかるのかって? それは、私が、芸能人だから。

 とある雑誌で毎年行われる「今、最も注目すべき女優二十人」に選ばれているし、「なりたい女性ランキング」の7位にランクインされている。


 そして、あまり言いたくはないけど、私自身がたった今バラした秘密について誰よりも気が咎めている。でも、どうしたらいいの?

 私の共演者で天敵の綾瀬真希あやせまきに対する気持ちを素直に話す? でも「そんなことをしたらあなたのイメージはガタ落ち、芸能界から消えてしまうわ。絶対にダメよ」って松崎さんに釘を刺されてしまっている。


「あなたは今、日本で一番将来を嘱望しょくぼうされている女優なのよ」と松崎さんは、いちいち私に言う。


 ちなみに松崎さんは、私の広報担当の松崎祐子まつざきゆうこのこと。マスコミにテレビ、映画関係者に対して私のイメージ戦略を行うのが彼女の仕事。私たちは都内の有名レストランでよく打ち合わせを兼ねたランチをする。松崎さんは自身のイメージも重要視している。日々の肌の手入れもおそらく私以上に気を使っているし、ヘアスタイルは、カリスマ美容師が手掛けた三万円超え!? そんな髪を振り乱して言う。


「人の悪口なんて言ったらダメよ。共演者の悪口なんて言語道断。陰口は自分に返ってきてしまうものよ。あなたは皆に愛される女優――日本の宝なのよ! あなたは純粋無垢な人間だからね」


 純粋無垢な人間? イメージ戦略に縛られるのはもううんざり。私と綾瀬真希が友達だったことなど、ただの一度もない。


 実は、綾瀬真希とは四歳の時から十六歳になった今までずっと、大手お菓子メーカーのCMシリーズに出演している。菓子屋ファミリーっていう人気シリーズでね。


 今思えば初めての撮影の時からこの子と仲良くなれないって判っていた。新発売のクラッカーを食べるだけだったのだが「このクラッカー嫌い」などと言って撮影は延期。彼女の機嫌待ちが続いた。


 私たちは姉妹の設定で、お菓子好きの姉とお菓子嫌いな妹の二人の日常を面白おかしく描いたドラマ形式のCMなのだが、私はお菓子嫌いな妹役で出演している。

 実際に甘いものは苦手だし、ある意味役作りせずに演じることが出来る。それでも最終的にはおいしそうにお菓子を食べなくてはいけない。


 お菓子好きの姉を演じる真希はというと、甘党だと言いうのにお菓子を口にしない。後々判ったのは私と仲良くする演技が出来なかった―もとい、したくなかっただけだということ。それは私も同じだったけどそんな理由で撮影に穴を空けたりする彼女の神経はどうかしている。


 CMもシリーズを通して学生編に突入しているが最近は姉妹揃っての撮影はほとんどない。各々イメージ戦略に沿った内容のストーリーを展開している。


 現在、姉のショコラ(役名)は、大人の味を売りにしたビターチョコシリーズを、妹のフラン(役名)は、甘酸っぱい青春味を売りにしたフルーツシリーズを担当している。ビターチョコが大人の味なのは判るけど、青春味って何? 無茶苦茶メルヘンでアバウトじゃない!?


 しかもフラン(私)は毎回CMの最後に「あなたにも食べてもらいたいな」って上目使いに言ってウインクするのが通例になっている。

 何か、おえって感じ。

 私のキャラじゃない。嫌味のないぶりっ子とでもいえばいいのかな? 私はどちらかと言えばさばさばしていると思う。


 そんな私にたまに撮影所で顔を合わせると真希は、「あれ? ああ、妹のフランちゃんかぁ、化粧と衣装が普段と違い過ぎて気付かなかったぁ~」と嫌味な女のテンプレートな科白セリフを吐く。

 おっといけない、吐くだなんて、汚い言葉を使ったら松崎さんに怒られてしまう。

 そんな私たちが久しぶりに共演することが決まった。

 連ドラにキャスティングされたのだが、またしても姉妹役。私たちが不仲なのはCM業界ではそこそこ有名な話なのだけど、ドラマ業界では認知されていなかったようだ。もしくは演技力を買われて……ということはないだろう。私は兎も角、真希の演技力が認められたなんてことあってたまるものか! 私は昨年、十五の歳で朝ドラ主演女優になった。私は演技派、真希は顔だけ女優(悪口はダメ悪口はダメ……でも顔以外褒めるところがないのも事実)。実力の差は歴然。なのに私よりいい役を貰っているのはおかしくない? 私、第6話で自然な流れでフェードアウトしちゃうんですけど!?


 でもまあ、いい。もし今回の役が逆だった場合真希のひがみが炸裂する。

 真希は「なりたい女性ランキング」が私よりも下の8位というのを根に持っているだけだ。

 しばらくして、ドラマの撮影が近づいた頃、私は何かと週刊誌の餌食となった。


「朝ドラ主演女優の奇想天外な私生活!?」なんて笑える記事ならば問題はない。しかし、書かれた内容は私の許容範囲を超えていた。母は、眉をしかめたまま一言も発することなく記事の隅々まで読んでいる(母は私の記事チェック係をしている)。小さく舌打ちをすると週刊誌を顔に押し付けてくる。


 顔を離すと、そこには私が新しく始まるドラマのキャスティングに不満があり、それで私がブチ切れた、なんてことや、私の両親が私の稼いだお金で豪遊をしているだとか、ほかにもあることないこと悪意だらけ。

 今週母が持ってきた週刊誌には、なんと、私が十二年もの間ずっと出演しているCMシリーズの降板を口にしているという。見出しには、「新田結衣にったゆい、ついに芸能界の優等生卒業か!?」と躍っていた。


 これは絶対に裏で真希が動いていたに違いない。そうに決まっている。

 だから私は昨日、真希の楽屋に乗り込んで直接問いただしてやった。


浮気うわきさん」と冷静な口調で私の方からけしかけた。


 真希は名字(本名)を呼ばれるのが嫌いだから。


「う・わ・き、じゃなくて〝うき〟よ! それで? わざわざ押しかけてきて何の用?」

「雑誌の記事は読んだ?」

「雑誌? 記事? 読んでないわねぇ」


 真新しいスキニーのジャケットを羽織った真希が、猫なで声で答える。


「この記事よ。今度のドラマについて書いてあるわ」


 雑誌を真希の鼻先まで持っていき突きつける。


「それで? いったい何が書いてあるのかしら?」


 自らの爪に施した淡い色のネイルアートに目を落としながら、真希が言う。

 まるで何の興味もないと言わんばかりの口調で表情一つ崩すことなく言ってのける。ずうずうしいことこの上ない。


「ドラマ、帳の愛で主人公の幼馴染を演じることとなった綾瀬真希は涙を堪えて今も懸命に仕事に励んでいる。幼少の頃から共に出演している不二家の人気CM、不二家ファミリーシリーズで共演する妹役の新田結衣の降板が囁かれ、同ドラマにおいても姉妹役を演じることになっていたが、キャストの見直しが始まっているという。その原因として……――」


 私は冷静に記事を読み上げた。


「関係者によれば、新田結衣自身が自分のキャスティングについて講義をしたという。昨年、朝ドラ《まんかいの華》において主演を務めた今、自身のスキルアップを図りたいと語っていたが、その折、今回のドラマ出演の話が舞い込み一度は了承したものの作風も役柄もCMシリーズのフラン役のイメージが強いという理由で出演を見直しているのだという。公私ともに実の姉妹のような振る舞いを見せていた二人だが今回のドラマは二人にとっては大きな分かれ道となるかもしれないのだ。『結衣とはいつも一緒だったから、今回のことには正直驚いています』噂について聞かれた綾瀬真希は悲しげに答えた。『だって私たち姉妹は、血こそ繋がってはいないけれど、本物の姉妹のように仲良しだから』」


「ええ、その記事に書かれている通り、驚いたわ。本当にショックだったの」


 真希は落ち着き払っていた。

 ゆっくりとした動作で立ち上がるとブランド物のジーンズからお尻の割れ目が見えない様に引き上げる。それから化粧台へと向かう。


「私、本当に心配したんだから。でも安心して、記者さんたちに聞いたら今の話、全部デマみたいだから」

「当たり前でしょ! 全部あなたの作り話なんだから!」


 はらわたが煮えくり返る音が聞こえた気がした。

 こんなに感情をむき出しにしてはダメと私の女優魂は警告している。


 しかし、


「一体何の話? 私何も知らないわよ」

 鏡に映る艶やかな黒髪と透き通るような白い肌を見つめながら真希が答える。


「だったら聞くけど、この前書かれたキャスティングが気に入らなくて私が出演を見合わせているとかいう記事の元ネタは何? 『綾瀬真希との共演を拒み、監督が姉妹二人とも代役を探すと言い始めた監督にすがり付いて役を死守した』って書いてあったわよね!」


「それは純粋にあなたのことをよく思わない誰かが流したデマってことでしょう? 心当たりはないの? それとも、多すぎて誰か一人に絞ることも難しいのかしら? 他にもあなたの親はあなたが稼いだお金で豪遊している勘違いセレブとかって記事も見たわよ」


 感情の籠っていない真っ黒な瞳で真希が私を見た。


 我慢の限界。堪忍袋の緒が切れた――


 真希の顔面に思いっきりパンチの一つでもお見舞いしてやろうかとも思ったが、広報担当の松崎さんが顔面蒼白で「やめて」と叫ぶ顔が頭を過り何とか踏みとどまることができた。


 私は真希に背中を向けると楽屋のドアを勢いよくバタンと閉めた。

 話の途中で席を立つなんてマナー違反よ、と真希の嫌味な声が後ろから飛んでくる。


 もう……いや。


 テレビの仕事は好き。ドラマもバラエティも好き。でも真希との関係があるから正直疲れる。だから私は、芸能人から一般人へと戻りたいと時々思ってしまう。一般人だったころの記憶なんてほとんどないけど。だからこそ普通の生活に憧れる。ふらっと映画館に立ち寄って友達と「この映画つまんなかったね」とか笑い合いたいし特に理由もなく街を散策して疲れて帰って、ご飯までただただぼーっとするのも夢。映画は見るし、散策だってする。でも、そんな程度の休みじゃなくて私はもっと本物の休暇が欲しい。普通の生活が欲しい。


 実は、両親や松崎さんにもまだ言ってはいないけれど今回のドラマを撮り終ったら今までとは違うことに挑戦してみようと思っているの。例えば海外留学とか、田舎で農業とか、普通じゃない気もするけど、まあいいか。しばらく芸能界から離れた場所で頭の中空っぽにして生活してみたり……。


 無理かなぁ……


 毎日テレビを点ければ何度もCMでこの顔が映っている状況で、一体どうしたら芸能界と無縁の世界で普通の生活を送れるのだろう? それが一番の問題である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る