和泉楓-Episode1-

『この出来損ないが‼︎』


何度も叩かれた。

何度も蹴られた。


体の至る所に痣があった。


体がボロボロになるにつれて、心もボロボロになっていった。


-きっと私はこのまま死ぬんだ-


ずっと、そう思っていた。



でもある日、


『あんたなんて、産まなきゃよかったわ‼︎』


母のこの言葉を最後に幼い頃の記憶は途切れた。


気づいたときにはここにいた。


私の中に潜む、「私」の存在など露知らず。




◆◆◆




2XXX年。


平和な世界に一つの影が差した。


「能力」と呼ばれる未知の力を持つ凶悪なモノたちによって世界は次々と襲われたのだ。


人間はこの凶悪なモノたちを「怪物」と呼んだ。


怪物たちは人間の遠い先祖によってその存在を封じ込められていた。


しかし、どのような因果かは不明だが怪物たちの封印は解け、表に出てきたのだ。


怪物たちの中には人間と共存する意思を持つモノもいたが、ほとんどのモノは怒りや恨みを持ち人間を無惨にも殺していった。


各国政府はこの怪物たちを対処すべく、ある機関を設立した。


それが、「四束ハンター協会」。


これは人間に害をもたらす怪物たちを狩ることを目的として生まれた。


四つの種族にはそれぞれ弱点や対処方が異なり、その全てに対応する為にそれぞれの種族ごとに協会を分けた。



強力な「能力」を所持する吸血鬼。

専門とするハンターの所属は、「吸血鬼ハンター協会」。


繁殖率が最も高いゾンビ。

専門とするハンターの所属は、「ゾンビハンター協会」


圧倒的な身体能力の高さを誇る狼人間。

専門とするハンターの所属は、「狼人間ハンター協会」。


パワーの強さを武器とするフランケンシュタイン。

専門とするハンターの所属は、「フランケンシュタインハンター協会」。



人々はこの四つを総称して「四束ハンター協会」と呼んでいた。


更に政府は、怪物たちと同等に戦う為の「能力」を研究・開発する機関、「能力研究所・開発センター」も設立した。


数年後、この機関の働きにより通常の人間も「能力」の適正が確認出来れば、人の手によって怪物たちと同様の「能力」を得られるようになったのだ。



こうした政府の働きかけにより、怪物たちは人間の殺戮を止めた。


そして、世界は再び平和を取り戻したかのように思われた。



だが、実際は違っていたのだ。


怪物たちは己の種族がこれ以上減少するのを防ぐ為、人間を襲い、種族の仲間にし始めた。


以前ならば人間も減り怪物も減っていたが、「能力」を得たハンターの誕生をきっかけに人間の数は減り怪物の数が増えていった。


ハンターがいくら怪物を殺しても、殺した数より多くの怪物が生まれ、ハンターの人手はあっという間に足りなくなった。



この問題に各国政府が対策を講じた結果、「四束協会学園」という名のハンター育成機関を立ち上げた。


幼い頃から適正のある者を育て、その過程で「四束ハンター協会」預かりの下位ハンターとして仕事をさせる。


これによりハンター不足を解消し、更には警備や見回りを強化することを可能にした。



現在、この日本には5校の「四束協会学園」と100局以上もの「四束ハンター協会」の日本支部が置かれている。


今日もまた、日夜多くのハンターたちが怪物たちと闘っているのだ。




◆◆◆




-日本・東京-


「こんにちはー!」


四束協会学園東本校、四束ノ一吸血鬼ハンター学生第一戦闘班室。


日も暮れ始めた午後四時過ぎを示す時計は、チクタクとその秒針を忙しなく動かす。


大きな声で挨拶をしながら、私は班室に足を踏み入れた。


「おせーよ、なに呑気に挨拶してんだ」


通常の教室の半分程の広さの班室に置かれた会議用テーブルとパイプ椅子。


そのパイプ椅子の一つに座る紺色の髪の少年が、少しイラつきながら私を見た。


佐屋 衣(サヤ・コロモ)。

この四束ノ一吸血鬼ハンター学生第一戦闘班に所属している男子生徒だ。

私の幼馴染で昔からの腐れ縁。

真面目ぶっては何かと私に突っかかってくる。


「まぁまぁ、良いじゃない!四時を少し過ぎただけなんだし、衣君もそんなに怒らないで!」


パイプ椅子に座って片手にクナイを持ちその刃を研ぎながら、イラつく衣を鎮めようとするポニーテールの少女。


鏡 藍沙(カガミ・アイサ)。

同じく四束ノ一吸血鬼ハンター学生第一戦闘班所属の女子生徒で、自称忍者。

藍沙ちゃんは面倒見が良くてみんなのお姉さん的存在。

ただ、忍者紛いのことを常にしていて謎な部分は多い。


「うるさいわね。少しは静かにしたらどうなの?」


本を広げ鬱陶しそうに私たちを見る、つり目の少女。


堀間 羅菜(アナマ・ラナ)。

同じく四束ノ一吸血鬼ハンター学生第一戦闘班に所属する女子生徒で、常にツンツンしている。

羅菜ちゃんは顔が可愛いのにその性格の所為であまり人が寄り付かない。

本心では素直になりたがっているようだけど、なかなか難しいみたい。


「あら、そうですわ。今日は美味しいお茶菓子を持って来ましたの。皆さんお茶にしませんこと?」


班室の冷蔵庫から何やら大きな箱を取り出した、ウェーブのかかった長い髪の少女。


京極 静華(キョウゴク・シズカ)。

こちらも同じく四束ノ一吸血鬼ハンター学生第一戦闘班所属の女子生徒で、良い所のお嬢様らしい。

静華ちゃんはおっとりしていて基本的にマイペース。

よくお菓子やお茶を持って来てくれるので、私はそれを楽しみにしている。


「お菓子……お茶……」


静華ちゃんの言葉に反応して表情一つ変えずに椅子から立ち上がった小柄な少女。


久宮 霧(クノミヤ・キリ)。

四束ノ一吸血鬼ハンター学生第一戦闘班所属の年下少女。

霧ちゃんは表情筋が死んでるけど、何かと心配性。

甘い物と動物が大好きで、甘い物には目がない。


「ナイス、静華ちゃん!私もお菓子食べた〜い」


そして、大声で挨拶をしながら班室に入って来たこの私。


和泉 楓(イズミ・カエデ)。

四束ノ一吸血鬼ハンター学生第一戦闘班所属、この班のトラブルメーカーと周りからは言われている。

その理由は誰も教えてくれないけど、褒め言葉として受け取るようにしている。


「はぁ?お前ら先輩に見つかったらどうすんだよ」


真面目ぶる衣がお茶の邪魔をするが、私はそんなことではめげない。


「まだ来てないから問題無し!早くお茶しよ〜」


鞄を空いたパイプ椅子の上に放り投げて、静華ちゃんの元へ駆け寄った。


「では、霧さんはお菓子を切って下さい。私がお茶淹れますので、楓さんはティーカップとお皿の準備をお願いします」


「イェッサー!」


「うん…任せて…」


私たちは班室から飛び出すように出て、斜向かいの調理室に向かった。


その一方…



「ばっかじゃないの」


「そう言いつつ毎回美味しそうにお菓子とお茶をいただいているのは羅菜ちゃんだよね」


「なっ⁉︎」


図星を突いた藍沙は、にっこりとした笑顔で羅菜を見つめる。


「そ、そんなことないわよ!」


手に持った本で顔を隠した羅菜。


顔が少し赤くなっている。


「羅菜ちゃんはほんとに素直じゃないな〜」


羅菜の反応を楽しみながら藍沙はクナイの手入れを続けていた。


「お茶してんの見つかったら怒られるのは俺たちなんだぞ」


衣が頭をクシャクシャと掻き、椅子にもたれかかった。


「怒られる役は衣君に任せるよ」


「ふざけんな」


あはは〜と呑気に笑いながらクナイをケースにしまった藍沙は、ゆっくりと立ち上がった。


「さて、私もお茶の準備手伝ってこ」


ブーブーブーブー


突如、班室にけたましい警報音が響き渡る。


『一第一戦闘班・一第一通信班・一第一処理班に告ぐ。東京3区新宿一丁目にて女性が襲撃された模様。標的は2名。ランクは共にB。ただちに出動せよ』


ガタッ


班室の壁に埋め込まれたスピーカーから緊急招集の放送が流れ、椅子に座っていた衣と羅菜が立ち上がった。


「鏡、3人を呼んで来い」


衣が班室に隣接する武器庫の扉を開け、藍沙に指示をした。


「その必要は無いわ」


衣の指示を羅菜が止めた。

その理由が衣には分からなかった。


「堀間、お前」


バンッ!


反論しようとした衣の言葉を遮るようにドアが勢いよく開き、楓が姿を現した。


「出動要請だね!」

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