第二部 エピローグ
前略。
いかがお過ごしでしょうか。日笠まゆみです。
貴族達の
浪川君の演奏やマーヤ女王達の助けもあり、何とか三人を救出して炎上するサヤマ邸から無事脱出することができたのでした。
でも思い返すと今でも冷や汗が出る思いです。よくあのピンチを切り抜けられたなあって……。
私達本当に運が良かっただけかもしれません。
だって途中、これはもうダメかも――って何度も思いましたもん。
全員無事でこの騒動を切り抜けられたのなんて奇跡としかいいようがないです。
でもその『奇跡』も『運』も実力のうち――そう考えてよいのであれば、皆ボロボロだったけれど目標達成できた自分達に、ちょっとくらいは自信を持ってもいいのかな……。
いやいや、やっぱり今のなしで。
勝って兜の緒を締めよっていいますしね。
まだまだ私達はひよっこ同然。もっと自分達で自分達の身を護れるようにならなければ。
私もこのペンダントの魔法をもっと操れるよう練習しなきゃなあ。
まあそれはともかくとして。
さて、無事サヤマ邸を脱出した私達でしたが、その後どうなったかをお話ししますと。
まず、今回のクーデターの首謀者であるリタルダンド卿サヤマについて。
彼は駆けつけたイシダ宰相とトウチ隊長率いる騎士団と警備隊によってあえなく捕縛されることになりました。
その後の警備隊の取り調べによって、サヤマはあっさり自供し、彼だけではなく今回のクーデターに関わっていた貴族達は芋づる式に検挙されることとなったのです。
結果、反女王勢力は急速にその力を失い、自然消滅してしまいました。
かくして、浪川君を利用しマーヤ女王を引きずり降ろそうとしていた貴族達の陰謀は失敗に終わり、ヴァイオリンには再び平和が戻ったと。
めでたしめでたしですね。
あ、ちなみに、絶妙のタイミングでサヤマ邸に駆けつけたイシダ宰相とトウチ隊長ですが、何故彼等があの場に現れたかといいますと。
あの日の朝、姿を晦ましたマーヤ女王に気づいたイシダ宰相は、何と自らお供を連れて女王捜索のために城下町へと向かっていたらしいんです。
そして彼がまず一番に向かったのが、ヨーコさんの宿屋だったのでした。
あの女王の事だ。もしかすると昨日やけに懇意に話をしていた少年らに会いに行った可能性もある――
彼はそう考えていたらしいです。それで私達の泊まる宿屋に足を運んだと。
流石は敏腕宰相、当たらずとも遠からずといったところでしょうか。
王と女王だけでなく、宰相までやってくるとは、いつの間にここは王家御用達の宿になったのかしらって思ったわ――などと、ヨーコさんは冗談めいて話してくれていましたが、私もその話を聞いた時は宰相に感心しちゃいました。
それはさておき、困ったのはヨーコさんです。
正直に話しては、ことを穏便に済ませようとしていた王と女王の努力を無駄にしてしまうし、かといって黙っている訳にもいかなそうだし。
と、血相を変えて私達を訪ねてきたイシダ宰相に、なんと言ったものか、彼女は相当迷ったとのこと。
でもヨーコさんのその態度から「これは何か知っている」と感じて粘るイシダ宰相に根負けする形で、結局彼女は私達とマーヤ女王、そしてサワダさん達がサヤマ邸へ向かったことを伝えたのでした。
イシダ宰相はそれはそれは驚いたらしいです。
まあそりゃそうですよね、ただ単に女王が気まぐれで城を飛び出したとばかり思っていたら、実は私達と共に、国家を揺るがしかねない陰謀劇を止めようと動いていたわけですから。
女王と王の危機、いやそれどころかこれはもはや国家の一大事――そう判断した彼は、急ぎ城に戻りトウチ隊長を招聘すると、彼と共に騎士団と警備隊を引きつれサヤマ邸へと向かったのでした。
ちなみにその際、彼が動員した騎士団と警備隊の数はヴァイオリン全軍のおよそ三分の一に当たる人数だったそうで……。
つまりその日城に出仕していたほぼ全兵が出撃したことになります。
城下町は大挙してサヤマ邸へ向かう兵達を見て『一体何事か』と、相当ざわついていたようです。
まあ流石に、『クーデターを未然に防ぐため』だとまでは気づかなかったようですけど。
話を聞いた時は、イシダ宰相気持ちはわかりますがちょっとやりすぎじゃ…って私も思ったのですが、結果的にそれが功を奏し、逃げようとしていたサヤマを捕縛することができていたし、かつサヤマ邸の出火も周囲に拡散する前に消火することに成功していたのでした。
そして今回の陰謀劇を未然に防いだ主役ともいえる、マーヤ女王とサクライ王について。
八面六臂の大活躍をした二人ですが、事情が事情とはいえ、勝手に城を抜け出したことはやはり許されず、城に戻った二人には、イシダ宰相のそれはそれは厳し~いお説教が待っていたのでした。
お説教は実に四時間続き、ようやく終わったころには深夜を回っていたとのこと…何とも凄いお説教だったみたいですね。
イシダ宰相の怒りようと言ったらそれはもう凄まじいものだったとか。
一緒に呼び出されていたサワダさん曰く、あんなに感情を露わにして怒る宰相は見た事がない――ほどだったようです。
冷静であまり感情を表に出さない人なのだろうなって思ってたんですが、どうもそうではなかったみたいですね。
もしかすると我慢してたのかも?
確かに苦労が多そうですし……はあ、なんかその気持ちとってもよくわかる気がする。
ああ、そうだ! そのサワダさん達ですが……。
本来であれば彼等も厳重な処罰を受けるはずでしたが、マーヤ女王が「彼等は私の命に従っただけ、すべての責任は私にあります。もし処罰したら怒るからね!」と庇いだてたこともあり、『訓告』のみで済みました。
ほんとよかった。だって私達の仲間を助けるために手伝ってもらったんですもの。
そのせいで厳罰になっていたらどうしようって心配していた私達もほっとしたのはいうまでもありません。
でも人の口には戸が立てられないわけでして。
今回の彼等の活躍はすぐさま城下町に広がり、『王と女王の命を救った忠臣』として若き『三銃士』の評判は益々上がったようです。
女王様たちの事はこれくらいでいいかな。
さてさて、私達の話ですが……。
まず恵美! 今回の事の発端を作り出した彼女について――
ヨーコさんの宿屋に戻った私達はクタクタではありましたが、彼女を囲んで反省会をしました。
勿論、私はきつーいお説教をするつもりでいました。まあイシダ宰相ほどじゃないですけど。
だって、私達に黙って勝手に王様とサヤマ邸に乗り込んじゃったんですから。
私達、一人だって欠けたら元の世界には戻れない。それは彼女だって重々承知だったはずなのに。
もう本当に無茶するんだから。どれだけ私達が心配したか。
でも結局お説教はしませんでした。
いえ、出来なかったって言うのが正解かもしれません。
椅子にちょこんと座って、申し訳なさそうに俯いている彼女を見たら、もう無事でよかった――っていう安堵の気持ちで胸が一杯になっちゃって。
それで怒る気力もなくなっちゃいましたよ……はあ、ダメですね私。
それに王様からも言われてたんです。
全ての責任は僕にある。それに彼女が助けてくれなければ僕は全てを拾えなかった。だから彼女を責めないでほしい――と。
まあそんなわけでして。
みんな……本当にごめんなさい……と謝る恵美に対し、私は溜息交じりで苦笑するしかできないでいたのでした。
それはカッシーも一緒だったようです。
普段の威風堂々とした風紀委員長とはとても同一人物には見えない、まるで叱られるのを待つ子犬のようにしおらしい彼女を見て、彼は何とも言えない表情を浮かべ、口をへの字に曲げてましたけどね。
そしてこーへいもかのーも何も言わないではいましたが、特に気にしてない様子。
あ、でもなっちゃんは違いましたよ。
『1812年』の演奏のせいで限界だったにもかかわらず、彼女はフラフラと恵美に近づくと、にっこりと微笑を浮かべたんです。
怒らせたら恵美とは別の意味で超怖い彼女のその微笑みに、恵美も思わず顔を引きつらせながら申し訳なさそうにもう一度謝ろうとしてました。
でもなっちゃんはその途端、恵美の両ほっぺを引っ張って彼女の言葉を遮ってました。
それこそ、むにーって音が聞こえそうなくらい。
そして真顔に戻るとこう言ったんです。
今度やったら絶交だから――って。
なっちゃん、目に一杯涙を貯めてて今にも泣きそうな顔でした。
それを見た恵美は、ほっぺを引っ張られながらも真剣な表情でコクコクと何度も頷いてましたよ。
わかったならよろしい^^――と、手を放したなっちゃんの表情はもういつもの微笑みに戻ってましたけどね。
そして彼女は怪我を見せて、と既にフラフラな状態にも拘わらず、遠慮する恵美に強引に『無伴奏チェロ組曲第1番』を奏で、その左腕の傷を治すと、案の定というか予想通りというか、バタンキューと意識を失い倒れてしまったのでした。
口には出さないけど彼女も恵美の事、凄く心配してたんだと思います。
そして、親友の気持ちに気づけなかった自分を責めていた部分もあったみたい。私も一緒だったから……とてもよくわかります。
だから照れ隠しと罪滅ぼしの気持ちもあって強引に楽器を弾いたのかもしれません。
でも、スースーと可愛い寝息を立てるなっちゃんを見つめる恵美の顔は、本当に嬉しそうでした。
まったく、恵美もそうですけど、なっちゃんも相当意地っ張りですよね。まあカッシーほどじゃないですけど。
てなわけでして、ヴァイオリンに到着して早々、本当に色々あった私達ですが。
浪川君も恵美も無事帰って来たし、部員探しも一歩前進、結果オーライということで。
王都を揺るがす大陰謀劇をなんとか解決した私達は、食事もほどほどに、ベッドに倒れ込むとその日は泥のように眠りについたのでした。
ところが。
その翌日、事態は急展開を迎えることとなったのです。
あ、急展開といっても良い方向にですが。
なんと私達、弦国から感状をもらう事になったのです。
そればかりか、『国を揺るがす大事件から、王と女王を救った勇敢なる少年少女達』として、代表でカッシーに『ヴァイオリン名誉騎士』の称号が贈られることが決まったとか何とか。
昨日の疲れがまだ残っていて、少し遅めの朝食をのんびりと取っていた私達は、お城からやって来た使いの人の話を聞いて、それはもう面喰ってしまいました。
だって私達なにしたかっていったら、結局意気込んで屋敷に乗り込んだものの、浪川君しか見つけられず、見つかって無駄に逃げ回って、成り行きで演奏したら暴走しちゃって、屋敷をボロボロに破壊したうえ放火までした挙句、自分で巻いた火に囲まれて死にかけただけですから。
しかもマーヤ女王と王様が来なかったら多分に焼死してましたしね。
ううっ……自分で言ってて情けなくなってきました。
つまりそんな称えられるようなことは何一つしてないわけです。
当然ながらやって来た使いの人に「何かの間違いじゃないですか?」って思わず大真面目に聞いてしまいました。
カッシーなんか、俺が騎士?! 冗談じゃないっつーの!――と全力で手を胸の前で振って否定してましたし。
てっきり喜んで承諾してくれると思っていた使いの人は、私達のその反応を見て、当惑した表情を浮かべてました。
まあそりゃそうですよね。普通こんな名誉あることを全力で否定する人なんていないでしょうし。
けれども、そんな中相変わらず寝起きが悪いために黙々とパンケーキを食べていたなっちゃんが、フォークでカッシーを指しながらこう言ったのです。
いいから受けておきなさいよ。きっと役立つから――と。
なっちゃんの意図することが分からず、私も含め皆首を傾げていました。
でも彼女はそんな私達にこう説明したのです。
私達、これからも情報を集めて部員を探し続けなきゃいけないわけでしょ?
今回はたまたま浪川君と出会う事ができたけど、でも毎回そう簡単に皆が見つかるとは限らない。
だから私達が捜すだけでなく、皆からも私達を訪ねてやってくるようにした方がいい。
そういう意味でも私達の名が売れるってことはプラスになると思わない?
――って。
つまり、巷で噂になっている『チェロ村の小英雄』の件も含め、『国の恩人』として私達の名前が有名になれば、きっと部員達もその噂を耳にして逆に向こうから訪ねて来てくれるのではないか。
ならば、たとえ事実ではなかったとしても、使える物は何でも使った方がいい。彼女はそう考えていたわけです。
なっちゃんの意見に私達はなるほどなーって、思わず感心しながら納得してしまいました。
それにしてもこの子本当凄いなあ、頭の回転が速いだけでなく、私達より常に先を考えている。
なんとなく会長と考え方が似てきたような…それを言ったらきっと物凄い怒るだろうから勿論口には出しませんけど、
まあとにかく、なっちゃんの提案は確かに私達にとっても魅力的でした。
確かに部員達も向こうから訪ねて来てくれるようになれば、その分無駄な労力も減るし、それに危険を覚悟で旅してまわる機会もやっぱり減るんだし。
どうしようかと相談した私達は、嫌がるカッシーを無理矢理説得し、結局その申し出を受けることにしたのでした。
それを聞いた使いの人、これで役目を果たせるってすごく嬉しそうに笑いながら戻っていきましたよ。
でも本音を言えばこんな大層なもの貰っちゃっていいのだろうかって、まだ迷ってます。
特にカッシーなんか既に蒼い顔してガチガチに緊張し始めちゃったし。
でもこれも全て皆のためです。
ここは一肌彼に脱いでももらいましょう。ね、カッシー?
という訳で。
時は流れ五日後。
盛大に開かれることになった授与式典まで話は進みます。
♪♪♪♪
夕刻。
ヴァイオリン城、来賓控室―
黄昏の光が、威厳ある騎士の城を称えるようにして部屋に差し込む中、我儘少年はこれから死刑宣告を受ける囚人の如く、なんとも暗い顔をして椅子に腰かけていた。
彼が今着ているのは、チェロ村でぺぺ爺からもらったいつもの剣闘士の服ではなく、蒼と白銀を基調とした礼服とクラバッタ、そしてその上に軍用コートといった出で立ちだ。
即ち、サワダが着ていたのと同じ、ヴァイオリン騎士団の正装であった。
ちなみに、髪も普段のやや崩したネ―プレスではなく、きっちりと侍女に整えてもらってややオールバック気味の髪型になっている。
『馬子にも衣裳』とは本当によくいったもので、どこからどう見ても、立派な若き騎士に見える出で立ちであった。
にも拘らず、カッシーは先刻からご覧のとおりの浮かない顔で、部屋の中を意味もなくうろうろと歩き回ったり、椅子に腰かけ絶望に打ちひしがれたような表情で時々深い溜息を吐きまくっていたのだ。
理由は他でもない。たった一つである。
な ん で 俺 な ん だ っ つ ー の !
これだけだ。
後でサワダに聞いてわかったのだが、『名誉騎士』の称号というのは国に貢献し、その功績が認められた選りすぐりの者にしか贈られることのない、相当名誉ある称号なのだそうだ。
歴史ある弦国の中でもその称号を贈られた人物は十指にあまるとのこと。
そしてそんな事実を知ってしまい、この我儘少年がますます緊張とプレッシャーでで身をガチガチにしたことは言うまでもないだろう。
まあマーヤとサクライが六人の中で彼を代表として名誉騎士に選んだのは他でもない。
少年の出で立ちが一番騎士っぽかったから、それだけなのだが。
そうとは知らず、この本番に弱くやたらあがり症な少年は、この五日間生きた心地がしない程に狼狽しまくっていたのだった。
そして式典まで残り一時間。少年の緊張はピークに達していた。
演奏会だってこんな緊張はしないだろう。
逃げ出したい、どこでもいいから遠くへ……まあ無理だけど――
諦観と絶望の入り混じった遠い目で窓の外を眺めながら、我儘少年は掌に『人』という字をなぞって飲み込んだ。ちなみにこれで三十四回目。
と、やにわに部屋の扉がノックされて、カッシーはびくりと身体を仰け反らせた。
「は、はああーぃ!?」
「何今の声? もしかしてノックの返事だったの?」
顔面蒼白で首を絞められた鶏のような声をあげたカッシーに、扉を開けて入って来た日笠さんは、顔に縦線を描きながら苦笑する。
その後ろにはなっちゃんと、東山さんの姿もあった。
「なんだよ日笠さんか、なんか用?」
「緊張してるかなって思って、ちょっと様子を見にきたんだけど」
まったくビビらせないでくれ――
ふうと安堵の表情を浮かべ、だらり椅子にもたれ掛かった少年は、だが入って来た三人の顔見知りの少女達のその姿を見て目を見開いた。
カッシーと同じく、日笠さん達も式典用に城が用意してくれていたドレスに着替えていたのである。
日笠さんは白、なっちゃんは蒼、そして東山さんは紅。いずれも中世の貴族が着ているような繊細な刺繍が散りばめられた豪華なドレスだった。
三者三様ではあるが、元々整った顔立ちの少女達だ。
侍女に化粧を施してもらい、ティアラやピアス等の装飾品で着飾れば、月並みな言葉ではあるがとてもよく似合っていて、少年は思わず見惚れてしまったほどだった。
そんなカッシーの視線に気が付くと、日笠さんはドレスの両裾を摘まんでクルリと回ってみせる。
「どう? 似合うかな?」
「ああ、三人ともすっげー似合ってる」
と、思わず本音をポロリと口にしてしまってから、カッシーは顔を赤くして慌てて口をへの字に曲げた。
だが日笠さんはお世辞抜きで放たれた少年の言葉に心底嬉しそうに、にこりと笑う。
元の世界では到底叶わない夢であるが、一度は着てみたいと思っていた衣装だったのだ。
その笑顔がまた綺麗で、カッシーは思わずドキッとしてしまった。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいな」
「でも中世のドレスって着るの結構大変なのね」
そんな日笠さんの満面の笑みとは対照的に、東山さんはややお疲れ気味の表情で、お決まりの如く眉間にシワを寄せていた。
見るのと着るのでは大違い――
彼女も女の子であるから、綺麗な衣装で着飾ることは嫌ではなかった。
だがいざ着てみると意外と身に纏わなくてはならないものが多く、しかも動きにくい。
特にコルセットだ。スポーティな体格の彼女は自慢するわけじゃないが、ウエストだってそれなりに引き締まっていて自信があったのに、これ以上まだ締めるの?というくらいさらにぎゅっと締め付けられてしまい、おかげで今は息をするのも苦しいくらいだったのである。
「そういうカッシーも中々似合ってるじゃない? カッコイイよ」
「……よしてくれ、どうせまた皮肉だろ?」
と、なっちゃんにクスリと笑いながら褒められて、カッシーは照れ隠しに頭を掻きながら言い返した。
ちなみに彼女はいつものロングシャギーを、今はアップにして三つ編みシニヨンに纏めている。
ドレスと相まって、本当に名家の清楚可憐なお嬢様のようだ。ただし喋らなければの話ではあるが。
割と本気で言ってあげたのに、まったく卑屈なんだからこの意地っ張り――
と、微笑みの少女は我儘少年を呆れながら覗き込んだ。
「失礼ね、もっと自信もちなさいよ名誉騎士様?」
「まあ、額面通りに受け取っておくよ、ありがとな……あー、そういやこーへい達は?」
カッシーは誤魔化すように話を切り上げて、姿の見えないクマ少年とバカ少年の行方を日笠さんに尋ねる。
先に着替えが終わった二人は特にどこに行くとも告げず、まだ侍女に着替えを手伝ってもらっているカッシーを置いて部屋を飛び出して行ってしまっていたのだ。
少年の問いかけを受け、少女は確認するようになっちゃんと東山さんの顔を一度見た後、カッシーに向かって首を振ってみせた。
「私達見てないけど?ここにいたんじゃないの?」
「……どこ行ったんだあいつら?」
もうすぐ式典も始まるというのに、まったくこの世界でも時間にルーズだなあいつら――
と、噂をすればなんとやら、ガチャリと扉を開けてその遅刻魔二人組がドヤドヤと中に入ってくるのが見えて、やれやれとカッシーと日笠さんはほぼ同時に小さな溜息をつく。
「あれ、みんなお揃いじゃね?」
そんな二人の懸念など露程も気にしていないこーへいとかのーは、部屋にいた日笠さん達を見て意外そうに首を傾げていた。
もちろん彼らも、いつもの出で立ちではなく、今はヴァイオリン騎士の正装に着替えていたことを補足しておく。
ただカッシーが着ているような軍用コートは羽織っておらず、代わりに燕尾服のような背中の裾が長い上着を羽織っていたが。
「おまえらどこ行ってたんだよ?」
「んー、暇だからちょっとお城の中見て回ってた」
「あんまりうろうろしちゃダメでしょ、大人しくしてなさいよ」
「へいへーい、わっかりました委員長?」
「ムフ、スッゲー広いヨここ。ミンナでドロケイやろうディス」
「誰がやるかボケッ! したら迷わず置いてくからな!」
「ドゥッフ、ツマンナーイ」
こいつら本当気楽でいいよな――
いつも通りののほほん声で、東山さんの諫言に猫口を浮かべたクマ少年と、自分の警告に対し、頭の後ろで手を組み、ケタケタとまったく反省の色のない笑い声をあげたバカ少年を見て、カッシーは呆れながら眉間を抑えていた。
ちなみに浪川だが、彼はいわずもがな前王にそっくりであるため、式典に呼んでは騒ぎの元になりかねないので、申し訳ないが宿屋で留守番をしてもらっている。
まあ彼もいろいろあって疲れていたし、これ以上トラブルに捲き込まれるのごめんだと思っていたので、素直に宿に残ると了承していたが。
まあとにかくこれで全員揃った。あとは式典を待つのみ。
と――
コンコンと扉がノックされ、一同はやにわに入口へと目を向ける。
中に入って来た侍女は、そんな彼等に一礼をすると顔を上げてカッシーを見た。
「お待たせ致しました皆さま。もう間もなく式典が始まります故、謁見の間までご案内致します」
「は、はい」
「外でお待ちしておりますので、準備が整い次第お声がけください」
侍女はそう言ってもう一度深々と一礼すると部屋の外へ出て行った。
来た! とうとう来てしまった!――
ごくりと唾を飲み、いよいよもって顔面蒼白でカチコチに固まってしまったカッシーを一斉に見ながら、日笠さん達はダメだこりゃと一様に溜息をついていた。
「くっそ、なんで俺が…みんな恨むからな」
「我慢してカッシー。ね? みんなのためだから」
「まったく往生際が悪いわね、いい加減覚悟決めなさいよ小心者」
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ――気合いよ柏木君」
「ムフ、メンドクセー奴ディスネー。モー目つぶってもらえバー?」
「おーい、みんな優しくしてやれって、カッシー泣いちゃうだろー?」
「泣 か ね ー よ ボ ケ ッ !」
と、案の定逆ギレしてカッシーはいっ!とこーへいを睨み付ける。
「そこまで言うならわかったっつーの! 見てろよおめーら! あとで吠え面かくなよな!」
こうなったら、やるだけやってやる!――
啖呵を切ってしまったカッシーは、パンと一回自分の頬を叩いて立ち上がると、でもやはり手と足を一緒に進ませながら部屋を飛び出していった。
「大丈夫かなあ……」
「吠え面、私達がかく必要ないけどね」
やれやれとお互い顔を見合わせた日笠さん達は心配に呟いたのだった。
♪♪♪♪
夕刻。
ヴァイオリン城、謁見の間――
つい先日、少年少女達が初めて蒼き騎士国の女王と対面したその部屋は今、壮言たる国の重鎮達がずらりと居並ぶ式典会場と化していた。
侍女に案内され、部屋に入ったカッシーは彼等に一斉に注目され、やはりますます持って顔を引き攣らせ固まってしまっていたが、後から入って来た日笠さんにせっつかれる形でやむなく再び歩き出す。
やがて彼等が中央に敷かれた赤い絨毯までやってくると、侍女は一礼してその場を後にした。
残された我儘少年は、大きく深呼吸して顔を上げる。
眼前には、少年を称えるようにして剣を構え、紅い絨毯の花道端に立ち並ぶ騎士達の姿。
勿論その中にはサワダやスギハラ、そしてフジモリの姿も見えた。
そしてその先の玉座に座していたのは、気品ある女王と威厳ある王――。
にこりと微笑むマーヤに対し、カッシーは無理矢理に引き攣った笑みを浮かべ返してみせた。
「ユーイチ=カシワギ、並びにその仲間達よ。前へ――」
「はっ!」
玉座の脇に立っていたイシダ宰相の物静かだがよく通る声に名前を呼ばれ、カッシーはびくっと身体を震わせながらも恐る恐る紅い絨毯を歩き出す。
やがて玉座の前まで歩み寄ると、少年はその場に跪き頭を垂れた。
ややもってその後ろに日笠さん達も歩み寄ると同じく跪く音が聞こえてきて、少年はごくりと息を呑む。
大丈夫だ。落ちつけ俺。
リハーサルは昼間やった。ばっちりのはず――
「カシワギ殿、そしてその仲間の者よ、面を挙げなさい」
頭上から投げかけられた静かで気品あるその声に従い、カッシーはゆっくりと顔を上げる。
あの日あの時、初めて見た女王と同じようにマーヤは蒼と白を基調としたドレスを身に纏い、慈愛に満ちた表情で少年を見下ろしていた。
俺達、本当にこの人と一緒にあのドタバタした作戦を繰り広げたんだろうか――
と、思わず疑問を浮かべてしまうほど、黄昏の陽光に照らされるマーヤの顔は別世界のような美しさだった。
そんなカッシーの後ろで、やはり顔を上げた東山さんは、こちらを見てパチリとウインクしたサクライに気づき、顔を赤くしながらそっぽを向いていたが。
「貴方達はチェロ村をコル・レーニョ盗賊団の手から救い、そしてつい先日、サヤマら貴族達の企てた国家転覆の詭計から私と王を救ってくださいました。貴方達の勇気ある行動によって、この国は二度も救われることとなったのです」
「……」
「ここにその功績を称え、貴方に『ヴァイオリン名誉騎士』の称号を贈ると共に、女王として感謝の意を表します」
衣擦れの音と共にマーヤは玉座より立ち上がり、イシダ宰相が差し出した盆の上より深蒼の
そして跪くカッシーの身体を覆う様に、手にした外套をかけると、マーヤは身を屈ませガチガチに緊張している少年の顔を覗き込んだ。
「カッシー、本当にありがとう。皆を捜すの頑張ってね」
「マーヤ?」
「大変かもしれない、でも決して諦めないで……私も応援してるから」
カッシーだけに聞こえる小さな声。
意外そうに彼女を見返した少年に対し、マーヤはにこりと笑ってみせる。
それはやはり、あの日この場所で見た、明朗快活な『英雄』と呼ばれるもう一つ彼女の笑顔。
おかげで緊張がほぐれた。ありがとう女王様――
「ありがたきお言葉です女王様、謹んでお受け致します」
にへらといつもの笑い顔を浮かべ、カッシーはかけられた外套を握りしめながら、元気よく形式上の返礼を述べる。
と――
―いいから通せって言ってんのよ?私を誰だと思ってるワケ?―
俄かに謁見の間の外が騒がしくなり、カッシーとマーヤはお互いを一瞬見合った後、扉を振り返った。
何事だろうか――彼等だけでなく、居並ぶ騎士達も怪訝そうに外の様子を窺うように扉を見ている。
―だから言ってるじゃない、マーヤと私はマブダチなの。わかる?マ・ブ・ダ・チ!―
扉を挟んではいたがはっきりと聞こえた、衛兵と揉める女性の声。
この声は――
マーヤはピクリと端正な眉を動かしながら立ち上がる。
そして嬉しそうな、しかし困ったような何とも言えない表情を顔に浮かべサクライを振り返った。
「やれやれ、懐かしい声が聞こえて来たな……」
忘れもしない。
いや、忘れようにも忘れられない明るくお騒がせなこの声――
女王に続き、少年に騎士剣の授与を行うつもりだったサクライは、片手に持った騎士剣をそのままに壇上から降りてくると、妹のその視線を受け、困ったように肩を竦めてみせた。
―姫、やはりアポなしでの来訪はまずいッスよ。今は式典中らしいですし、出直したほうがよいのでは……―
―うっさいチョク、黙ってなさい! とにかくアンタじゃ話にならないわ、そうだタイガを呼びなさいタイガを! あいつなら私のことわかるから!―
そしてやはり忘れられない。半泣きで涙声になっているこの青年の声もだ。
もはや間違いないだろう、マーヤとサクライはお互いを見合い苦笑する。
突如名前を呼ばれたイシダ宰相は、この声はもしや――と、なんとも苦々しい顔を浮かべて扉を眺めていたが。
「なんか揉めてるみたい……だけど?」
「おーい、一体なんだってばよ?」
俄かに騒がしくなってきた謁見の間の様子と、どんどん喧しくなっていく外の口論を交互に眺めながら、日笠さん達も訝し気に呟く。
「マーヤ……?」
「大丈夫カッシー心配しないで、きっと知り合いだから」
「し、知り合い?マジか……」
もはや大乱闘が始まりそうなくらい、扉の外で衛兵と揉めるその女性の声は大きくなってきている。
この厳粛な式典に問答無用で押し掛けるような知り合いって、一体どんな奴だよ――
カッシーは知り合いだ、といったマーヤの言葉に狐につままれたような表情で尋ね返していた。
―ああもう! 埒が明かないわ、アンタそこどいてよ!―
―勘弁してください姫! 何をするつもりですか!?―
―問答無用! もう限界なの! せーのっ!―
刹那。
バン!と乱暴な音と共に、謁見の間の両開きの扉は勢いよくこじ開けられる。
「やっほー!マーヤいるー?」
「エリコ……」
どう見ても扉を『蹴り開けた』としか思えない、右脚を高々と上げていた、その明るい茶髪の女性の姿を見るや否や。
やっぱりね――と、マーヤは苦笑してしまっていた。
やにわに女性はカツンと履いていたハイヒールの音を鳴らしながら足を下げ、あんぐりを口を開けたまま固まる衛兵達を余所に堂々と謁見の間に足を踏み入れる。
そして中央に立っていたマーヤとサクライの姿を見つけると、あっけらかんと明るい笑顔を浮かべながら、やあやあと手を振ってみせた。
「手紙見たわよマーヤ、何だか面白い事やってそうじゃないの。私も混ぜなさい!」
呆気に取られて固まる騎士達を余所目に、『エリコ』と呼ばれた女性は、旅用のドレスをバサリとひらめかせながら、エヘンと胸を張り強気な笑みを浮かべる。
「ひ、姫ぇーっ! 貴女は何をしてくれてるんですかーーっ! これは下手すると国と国との問題に発展するッスよ?!」
式典最中の部屋の扉をあろうことか『蹴り開ける』など一体何を考えているのだ――
と、顔を真っ青にしながら、慌てて彼女を追って入って来た眼鏡青年の、悲鳴に近い叫び声が木霊する中。
カッシーと日笠さんは引き攣った笑みを浮かべながらお互いを見合った。
「ねえカッシー……もしかしてあの二人って」
「言うな日笠さん。わかってる」
『エリコ』に、『チョク』――確かに聞こえた。
もし自分の記憶に間違いがなければ、妹の絵本に出て来た『英雄』と呼ばれる五人のうちの二人だろう。
だがしかし。
なんだかとっても嫌な予感がする――
妙な悪寒が背筋を走り、カッシーは思わず身震いする。
少年少女達を待つ、新たな冒険とトラブルの始まりを告げるように、陽が西の地平線に沈み、ヴァイオリンを夜が包もうとしていた。
第二部 完
第三部 パーカス大作戦へ続く
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