その28-2 一緒に歩んで

「…………兄さん?」


 突然現れ、自分の窮地を救った見慣れた背中――

 マーヤはその背中を見上げ、おそるおそる尋ねる。

 その問いかけに僅かに顎を上げ、サクライはマーヤを振り返るとにこりと微笑んだ。


 彼女の中で堪えていた感情が『堰』を切る。

 いい加減子ども扱いはもうやめてほしい。

 自分の身くらい自分で護れる。

 だから見返してやるつもりでサヤマ邸ここに乗り込んだのも理由の一つだった。

 そして見事に兄を助け、彼女はこう言ってやろうと思っていたのだ。

 

 見た兄さん?私一人でもなんとかなるんだから!

 だから兄さんも、もう無茶はやめて少しは自分の心配をしたらどう?――と。

 

 でも――

 

「おっと……」


 胸に飛び込んできた最愛の妹を両手で受け止め、サクライはよしよしと彼女の頭を撫でる。

 マーヤは彼の背中に回した手にぎゅっと力を籠めながら、サクライの胸に顔を埋め鼻をぐしぐしと鳴らしていた。


「本当に……心配したんだから……」

「ごめん……」


 優しく妹の頭を抱き、サクライは彼女の耳元で囁くように謝った。

 彼女は無言で首を振る。


 大丈夫、こんな所で死ぬもんか!と、絶対諦めなかった。

 迫る凶刃を見据え、それでも絶対に目は閉じまいと決意していた。

 

 でもまさか貴方が来てくれるとは思ってなかった。

 そして結局助けられた。

 いつだってそうだ。

 このあには自分を顧みず命をはって、私を助けてくれる。

 

 それが悔しい。

 彼女はやにわに顔を上げ、涙に濡れる瞳で怒ったように王を見つめる。

 

「兄さん、私ってそんなに頼りないかな?」

「マーヤ……」

「私は兄さんに『護って』欲しいんじゃない……『一緒に歩んで』欲しいの」


 兄はいつだって助けてくれた。秘かに自分を護ってくれた。

 人知れずに。陰から後ろから。

 けれどそれは、自分が望むものではないのだ。

   

 本当は共に進みたい、『王』として傍にいてほしい。

 いつもそう思っている。


 一人では無理かもしれない。けど、兄さんと一緒ならこの国を変えられる――

 あの時彼女はそう思ったからこそ、兄に王となるよう条件を出したのだ。


 このままではいつか兄は命を落とす。

 それでもきっと、最後まで先刻のような優しい微笑を浮かべながら、嫌な顔一つせずに。


「だからお願い、もう無茶はしないで……」


 コツンとサクライの胸に額を乗せて、マーヤは祈るように呟きそしてぽろぽろと頬に涙を伝わせた。

 最愛の妹の嗚咽を堪える声が聞こえて来て、サクライは悔いるように眉根を寄せ口を真一文字に結んだ。

 

 

 女王を護りたいなら

 この国を護りたいなら

 堂々と『王』として護るべきです――



 彼の脳裏に浮かんだのは純粋な『白』。

 真っ直ぐに自分を見据え、偽りない言葉を投げかけてくれた少女の意志強き瞳を思い出し。

 サクライは自嘲気味に苦笑いを浮かべ、ポン、とマーヤの頭に手を乗せる。

 

「まったく僕は兄失格だな……彼女エミちゃんのほうがよっぽど君の気持ちを理解していたということか――」

「兄さん……」

「わかった、努力するよ……僕の道化師ピエロは笑えないらしいからね」

「ピエロ?」

「こちらの話だ」


 やさぐれて随分と道草を食ってしまったが、意志強き乙女が背中を押してくれた。

 そして最愛の妹も共に歩もうと手を差し伸べてくれた。

 再び『駆け出し』の王として進む決意を胸に秘め――

 顔を上げ、不思議そうに首を傾げたマーヤに向けて、サクライは優しく微笑んで見せた。

 『道化師』ではなく、『蒼き騎士王』として。


 と――

 

 

「王様っ! 大丈夫ですか?」


 割れた窓の外から少女の懸念する声が聞こえて来て、二人は放れると外を覗き込んだ。


「ありがとうエミちゃん。おかげで間に合った」


 階下に見える中庭で、心配そうにこちらを見上げていた東山さんは、顔を覗かせたサクライに気が付くとほっと安堵の笑みを浮かべる。

 と、マーヤもサクライの傍ら顔を覗かせ、少女に向かって笑顔で手を振ってみせた。

 

「エミちゃん、無事だったのね!」

「やっぱり女王様だったんですね。でも何故あなたがこんなところに?」

「貴女と兄さんを探しに来たの。カッシー達も一緒よ」

「柏木君達も!?」


 途端に素っ頓狂な声をあげ、東山さんは眉間のシワを深いものへ変える。

 マーヤの言葉を聞いて、サクライも意外そうに彼女を向き直った。


「彼等も来てるのか?」 

「ええ。サワダ君達も一緒」

「女王様、柏木君達は今どこに?」

「多分、貴方達を探して回ってるはず……」


 ほぼ同時に問いかけてきたサクライと東山にそう答えると、マーヤも心配そうに眉を顰めた。

 火の手がかなり回り始めている。彼等は無事だろうか――と。

 

 その時だった。

 サクライの胸ポケットにいたオオハシ君がツンツンと彼の顎をつつく。

 なんだろうと親友を見下ろしたサクライに向かって、リスザルは大きな瞳をぱちくりさせ、一声鳴きながら廊下の奥を指差した。

 

「あっちに彼等がいる……ってことかい?」


 コクコク――

 

 その問いに頻りに頷くオオハシ君を見て、サクライは訝し気に眉を顰める。

 どうしてそんなことが分かるのだ――と。

 その様子を眺めていたマーヤは、はっとしながら王の親友を覗き込んだ。

 

「笛の音が聞こえたの?」

「笛?」

「兄さんから預かってたスペアの笛、連絡用にカッシー達に渡してあるの」


 はたして、その通りと言わんばかりに親友はニカっと歯茎を見せて笑う。

 だがマーヤはふと沸いた疑問に、表情を曇らせ僅かに俯いた。


「でもおかしいわ。兄さん達を見つけたら笛を吹いて知らせるって段取りだったの」


 だが、兄とエミちゃんはここにいるのだ。

 それに謎の爆発と大炎上でもはや捜索どころではないはずだ。

 なのに彼等は笛を吹いている。このタイミングでだ。

 もしかして――

 マーヤははっと顔を上げてサクライを向き直った。

 

「何か予想外のことが起きてるのかも」

「君を呼んでいると?」


 もしくは、助けを求めているとも取れる――

 マーヤは兄のその言葉にその通りと頷いてみせる。 


 だとしたら急いだほうがよさそうだ。

 サクライは親友が指した廊下の奥を向き直った。

 昨夜拝借した見取り図は頭の中に叩きこんである。

 親友が指すこの方向は――一階玄関ホール

 

 再び窓から顔を覗かせ、サクライは東山さんを見下ろした。

 

「エミちゃん、君は中庭で待っててくれ」

「王様はどうする気ですか?」

「君の仲間を探してから脱出する」

「……」

「まだ僕は信用できないかい? キュートなヒップのお嬢さん?」


 遠目からでも見えた、少女の心配そうな顔。

 やれやれと苦笑して、サクライは首を傾げた。

 だが、東山さんはやにわにサクライの顔をじっと見上げ、ゆっくりと首を振ってみせる。

 

「入口で待ってます。王様なら……帰りぐらい『堂々』と正面から出て来て下さい」

「わかった、約束しよう」

「女王様も、柏木君達をお願いします」


 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をして、踵を返すと東山さんは中庭に向かって駆けていった。

 

「やけに仲がよろしいことで……何があったの?」


 優しい笑顔で走っていく少女の後姿を眺めていたサクライは、そんな声が聞こえて来て傍らの妹を向き直る。

 つい昨日まで痴漢!最低!などと偉い言われようだったのに、一体どんな魔法を使ったのか――マーヤは訝し気にサクライの顔を見つめていた。

 

「そうだな……強いて言えば(心を)ガツンと殴られた」

「殴られた!?」

「ああ、おかげで目が醒めた。感謝しているよ、彼女にはね……」


 とうとうMに目覚めたのかしら兄さん――

 訳が分からず顔を引きつらせたマーヤに対し、サクライはパチリとウインクしてみせた。

 

 と――

 

「女王! マーヤ女王!」

「サワダ君! スギハラ君にフジモリ君も!」


 火に包まれる廊下を、顔を腕で庇いつつこちらへ駆けてくる忠臣三人の姿を見つけ、マーヤは顔を綻ばせる。

 サワダ、スギハラ、フジモリはやっとのことで発見した女王の下へ急ぎ馳せ参じると、息災な様子の彼女を見て安堵の表情を浮かべた。

 

「お怪我はありませんか女王?」

「女王じゃなくてマーヤ!」

「……こんな時まで勘弁してください」

「フフフ、私は大丈夫。貴方達も無事でよかった」


 三人共、顔も体も煤だらけであったが大きな怪我はなさそうだ。

 きっとこの炎の中、私を案じて探し回ってくれていたのだろう――

 マーヤは彼等の忠義に心の底から感謝しつつ、にこりと若き三銃士に微笑んでみせる。


「サヤマは――」

「ごめんなさい、逃げられたわ」

「って、それよりそこにいるの王様じゃねーかよ! 無事だったのか?」

 

 と、フジモリが女王の横に立つサクライに気づいて目を見開くと、王は真摯な顔つきで小さく頷き、若き忠臣達を一瞥する。

 

「済まない三人共、僕のせいで迷惑をかけた」

「王……」

「妹を……女王を護ってくれたことに王として礼を言う」


 初めて見た、この男の『ヴァイオリン王』としての風格。

 素直に頭を下げて謝罪をしたサクライを、サワダとスギハラそしてフジモリは鳩が豆鉄砲を食ったように、ぽかんと見つめていた。


「王よ……何か悪いものでも食べられたのですか?」


 あまりの出来事に動揺して、スギハラは思わずそう尋ねてから、失言であったとすぐさま口を噤む。

 だが背後から聞こえてきた、堪え切れずに吹き出すフジモリの笑い声に、彼は顔を真っ赤にしながら振り返えると『腐れ縁』を睨みつけた。

 やれやれと、いつもの如く眉間を抑えてサワダが首を振る。

 そんな光景を眺めながらマーヤはクスリと笑うと、だがすぐに真顔に戻り、先刻オオハシ君が指差した廊下の先を見つめた。

 

「まあ後で兄さんには、貴方達にしっかり詫びを入れてもらうとして…もうちょっと付き合ってくれる?」

「付き合う? 女王、一体どちらへ?」

「小英雄――いいえ、この国の恩人を助けにいくわ」


 そう答えてマーヤはサクライを振り返る。

 王はその視線に無言で頷いて答えると、彼女と共に駆けだした。

 小英雄――女王の言葉が誰を指しているかに即座に気づくと、若き三銃士は後れを取るまいと王と女王の後に続き、ホールに続く廊下へと消えていった。

 

 

♪♪♪♪

 

 

サヤマ邸、一階玄関ホール

 


 容赦ない業火に包まれるホールの中央。

 カッシーは口から笛を放すと、悔しそうに口をへの字に曲げた。

 

 それを吹けばこの子が気づくはず。もし三人を見つけることができたらそれで知らせて――

 

 マーヤが言っていたことを思い出し、少年はポケットに入れていた呼び笛をダメ元で吹いていた。

 もしかしたら彼女が気付いて助けに来てくれるかもしれない。

 そう思い、吹き続けてはや五分。

 だが、女王様と若き三銃士がやってくる気配はないようだ。

 もしかしてもう脱出してしまったのだろうか。

 いや、あの女王様がそんな薄情なことはしないはずだ――

 

「くっそ……」


 我儘少年は力なく呟いて、轟々と燃え盛る出口を見やる。

 ホールの中は相当な温度となってきている。

 このままでは大きな竈の中央で、こんがり丸焼きになるまでそう時間はかからないだろう。

 少年のこめかみをゆっくりと伝い、大粒の汗が顎で止まるとやにわにポトリと床に落ちた。


「日笠さん、ペンダント使ってあの瓦礫をどかせないか?」



 なんとかせねば――と、カッシーは、同じく汗だくになりながら床にへたり込んでいた日笠さんを向き直る。

 だが少女はカッシーを見上げると、パタパタと手で仰ぎながら力なく首を振ってみせた。

 

「やってみたけど同時に動かせるのは一個だけみたい……」


 カッシーに言われるまでもなく、日笠さんはペンダントの力を使って既にその方法は試みていた。

 しかし今の日笠さんの力では同時に操るのは一つが限度のようで、チェロ村で演奏した際に発動した、複数の道具を動かすことが出来る程の効果パワーを具現化させることは無理のようだった。

 或いは、もっと使い慣れることができれば、それもできるようになるかもしれないが――

 そんなわけで、それでも地道に一つ一つ操ってちまちま瓦礫を移動させていた少女は、当然ながらあっという間にガス欠状態となり、ご覧の通り床にへたり込んでしまっていたのである。


 これで日笠さんもダウン。なっちゃんと浪川はとっくのとうに体力切れ。

 楽器の効果はこれ以上期待できなさそうだ。

 カッシーはガシガシと髪を乱暴に掻いて肩を落とす。

 

「だから言ってるデショー! もう穴飛び降りるしかないッテ!」


 と、一人だけ逃げようとしていたため、簀巻きにされていたかのーが、まるで陸に上がった魚のようにビチビチ跳ねながらケタケタ笑う。

 こんな状況にも拘わらず、律儀に我儘少年は額にビキビキと青筋を作りバカ少年を見下ろした。

 

「うっせーボケッ! どっちにしろ死ぬっつの!」

「ダイジョーブだって! ちょっと痛いけど死なないッテ!」

「そりゃおめーだけだこのギャグ体質!」

「もう……こんな時までやめてよカッシー……」

「んー、なんか息苦しくね?」


 そんなお決まりの喧嘩を始めた二人を余所に、彼と背中合わせでやはり周囲を窺っていたクマ少年は、ぱたぱたと胸元を動かし風を送りながら呟く。

 カッシーは喧嘩を中断して慌てて口を噤んだ。

 確かになんとなく呼吸がしづらくなってきた。

 まあこれだけの勢いで火が燃えてるのだ。酸素も少なくなってきて当然かもしれない。

 そろそろ本格的に窮地ピンチってやつだ。

 それでも諦めまいと眉を吊り上げ、我儘少年はもうもうと黒い煙に覆われる天井を仰いだ。


 と――

 

「カッシー!」


 火の弾ける音の中に、自分を呼ぶ声が聞こえたのに気づき、カッシーは二階ホールを見上げた。

 そしてそこに立っていた女性の姿を視界に捉え、思わずにへらと笑みをこぼす。

 やっときてくれた――と。

 

「マーヤ!」

「ごめんお待たせ。今行くから!」


 我儘少年にその名を呼ばれ、マーヤはニコリと笑うと崩れかけた二階足場を一足飛びで跳躍し、華麗に一階ホールへと着地した。

 彼女の後に続いて姿を現したサワダ達もその後に続いて次々と着地する。

 だが――

 

 ちょっと待て!?

 その中に一人、ここにやって来た時には姿の見えなかった長身痩躯の男性が混じっている事に気づき、カッシーは思わず目を丸くしながら言葉を失っていた。

 

「お、王様!?」


 そんな彼に代わって、訪れた希望に安堵の表情を浮かべていた日笠さんが吃驚しながら声をあげる。

 彼女だけではなかった、こーへいもかのーも、ぐったりしていたなっちゃんも浪川も、なんでアンタがそこにいる!?――と、サクライの顔をマジマジと眺めながら固まっていたのだった。


 そんな少年少女の、まるでお化けでも見たような表情から放たれる視線を一斉に受け、蒼き騎士王は困ったように眉根を寄せてカッシー達の傍らに歩み寄った。


「すまない、君達にも迷惑をかけた」

「おーい、どうなってんだこりゃ?」

「王様……穴に落ちたんじゃないんですか?」

「あーその……色々あって自力で脱出できてね」

「恵美は?! 恵美はどこいったの?」

「彼女も無事、外で待ってるわ」



『は?! はあああ!?』



 マーヤの言葉を聞き、カッシー達は全員同時に顔に縦線を描いて思わず素っ頓狂な声をあげていた。

 じゃあなにか?! うちら別に二人探さないでとっとと笛吹いて脱出してもよかったってことか?!

 こんな火の中に居残って、死にかけてまで探してた俺達の苦労はなんだったっつーの!!――


 思わず脱力し、涙目になりながら訴える様な視線を送るカッシー達に、マーヤはアハハと苦笑するしかなかった。

 サワダ達もそんな彼等を見て、憐れむように溜息をつく。


 だがこれ以上この場でゆっくりしている余裕はなさそうだ。

 途端真剣な表情に戻ると、マーヤは皆を一瞥した。

 

「話は後にしましょう。とにかく今は脱出を」

「でも脱出って言っても、出口が――」


 日笠さんはマーヤの言葉を受け、途方に暮れたように赤く煌々と燃え盛る瓦礫に塞がれた出口を振り返る。

 少女のその反論にサクライはゆっくりと出口を向き直り、その問題となっている瓦礫を確認すると、徐に今度はスギハラを振り向いた。

 

「スギハラ、ちょっと君の剣を貸してくれないか?」

「構いませんが、何をするおつもりで?」

「帰りは堂々と正面から出ると、約束したのでね」


 見栄も虚勢もなく、真顔でそう答えたサクライを見て、スギハラはそれでもまだ懐疑的な表情を浮かべたまま、背負っていた大剣を彼へと差し出す。

 サクライはその大剣を受け取ると、踵を返し出口へ向かって歩き出した。

 やにわに出口めがけて突撃を開始する。

 

 あの瓦礫を剣で吹き飛ばすつもりかよ――

 狼の如く地すれすれまで身を屈め、出口に向かっていくサクライに、カッシーは思わず眉を吊り上げる。

 少年だけではなかった。

 サワダもフジモリもそして剣を貸したスギハラも、武人として半信半疑で彼を見つめていたのだ。

 出口を覆うのは二本の大きな梁である。

 斧ならともかく、剣ではあの瓦礫を切れぬはずだ――と。

 

 そんな彼等の視線を一身に背負い、瞬時にトップスピードに達したサクライは、やにわに上半身をあらん限りに捻り、大剣を握る手に力を籠める。


 タン――

 

 と、力強く踏み出した右足を軸にして。

 『蒼き狼』は勢い余って一回転するほどの勢いで大剣を左から右へ横薙ぎに払った。


 刹那。

 閃光が燃え盛る梁の半ばを通過する。

 数瞬遅れで風が巻き起こり、同時に梁は細かく震えたかと思うと真っ二つにその身を割り。

 そしてまるで風に舞う塵のように出口の右側へと音を立てて吹っ飛んでいったのだった。

 

 これが『英雄』――

 目の前で起こった奇跡ようなその『事実』に、その場にいた一同は言葉を失い、ただただ瓦礫が取り除かれた出口を見つめていた。

 ただ一人、そんな王を誇らしげに見つめる、蒼き国の女王を除いて。

 サクライは手を緩めず、返す刃で今度は出口を塞ぐ扉を断ち切ろうとさらに身を捻った。


 だが、そこで蒼き騎士王は動きを止め、口元に笑みを浮かべると構えを解く。

 何故止めるのだろうと訝し気に眉根を寄せたカッシーは、しかし次の瞬間彼のその行為に納得するように、思わず口をへの字に曲げていた。


 やにわに扉の向こう側から、聞こえてきた気合の入った掛け声――

 その聞き覚えのある気合の声に、少年少女達ははっと息を呑む。



「てぇやぁぁぁーっ!」



 はたして。

 その気合が最高潮に達したかと思うと、全てを拒むように燃え盛っていた扉は、外から放たれた鉄拳制裁インパクトの衝撃によって粉微塵に砕け散った。

 

 刹那、眩しい程の外の光がホールに差し込んでくる。

 その白いコントラストを背に、少女は気焔万丈振り下ろした拳に思わずよろめきながら、ホール内に雪崩れ込んだ。

 そして勢い余って転びそうになったところをサクライに抱き留められ、少女――東山さんは意外そうな顔で彼を見上げる。

 

「お、王様!?無事だったんですか?」

「何度も言うが……もうちょっとこう、慎重に行動できないものか」

「だって仕方ないじゃないですか。凄い音が聞こえたから、もしかしてみんなに何かあったのかって思ったんです」


 呆れる様に苦笑したサクライに対し、剛腕無双の少女は眉間にシワを寄せながら反論する。



 だが――

 

 

「委員長!」

「恵美!」



 そんな少女の姿を見て、歓喜と安堵の表情を浮かべ、嬉しそうに彼女の名前を叫んだカッシー達に気づき――



 東山さんは煤で汚れたその顔に、いつも通りの強気な笑みを浮かべて応えてみせたのだった。

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