その26 序曲『1812年』

サヤマ邸 中庭―


 小さな銀色の笛を口から放し、サクライは様子を窺うように周囲を一瞥した。

 中庭には先刻と変わらず小鳥の囀りと噴水から流れ出る水の音のみが聞こえている。


 やはりここにはいないのだろうか――

 サクライは断念すると、手にしていた笛を胸ポケットへしまった。

 

 昨夜地下水路に到達した時点で、親友オオハシくんの姿は既に見えなかった。

 あのホールではぐれた可能性が高い。そう考えたサクライは先刻から呼び笛を吹き、向こうからの呼応を待っていたのである。

 しかし、依然として親友からの反応はなかった。

 身軽な彼が、サヤマに捕まったとは考えづらい。

 それに彼は意外と頼りになる。もしかして逸れた自分達を捜そうと、別の場所に移動したのかもしれない。

 サクライは親友の身を案じながら、中庭から一望できるサヤマ邸を眺めるようにして目を細める。


「ちょっと王様、ぼーっとしてないで手伝ってくださいよ」


 と、背後から苛立ちを含んだ少女の声が聞こえて来て、サクライは形の良い眉を寄せながら振り返った。

 彼の背後では、眉間にシワを寄せた東山さんが、『四肢がばらばらに砕け散った』サヤマの銅像をパズルのように組み立てている最中だった。

 

 つい先刻のことだ。

 中庭の一角に建てられていたこのサヤマの銅像が勢いよく宙に吹っ飛び、そしてその下にあった通路から、二人が姿を現したのは。


 地上を目指して地下水路を進んでいたサクライは、ようやく発見した出口が塞がれていることに気づき、さてどうしたものかと思案していた。

 だが、彼の後ろをついてきていた剛腕無双の少女は、そんな彼に対して腕を鳴らしながらこう言ったのである。

 

 ちょっとどいてください、私がやります――と

 

 彼女が一体どうするつもりかなんて、考えるまでもなくすぐにわかった。

 だがサクライが止める間もなく、東山さんは腹の底から放った気合いと共に握りしめた拳を振り上げたのである。

 

 あとはご覧の通りだ。

 出口を塞ぐように建てられていたサヤマの銅像は、少女の剛拳によりまるでロケットのように空高く舞い上がり、そしてまもなく頭からめり込むように落下すると、バラバラに砕け散った。

 ひょっこりと出口から顔を覗かせた東山さんは、地響きと共に目の前に落下したその銅像を一目見るなり、まずい――と、気まずそうに口を真一文字に結んでいた。

 

 話を元に戻す。

 

「エミちゃんさ……もうちょっとこう、慎重に行動できない?」

 

 幸い周囲には誰もいなかったし、落下音に気づかれた様子もなかったため事なきを得ていたが、下手をすればいきなり見つかっていた可能性だってある。

 サクライは何とも渋い表情で諫言しつつ、少女の傍らに歩み寄った。


「文句があるなら、王様がやればよかったんです」


 あ、これ、左右逆だわ――と、慌てて銅像の腕の配置を変えようとしていた東山さんは、王のその発言を聞いて不満げに眉間にシワを寄せる。

 どうやったってそれ元には戻らないだろうと、サクライは思ってはいたが口には出さない。

 

「それとも、王様は他にいい方法思いついていたんですか?」

「例えば迂回するとか、もう少し穏便な方法もあった」

「時間がないんでしょう?」


 早くしないとマーヤ達が気づいて大事になる。そう言ったのは他でもない王様じゃない。

 まあ確かに軽率な行動だったかもしれない。また潜入しなければならないというのに、さっそく派手にやってしまったし。

 だから痕跡を残さないようにと、彼女は誠意をもって、さっきから一生懸命銅像を直しているのだ。

 あ、これ頭の部分だった――と、間違えて首に足を差していた東山さんは、ううむと唸り声をあげつつ、王の言葉に反論する。

 どうやら彼女なりに責任を感じて行っていたその行為くみたてを見てサクライは苦笑してしまった。


 まあ、結果よしとしようか。

 蒼き騎士国の王は、踵を返し再びサヤマ邸を一瞥する。

 

 

 刹那。

 

 ドン――

 という、腹に響くような空気の振動が轟き、サクライの視界に映っていた、豪邸一階の一角から爆発が起こった。

 遠く離れたこの場所からでも肌に伝わって来た爆発による熱に、王は何事かと眉を顰める。

 

「ああっ!?」


 ようやく完成しかけていた銅像が振動で崩れ、東山さんは顔に縦線を描きつつ、可愛い悲鳴をあげた。

 だが彼女もすぐにその異変に気づき、眉間にシワを寄せつつ爆発が起こったその一角に目を凝らす。

 途端沸き起こる悲鳴、そして再度の爆発。


「一体何が?」

「わからないが……何か起こってるようだ」

 

 やや遅れて吹いてきた爆風に僅かに目を細め、サクライは静かに呟いた。

 

 

♪♪♪♪



数分前。

サヤマ邸一階廊下―

 

 『睫毛の貴公子』が奏でる愛用のヴァイオリンは、途端に廊下中に響き渡るような力強い旋律を生み出し場を支配した。



 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲 序曲『1812年』――


 それは勇ましい、戦争の旋律。

 この曲って確か、去年の夏、演奏会で披露した中曲のはず。それも最初からじゃない。

 サビの部分かしら? 事前に曲名を聞く余裕もなかった。

 仕方ないと言えば仕方がないけど、一言教えてくれたっていいじゃない!――

 それでも何とか合わせようと、なっちゃんは浪川の放ったその旋律に食らいつくようにして慌ててチェロの伴奏を始める。

 

 一瞬にして全ての音が、その響き渡る弦の音色にひれ伏すようにして鳴りを潜めた。

 曲の効果が発動する際に発生する前兆だ。

 チェロ村でそれを体験したことがあったカッシー達は、早くも発動の兆しを見せた淡く光る浪川のヴァイオリンに気づき、息を呑む。


 自分達の時より全然早い。

 曲の発動には奏者の技術や集中力も関係しているのだろうか。

 目の前で起こり始めた楽器の効果を見つめながら、日笠さんはそんなことをふと考えていた。

 

 と――

 

 やはりチェロ村の時と同様に、やにわに浪川の周りに光の楽器と人型をした奏者が出現しだす。

 ヴァイオリンとチェロだけが奏でていた旋律は、伴奏とリズムセクションも加わり、一気に『オーケストラ』と化した。

 だがしかし。


「ちょっと待てボケ!?」

 

 少年は顔を引き攣らせ、悲鳴をあげる。

 そう。

 あの時奏でた村の広場とは異なり、今は広いとはいえ場所は『廊下』であった。

 現れた『光の楽団』により、廊下はあっという間に人(?)だかりで埋め尽くされてしまったのだ。


「なによこれ!?」

「おーい、やばくね?!」


 まるで満員電車に乗ったように、少年少女は身動きが取れなくなり各々悲鳴をあげる。

 

「ドフ?!……ちょ……ブフッ……まつディス!……オウフ!?」


 かのーに至っては丁度バストロンボーン奏者とトランペット奏者の間に挟まれてしまい、バストロのスライド管が伸びたり縮んだりする度に、それが顔面にヒットして何度も悲鳴をあげていた。

 カッシー達だけではない。

 光の奏者達もやや窮屈そうで、中には壁にめり込み、ありえない態勢のまま演奏を続けている者も見える。

 奏者の配置もあったものじゃない、何とも滑稽で窮屈でそしてシュールな光景。

 前代未聞の1812年の演奏はそれでも続いていく。

 

「な、なんだこれは!?」


 眼前に広がる、世にも奇妙な光景にサヤマは面喰って呟いた。

 抜刀して襲い掛かろうとしていた私兵達も、まるで増えるわかめのように増殖して一瞬にして廊下を埋め尽くした光の奏者達に気づくと、どよめきをあげつつ慌てて踵を返し、距離を置いていた。


 一体何が起こるというのだ。

 彼等は未知なるその現象を目の当たりにして、困惑するように攻めあぐねていた。

 

 皆の期待、希望、そして動揺に不安。

 それら全てを背負い。

 やにわに、浪川が踊るようにしてダウンボーと共に奏でた一音が弾けると。

 序曲1812年は第五部に突入し、『ロシア軍の猛反撃』を高らかに歌い始めた。

 

「ぶはっ……」


 光の奏者の人混みを泳ぐようにして掻き分けて、なんとか這い出ることに成功したカッシーは大きく息を吐く。

 一体どうなってんだこりゃ――

 なおも『すし詰め』の状態で一心不乱に奏でる光の奏者を見上げつつ。

 だが少年は、背筋にあり得ない熱量を感じその違和感に慌てて正面を向き直った。

 そして、およそ一間ほど離れた宙に、燦然と輝きながら出現していた『それ』を見上げ、目をまん丸くする。

 

 

 それは、例えるなら『光の砲弾』――

 


「なんだこりゃ……!?」

 

 眩いばかりの光を放ち、小さな太陽の如く灼熱の陽炎を生み出しながら、それは今か今かと『発射』の時を待っているように見えた。


 やばい。これはやばい。

 私兵達もそしてサヤマも、直感で気づいていた。

 その『光の砲弾』の照準が自分達に向けられていることにだ。

 

 次の瞬間。

 本能が告げる警告に従い、私兵達は一斉に廊下の端に飛び伏せる。

 一瞬遅れてサヤマが甲高い悲鳴をあげつつ見栄も外聞も捨ててその場に蹲ったかと思うと。



 ドン――


 

 腹の底に響くような大振動と轟音と共に、光の砲弾は廊下に向けて放たれた。


「ひ、ひいい!?」


 光の砲弾は老人の頭上をかすめ、真っすぐな廊下を一直線に飛んでいき。

 そして、はるか向こうの廊下の角で大爆発を巻き起こす。


 数瞬遅れて、吹いてくる生暖かい爆風。

 耳を劈く大爆音――

 そして地震と見紛うほどの振動が屋敷全体を襲い、たちまちサヤマ邸のそこかしこから悲鳴が聞こえてきた。


 もちろんこれで終わりではない。

 第二弾、第三弾。

 いや四弾、五弾――

 

 ロシア軍の大勝利に向けて奏でられてゆく『1812年』の旋律は、サヤマと私兵達に向けて一斉砲撃を開始する。

 T字路の左右で呆然とその光景を眺めていた私兵達は、新たに生まれた光の砲弾の、次の照準ターゲットとされたことに気づくと、慌ててその場に伏せた。

 断続的に放たれる砲弾により、次々と爆発と爆風が屋敷の至るところで生まれていく。

 

 爆発。

 地響き。

 悲鳴と倒壊音――

 

 なんつー威力だ。

 チェロ村で味わった大砲音トラウマが脳裏をよぎり、カッシーはなんとも言えぬ表情を浮かべていた。

 

「凄い……」

「おーい、こりゃやばくねー?」

「ゴフ……ねえ、ちょ……オオウ!?……何が起きてるディスか?……ケプッ!」


 光の奏者の隙間からその光景を目の当たりにし(かのーを除く)日笠さんとこーへいも驚きの表情で呟く。

 いける。もしかしてこれなら、この窮地を覆せるんじゃないだろうか――

 絶望的な状況を照らし始めた『希望の光』に思わず笑みを浮かべ、カッシーは演奏を続ける『睫毛の貴公子』と『微笑みの少女』を振り返った。


 だが――

 

「いいぞ浪川。もっと頼――」


 は?へ?

 なんでだ――

 少年は『希望』と共に浮かべた笑みをすぐに引っ込めると、代わりに『驚愕』と共に口元を引き攣らせることとなる。



 今にも、自分目がけて放たれようとしていた『光の砲弾』を目の当たりにして。



「うおおっ!?」


 咄嗟に横っ飛びで床に伏せ、カッシーは頭を押さえて蹲った。


 次の瞬間、大爆音と共に光の砲弾は発射され、少年がつい数秒前まで立っていた空間を真っすぐに貫き、斜めに放たれたそれはおよそ六間ほど離れた廊下の壁に直撃する。

 結構な至近距離で爆発が起こり、発生した爆風によって飛び散った装飾品や壁の破片がパラパラとカッシーの身体に降り注いだ。


 ぜーはー息を吐きつつ、涙目になりながら顔を上げ、少年は目の前の惨状に青ざめる。

 少年の視界に映った壁は、砲弾の直撃によって粉みじんに吹っ飛び、ぽっかりと空洞を生み出していた。


 死ぬかと思った。こんなの直撃したらひとたまりもない――

 途端にふつふつと怒りが沸いてきて、カッシーは立ち上がると額に青筋を浮かべながら奏者を振り返る。

 

「おい、浪川何やってんだよ! ちゃんと狙え!」


 既に自動演奏状態シンクロに入っていた浪川は、少年のその声にちらりと目だけ向けて応えるのみだった。

 だが――

 

「ねえカッシー……」


 ふと隣から不安を帯びた少女の声が聞こえて来て、カッシーは声の主を向き直る。

 ようやく奏者の人混みを抜けてきた日笠さんは、1812年の演奏を続ける浪川達と『光の楽団』を眺めていたが、やがて恐る恐るカッシーを振り向いた。

 なんとも言えない不可解な表情を浮かべながら。

 どうした?――と、少年は表情で問いかける。

 

「なんか……曲がおかしくない?」

「は?」


 少女の言葉に、カッシーはきょとんとしながらも耳を澄ませた。

 そして聞こえてくる大序曲の旋律にすぐさま違和感を感じ、んん?と口をへの字に曲げる。

 確かに日笠さんの言う通り、何かがおかしい。

 

 時折音程が外れたり、楽器毎のテンポがずれたり、酷い時には不協和音になったりしているのだ。

 それになんとなく、光の奏者達の演奏もぎこちない気がする。

 もちろんそれでもしっかり曲は形成している。

 だがなんというか、部分部分の歯車の噛み合わせがしっくりしていない――

 そんな表現がぴったりくるような演奏となっていた。


「本当だ……どうなってんだ」

「浪川君のせいよ!」


 と、日笠さんと同じく不可解そうな顔を浮かべたカッシーに、なっちゃんが苛立たし気に語気を荒げて応える。

 

「なっちゃん?」


 てっきり浪川同様に自動演奏状態シンクロに入っていたものだとばかり思っていた日笠さんは、不機嫌そうに眉を吊り上げた少女を向き直り、不思議そうに彼女の名を呼んだ。

 

「どういうこと?」

「あいつ好き放題演奏しすぎなの! こんなの無理よ!」

「は?」


 テンポ早すぎだし、勝手にため作るし、アインザッツもこっちを全然見ていない。

 この睫毛、自由に演奏し過ぎよ!――


 ま っ た く 勝 手 な ん だ か ら !


 なっちゃんは腹立たし気にそう言いつつ、曲から落ちそうになって慌てて演奏に集中する。

 はたしてなっちゃんの言う通りで、浪川は曲を奏で始めるや否や、その卓越した技量を遺憾なく発揮し、己の世界を形成しだしていたのである。

 その演奏たるやまさに仏皇帝ナポレオンの如きで、技術も音量もセンスも抜群の少年は、周りを置いてきぼりにしてバリバリに『独裁』を続けていたのだ。

 

 そもそも一年も前に演奏した曲なのだから、譜面もなしに暗譜で合わせるのがどれだけ大変かわかっているのだろうか。

 そりゃ貴方はそらで弾けるかもしれないけど、だったらちょっとはこっちに合わせてよ!――

 そう思いつつ、それでも必死に浪川の演奏に食らいつき、なっちゃんはここまでチェロを奏で続けてきていたのである。

 というか、そんな浪川の好き勝手な演奏についていける、少女のチェロの腕前だって相当なものなのだが。

 

 そんなわけで所々音を外したり、不協和音が生まれてしまっていたおかげで、なっちゃんは未だ自動演奏状態シンクロになっていなかったのだ。

 それだけはまさに不幸中の幸いだろう。

 当の戦犯者である浪川はシンクロ状態でも話は聞こえているようで、だが元々表情にあまり感情が現れない彼は、黙々と相変わらずの表情のまま『独裁演奏』を続けていたが。

   

 とはいえこの状況はまずくないだろうか。

 どうも話を聞く限りじゃ、先程の暴発は曲の乱れが原因のようだ。

 それに。

 

 仏皇帝ナポレオンはこの曲の最後で大敗北する――


 

 歴史が得意科目の一つであるカッシーは、そんなどうでもいい豆知識を思い浮かべ。

 だが、やにわに先刻と同様に異様な熱量を帯びだした周囲の異変に気づき、まさかと青ざめつつ振り返った。

 

「まじか――」


 視界の先で、彼を待ち構えていたかのように宙に浮く、いくつもの『光の砲弾』を見上げ、カッシーは口をへの字に曲げる。

 今か今かと発射の時を待つ砲弾それらの照準はもはや定まっておらず、当惑するように小刻みにその身を振動させていた。


「カッシー……これってまずくない?」

「伏せろ日笠さん!」

 

 少女を庇う様にしてその身を抱きかかえ、カッシーは床に伏せる。


 あっ――

 

 というなっちゃんの悔しそうな声と共に、またもやチェロの音が外れた。

 それがまさに点火の合図。

 

 『光の砲弾』は無差別に四方八方に放たれた。

 


♪♪♪♪



 サヤマ邸二階、来賓の間――


「……なんだ?」


 残った兵達の投降を受け入れ、女王の後を追おうとしていた三銃士は、突如屋敷中に響いた轟音と揺れに何事かと周囲を見渡した。

 その後も断続的に響き渡る爆音と、パラパラと埃が天井から舞い落ちる程の振動。

 投降し、負傷者の介抱にあたっていた兵達も、動揺を顔に浮かべつつざわめき始める。


 どうやら一階で何かが起こっているようだ。

 もしや女王か、はたまたカシワギ殿らだろうか。 

 いずれにせよ急いだ方がよさそうだ――

 サワダはスギハラとフジモリを振り返り、そして二人も同様のことを考えていた事を視線から悟ると、よしと一つ頷いていた。

 

 刹那。

 

 大爆音と共に部屋の中央にあった長テーブルが真上に吹っ飛び、勢いよく天井に激突すると粉々に砕け散った。

 その下から床を貫通して姿を現した『光の砲弾』が、天井に激突し爆発を引き起こす。

 火の粉と瓦礫がこれでもかとばかり部屋に降り注ぎ、装飾品に引火する中、サワダ達は頭を庇う様にして手を翳しながらくぐもった声をあげた。


「なんだこれは……」


 天井にぽっかりと空いた穴を見上げ、目の前で起こった半ば信じられない出来事にサワダは思わず心境を吐露する。

 だがたちまちの内に広がった火の手に気づき、彼は反射的に行動に出た。

 彼だけではない、スギハラもフジモリも一緒だ。

 

「急ぎ退避だ!」

「動ける者は負傷者を助けて出口へ!」

「やっべ、このままじゃ出口ふさがれっぞ!!」


 呆気にとられて立ちすくんでいた兵達は、三銃士の声に我に返ると、途端に各々行動にうつる。

 フジモリは近くにあった立派な花瓶を手に持つと、火の手が広がりつつあった出口に投げた。

 陶器の割れる音と共に中に入っていた水が飛び散り、火に降り注ぐ。

 僅かに火の手が緩んだその出口に向かって、スギハラが渾身の体当たりをすると、出口は瓦礫と共に勢いよく外側へ開いた。

 

「こっちだ!」


 手招きするスギハラの指示に従い、兵達は負傷者を抱えて火に包まれつつ部屋を後にしていく。

 最後にサワダとフジモリが部屋を飛び出すと同時に、先刻爆発の直撃を受けた天井が崩落を開始する。

 何とか間に合った――三人はお互いを見てほっと安堵の表情を浮かべた。


 だが爆発と振動はまだ続いている。

 そして焦げるようなこの匂い。

 火の手は他からもあがっているようだ。

 そこかしこで人の逃げ惑う足音や悲鳴も聞こえてくる。


 一体何が起こっているのか――


「女王の身が心配だ……捜すぞ二人とも」

『承知!』

 

 サワダの提案にスギハラとフジモリは聞くまでもないと即答する。

 若き三銃士は急ぎマーヤを捜すため、喧譁嗷騒となったサヤマ邸の廊下を駆け出した。

 

 

♪♪♪♪



同時刻、サヤマ邸二階廊下―

 

 また爆発と揺れが起きた。何が起こってるのだろう――

 これで三度目。

 轟く爆発音と共に揺れる邸内を、マーヤは足を止めて見渡した。


 考えられるのはカッシー達だが、一体何をしたら大騒ぎこんなことになるのか。

 ただ、あの子達なら何かをしてくれる。

 根拠はないのだが、そんな期待をしてしまう何かを、あの異世界の少年少女達は持っている気がするのだ。


 無事でいてほしい。

 そのために早く兄を見つけなければ――

 だがそこで前方から王の親友であるリスザルの鳴き声が聞こえて来て、マーヤは前を向き直った。

 急に足を止めた彼女を心配するように、オオハシ君は丁度曲がり角の手前で待ってくれている。


「オオハシ君、一体どこまで行くの?兄さんはどこに…」


 先刻の場所から二階を南北へほぼ縦断し、今彼女は南の端まで差し掛かっていた。

 突き当りの窓からは立派な中庭が見える。

 だが、オオハシ君の足はまだ止まる気配はない。

 と、マーヤの問いかけに、オオハシ君はもう一度鳴き声をあげると、二カッと歯茎を見せて笑った。

 

「もしかして、もうすぐ?」


 コクコク――

 

 オオハシ君は小さく頷いてから、角を曲がり再び走り出した。

 マーヤは少しほっとしながら、同時に心を躍らせ、王の親友を追って足を踏み出す。



 だが――

 

 

 角を曲がった途端、マーヤはそこに佇んでいた人物に気づき息を呑んだ。

 彼女は目で彼を確認するまで、その気配を察知することができなかった。


 どこから現れたのか?

 そしてどうやって彼はリスザルの直感すら欺き、自分とオオハシ君の間に入り込んだのか――

 マーヤは薄く細い眉を寄せ、油断なくその人物を睨み付ける。

 

「貴方、一体何者?」


 無造作に、俯き加減でその場に佇むその人物は、先刻彼女が出会った時と全くの別人であった。

 即ち、爬虫類のような一切の感情を灯さない、獲物を仕留めるだけの敵意を持った、冷酷な視線――

 

「この時を待っていた」


 ぞっとするほど冷たい声でそう呟くと。

 執事は懐から短剣を取り出して身構える。

 

 短剣の鍔に彫られた『蜷局を巻いた蛇』の紋章が、女王の命を狙うように鈍く光っていた。

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