その14 やっぱり貴方は信用できない

「浪川君を王様に?」


 突拍子もないことを口にしたなっちゃんに、日笠さんは目をまん丸くしながら鸚鵡返しに尋ねた。

 なっちゃんは微笑を絶やさず、その通りと少女の問いに頷く。


「サヤマ達貴族が復権を企むとしたら、自分達の息のかかった別の王を擁立してマーヤ女王と挿げ替えるのが一番手っ取り早いでしょ?」

「……一応僕もいるんだけどね?」

「あ、眼中にもなかった。ごめんなさいね遊んでばかりのニート王」


 相変わらずひでえ――

 ニコリと微笑みながら毒を放った少女を見て、カッシーとこーへいは顔に縦線を描いた。サクライは一瞬口の端を引きつらせたが、すぐにトホホと苦笑しながら肩を竦めてみせる。

 

「まあいいけど、それで続きは?」

「そこで誰を擁立するかだけど、別にナミカワ前王本人じゃなくたっていいのよ。大事なのは『前王』じゃなくて『前王の血』なの。だって、王族にはまだ世襲制度が残っているんでしょ?」

「ああ、残念ながらね」


 サクライが肯定するのを見届けると、なっちゃんは皆を向き直る。

 そして再び、ぴんと指を一本立てた。

 

「さて問題。もしナミカワ前王に子供がいたら、王位の継承権は『姪』であるマーヤ女王と、『彼の子供』――どちらにあると思う?」

「んー、そりゃあ息子じゃね?」

「俺もそう思う」


 合ってる?――と、カッシーとこーへいはなっちゃんに目で訴える。

 と、一人顎を撫でながら少女の話を整理していたサクライは、やにわに表情を明るくすると合点がいったように、何度か小さく頷いてみせた。


「……なるほど、ナミカワ君を前王の息子と称して王に擁立すれば、マーヤは女王の座を返上せざるを得ないと?」

「そういうこと。だってそっくりなんでしょ二人とも?なら『前王の息子だ』って詐称しても誰も疑わないはず――」


 きっとこんなところじゃないかしら?――

 と、少女はカッシー達を一瞥した。

 あの短い時間でここまでの推測に至った少女を感嘆の声とともに眺めながら、一行はなるほどと納得する。


「なっちゃんあなた凄いわ」

「ほんと、よく考えつくね」

「フフ、ありがとう^^」

「でも前の王様って、独身だよな?」


 ナミカワ前王は王族には珍しく、独身を通した王である。

 世継ぎがいなかったから『姪』と『甥』であるマーヤとサクライが後を継いだのだ。これでは子供と称するのは無理がないだろうか。

 話を聞いていたフジモリは、ちょっと待ったと話を遮る。


「そんなもの、隠し子とかなんとかいっていくらでも口実はつけられるじゃない」

「けど、本人に確認したら一発でばれるだろ」

「いや、それがそうでもないんだよね……」


 と、なっちゃんとフジモリのやりとりを聞いていたサクライは、何とも渋い表情を浮かべ肩を竦めてみせた。

 どういうことだ、とカッシー達は彼を見る。


「王様?」

「身内の恥をばらすようで言いにくいんだけど、アニマート公も若い頃は、結構城下街に遊びに抜け出てたらしくてね」

「……は?」

「一時だけど愛人もいたとか、そういう噂が流れた時期があったし」


 それも男の甲斐性だ。気持ちはわからないでもないが――

 そう思いつつ話を続けていたサクライは、そこで女性陣三人の視線に気づき、思わず息を呑んだ。

 ついでにサクライの肩に乗っていたリスザルもまたもや賛同するように歯を剥いてコクコクと小刻みにかぶりをふる。

 

「前王といいあなたといい、ヴァイオリン王家の男ってみんなそうなんです?」

「そんな目で見ないでくれよ。まあとにかく、サヤマがナミカワ君を『前王の息子』として擁立したとしても、十分にありえる話なわけだ」


 もし真偽を問われたとしても、当のナミカワ前王にはそれを誤魔化すか、或いは黙認せざるを得ないような過去があるのだから。

 と、なれば事は穏やかには済まなそうだ。

 このままではマーヤだけでなく、浪川も巻き込んでドロドロのお家騒動に発展する事態になりかねない。

 サクライは頭を掻きながら厄介そうに溜息を一つついた。

 

「サヤマがことを起こすまでは浪川君も安全だと思う……でも急いだほうよさそうね」


 流石に今日明日でクーデターを起こそうとはサヤマも思っていないだろう。それまでは浪川の身の安全も保証されている。

 しかし相手は陰湿な手を使う貴族達の親玉。となれば奪い返すのは一筋縄ではいかなそうだ――

 さてどう攻めたものかとなっちゃんは細い眉を寄せ思案を巡らせる。


「いっそ一気に押し入っちまったらどうだ王様? ナミカワって子供を奪い返せば証拠だって十分だろ?」

「それはダメだ。言っただろう? 彼等『隠蔽』は十八番だって」


 サヤマのことだ。下手をすれば証拠隠滅のためナミカワという少年を消すかもしれない。

 そうなったら目の前の少年少女が困るだろう。

 椅子を漕ぎながら神妙な顔つきで提案したフジモリに、サクライはゆっくり首を振って否定した。

 

「やれやれ、思いのほか深刻な事態だな」


 身を乗り出し、膝上で手を組むとサクライは目を細めて小さく唸った。

 確実なのはしっかりとした証拠を集め、国を治める王として公の場でサヤマを追及することだ。

 だがそうすれば大きな騒ぎになるだろう。

 下手をすれば叔父の名声に傷がつく可能性があるし、クーデターを起こされかけたという事実は対外的にも影響が出る。

 それは避けたい。なるべく大事おおごとにしたくないのだ。

 かつ、すみやかにナミカワという少年をサヤマから奪還する。

 

 あれしかないか――


 意を決したように顔をあげ、サクライは口を開いた。

 

「この件、僕に預からせてくれないか?」

「王様?」

「悪いようにはしない。ナミカワ君は必ず助けてみせる」

「助けるって、どうやってですか?」

「そうだな……マーヤに相談してみよう。彼女ならきっと協力してくれるはずだ」

 

 と、僅かな間を置いた後にそう言うとサクライはにこりと笑って日笠さんの問いに答えた。東山さんはその返答を聞いて意外そうに目を一瞬見広げると、眉間にシワを寄せながらサクライの顔をじっと見つめる。


「まだ僕が信用できないかいお嬢さん?」

「いえ……そうじゃなくて――」

「じゃなくて?」

「……なんでもない」


 しばしの間の後東山さんはゆっくりと首を振る。そして少女はふいっと視線を逸らした。どうやらまだ許してもらえないようだ――

 そんな少女の反応にサクライは苦笑すると窓辺から立ち上がった。


「今日はもう遅い、これで失礼するよ。いこうフジモリ」

「本気かよ王様?」

「君には悪いが、この件はもはや国家の一大事だ。あとはマーヤに任せることにする」


 せっかく面白くなってきたってのに、と残念そうにフジモリは舌打ちをする。

 だが王の命とあっては仕方がない。彼は肩を竦めると椅子から立ち上がった。


「今日は本当にありがとう、助かったよ小英雄殿」


 サクライはすれ違いざまにカッシーに向けて礼を述べると、その肩をポンと叩く。

 そして小さな声でこう言った。

 

「だからこの恩に報いるため、王として全力を尽くそう――」

「え……?」


 威厳と気品あるそんな蒼き騎士王の声に、カッシーは思わず振り返る。

 サクライは既に扉を開け、外に出ようとしていたところだった。

 じゃあな、と手を振りフジモリもその後に続いて部屋を後にする。

 なんだったんだ今の?

 訳が分からずカッシーは首を傾げながら皆を振り返る。

 部屋に残ったのは当たり前だがいつもの六人。

 だが皆の表情は浮かないものだった。

 

「……浪川君、大変な事に巻き込まれちゃったみたいね」

「ったくよー、あいつも災難だなー?」

「ムフ、まーあのマツゲならどこでも気にせずレンシューとかしてそうディスけどネー」


 いい意味も悪い意味でもブレない、クマ少年とは別の意味でマイペースなまつ毛少年の事を思い出しながらこーへいとかのーは各々感想を口にする。

 そういえばこれから引き渡されるって時でも全く我関せずで欠伸をしていたな――

 日笠さんは酒場での浪川の様子を思い出し、彼の神経のずぶとさにちょっと感心する。

 とはいえ、なんとかして彼をサヤマの手から奪還しなくては自分達だって困るのだ。

 なにせ彼等は運命共同体。一蓮托生、一人でも欠けたら元の世界には戻れなくなってしまう。

 だが今回は相手が悪そうだ。

 相手は一国の元宰相、しかも狡猾な貴族達の親玉ときたものだ。

 盗賊とは別の意味でただの少年少女には手を出せない相手である。

 何とも悔しいが、ここは王様とマーヤ女王に任せるしかないのだろうか。

 特にいい案が浮かばずにカッシーはやきもきしながら口をへの字に曲げた。

 

「王様のことを信じて、とりあえず今日のところはもう休みましょう」


 今日は朝から色々あって怒涛の一日だった。

 ゆっくり休めばきっといい案も浮かぶかもしれない。

 日笠さんはパンと手を打って皆を見渡す。

 確かに謁見から始まり、聞き込みに『優良な人物』の偵察、ついでに言えば怪しい酒場でも一騒動あった。

 まとめ役である少女の提案に反対する者は特におらず、今日は解散となった。


「それじゃ私達は部屋に戻るね」

「ああ、おやすみ」


 日笠さんとなっちゃんは徐に席を立ち、自分達の部屋に戻ろうと歩き出す。

 だが――

 一人思いつめた表情で考え事をしていた東山さんに気づき、二人は歩みを止めた。

 

「……恵美どうしたの?」

「……いえ、なんでもないわ」


 声を受けてなお、彼女は思案に耽っていたが、ややもって呟くようにそう答えると日笠さん達を追って席を立つ。





 彼女のためだからこそ、ここではいえない――


 この件は城の関係者に知られたくないんだ。なるべくマーヤを巻き込みたくない――


 自分達は女王に嵌められた――彼らはそう思っている。この確執を埋めるのは難しいだろう――





(嘘つき……やっぱり信用できない……)



 剛腕無双の少女のその瞳に。

 決意を秘めた強い意志が輝いていたことを、その場の誰も気づくことはなかった。



♪♪♪♪



深夜

ヴァイオリン城下街、東地区―



 富裕層がこぞって屋敷を並べるその区画を、月が青白い光で彩り、淡いグレーブルーの世界を生み出している。

 時刻は深夜零時を回った頃。

 もちろん人気はなく、住人達も寝静まった時刻だ。

 その無音が支配する街並みを――

 サクライは静かに、しかし力強い足取りで歩んでいく。

 その表情に昼間のような飄々とした優男の面影はなく。

 威厳と覚悟を秘めた蒼き騎士王は黙々と道を進み、やがて東地区の一画にある豪邸の前で歩みを止めた。

 リタルダンド卿『ススム=サヤマ』邸。

 門の両脇ではほぼ燃え尽きかけた外灯代わりの松明が、周囲を心細くに照らしている。ひょこっと彼の胸のポケットから顔を覗かせたリスザルが小さく嘶くと、サクライの顔を見上げてコクコクと頷いた。

 そんな親友の応援を受け、蒼き騎士王は武骨な門をじっと見上げながら飛び越えようと身を屈ませる。

 しかし――


「やっぱりいた……」

  

 背後から聞こえてきた、呟きにもとれるその声に、サクライは腰に差していた剣へと手をかけ油断なく振り返った。

 そしてネコ科の猛獣のようにしなやかで無駄のない動きと共に構えながら声の主へと視線を定める。

 だがそこにいた、月光を背にして威風堂々仁王立ちする少女の姿に気づくと、彼は驚きの表情を浮かべ構えを解いた。


「君は――」

「事あるごとに女王様を気遣っていたのに、急に『相談する』なんて言い出すから、もしやと思って来てみたら……」


 納得いかない――隠すことなくその思いを顔に浮かべ東山さんはサクライに歩み寄る。そして手前までやってくると、腰に手をあて蒼き騎士王を睨むようにして見上げた。

 違和感を感じていた。

 謁見の間で出会った時だって、あれ程までに女王を巻き込むまいとしていた彼が。

 女王に話すのは証拠を掴んでからだ――とも言っていた彼が。

 いともあっさりと掌を返し『マーヤに話す』と言い放ったことにだ。

 だからあの後、少女はヨーコにサヤマの屋敷の場所を聞き、皆が寝静まったのを確認するとここにやってきた。


 あの王様は、女王のために。

 そして私達のためにも。

 きっとまた一人で何とかするつもりだ。

 そう思ったから――

 そして、少女のその虫の知らせともとれる直感は奇しくも的中したのだ。

 

「痴漢の次は不法侵入ですか?いくら王様でも犯罪は犯罪ですよ?」

「参ったな……君結構鋭いね?」


 途端に飄々とした優男の顔つきに戻ると、サクライは苦笑しながら東山さんの顔を誤魔化す様に覗き込む。

 しかし少女は不機嫌そうなその表情を変えぬまま、そして彼の目を見据えたまま、こう尋ねた。

 

「悪いようにはしないって、その結論がこの行動?」

「……」

「一人で抜け駆けなんて無茶過ぎるわ」

「マーヤのためさ。そして君らのためでもある………ここは僕に任せてほしい」


 これが誰も巻き込まない、そして穏便に解決できる最善の手。

 サクライはやや自嘲気味に微笑むとそう言って首を傾ける。

 彼の浮かべたその微笑みを見つめ、東山さんは珍しく戸惑うように眉尻を下げた。

 最初はいい加減な男だと思った。あの痴漢がこの国王様だったと知った時も彼女は心底許せなかった。

 女王に国のすべてを任せ、自分は怠けて遊びほうけているそれこそ女の敵のような人だと思った。

 しかし何かが違う。 

 謁見の間で見せた何かを秘めた優しい瞳も、そして女王のことを語る時の真面目な顔も。

 それも王の本性ではないか。彼女はそう感じ始めていた。

 飄々としたスケベでいい加減な優男と、時折見せる威風を纏う蒼き騎士王の顔――

 一体どちらが本当の彼なのだろうか――。


 そのどちらからも。

 少女はなんとなく感じるのだ、まるで彼が生き急いでいるように。

 そしてだからこそ――



「やっぱり貴方は信用できない」



 少女はゆっくりと首を振ってサクライの言葉を拒否する。

 そして強気な笑みと共にさらにこう続けたのだ。



「だから私も一緒に行きます」


 ――と。

 蒼き騎士王は途端に顔を顰め、少女の申し出を断ろうと口を開きかけた。

 だが強き信念を瞳に灯し、真っ直ぐに自分を見つめていた少女に気づくと言葉を詰まらせる。


「誰だって手は二つしかないわ。それ以上多い物を掴み取る事はできない……けれど王様、貴方は全て拾おうとしてませんか? マーヤ女王もこの国も――そして私達の仲間まで。それはやっぱり無茶だわ」

「だとしても――」

「でも、二人いれば手は四つです。貴方が拾えなかったものは私が掴んでみせる」


 だから貴方は、確実に自分が望むものだけ掴めばいい――

 東山さんはそこでようやく、いかにも彼女らしい強気な笑みを口もとに浮かべ、サクライに微笑んでみせた。


「それに、貴方が女王様を大切に思う様に、私にも大切に思う仲間がいるんです」

「……ナミカワ君って子?」

「彼だけじゃない。オケのみんな全員――」


 東山さんは左腕にしていた黄色い腕章に目を落とす。


 『風紀』――


 三年間この言葉を誇りに少女は自らの信じる『正義』の下、剛腕を振るってきた。

 その『正義』は別世界でも変わらない。


「そして彼等を守るのが私の役目なんです」


 達筆な筆で書かれたその文字を見つめ、誇らしげに東山さんは答えた。

 真っ直ぐで白く揺るがない信念。やはりこの子は純粋な子だな――

 サクライは淀みなくそう言い放った東山さんを見下ろして、ややもって呆れたように苦笑する。

 そして――


「…君の名は?」

 

 不意にそんな問いかけが聞こえて来て少女は顔を上げる。

 月光の下、蒼銀に照らされたサクライは優しい微笑みを浮かべて東山さんの返答を待っていた。

 

「女王様から聞いてるくせに」

「けど君の口から聞きたいんだ。強き信念を抱く乙女よ」


 パチリとウインクをして、サクライは東山さんの目をじっと見つめながらその返答を求めた。

 これで三度目。痴漢に名乗る名前はない。

 けれども。

 貴方はただの痴漢ではないようだ――

 呆れたように、しかし嬉しそうに少女は口元を綻ばせる。

 

「恵美……東山恵美」


 凛とした口調でそう答えた東山さんを見て、蒼き騎士王は満足そうに頷くと手を差し出した。


 貴方が拾おうとしているのは女王とこの国の命運。

 なら、私が拾うべきは前王そっくりな少年と、そしてもう一つは目の前の―― 


「よろしくエミちゃん」

「こちらこそ」


 剛腕無双の風紀委員長は強気な笑みを浮かべ、その手を握り返した。

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