その7-2 お、王様?!
十分後―
「へぇー、『ニホン』って国の『オトセチョウ』ってとこから来たと。で、あなた達は『コウコウセイ』っていう学生なのね」
「そうです」
「で、事故でこの世界にやってきて、逸れた友達を捜していると」
「はい」
女王になってからは自由に外も出れず、退屈な毎日だったのだ。
見た事も聞いた事もないカッシー達の話はとてもとても新鮮で面白かった。
まるで子供のように目をキラキラと輝かせながら、マーヤは羨ましそうに溜息をついた。
「いいなぁ……冒険の旅か」
「えっとマーヤ?」
「あ、ごめん。大変なのはわかってるんだけど、つい――とにかく話はわかったわ、さっきも言ったけど私も協力するから。みんな安心して」
お姉さんに任せなさい――
大船に乗ったつもりで安心しろとマーヤはどん、と自分の胸を叩いてみせる。
「ありがとうございます女王様」
「マーヤ!女王様はなし!」
「あ、ありがとう……マーヤ」
「よろしい」
「でもマーヤさん、忙しそうですけど大丈夫なんですか?」
先刻のイシダ宰相の話を聞いていても彼女が多忙なのは何となくだが想像がつく。
もちろん協力してくれるのは嬉しいけれど、でもそれが負担になってしまうのであれば気が引ける。
日笠さんは心配そうにマーヤに尋ねた。
だがマーヤはふるふると首を振って、少女を安心させるように微笑んでみせる。
「大丈夫大丈夫。心配いらないわ。この国の施政は私一人で担っているわけじゃないし……あーその、一応ね」
「どういう事?」
「こういう情報集めが得意な王様がいるから、彼にも手伝ってもらおうと思ってるの」
「お、王様?!」
ちょっと待て初耳だ――王様もいるってそんなこと誰も言っていなかった。
カッシー達は一様に素っ頓狂な声をあげてマーヤに詰め寄った。
「王様もいるんですか?」
「ええ、私の兄が」
「お、お兄さん!?」
正確に言うと腹違いの兄ではあるが――と、そこまで言ってから、マーヤは端正なその顔をちょっと苦々しいものに変え、うーんと唸った。
ちなみに彼女のいうとおり、当代に限りではあるが、今の弦国当主は王と王女の二君主制をとっている。
「おーい、そんな話サワダさんもしてなかったぜー?」
「ムフ、嘘ついてるんじゃないノー?」
「嘘ではないわ。サワダ君もきっとその……隠したかったんじゃないかな、兄さんの事を」
「隠したかった?」
「あー……ちょっと彼の評判、あまりよくないから……」
あの忠義心厚い青年騎士ですら、来賓にその存在を隠したがるとは――
マーヤは恥ずかしそう溜息を吐きつつ頬杖をついた。
隠したくなるほど評判の悪い兄。目の前の明朗快活な女性の血縁者とすれば想像もつかないが。
マーヤのその様子を窺っていた六人は、一体どんな王様なんだろうと首を傾げる。
「そんなに評判悪いの?」
「そうだなー、ここ一年ほどまともに会議に出席したところ見た事ない……くらいかな」
「おーいマジか?」
「それはひどい」
「引きこもりニートディスか?」
「ニー……? でも引きこもりじゃないわ、その逆。お城から消えちゃうの」
たとえば重要な会議や来賓との会談が始まろうとすると、決まって姿を消してしまうのだ。
最初のうちは王の姿が見えない!とイシダ宰相以下、城の臣下達は大慌てで王を捜索していたのだが、毎度毎度それが続いたので彼等ももう諦めたらしく、最近は既にいないものとして扱われている始末である。
そのため、国の施政はマーヤがほぼ一人で行っているありさまだ。
「きっと城下町に遊びにいってるんだと思うけど……」
「はあぁぁ? 遊びに?」
「あの、もしかして今もですか?」
「ううん、今日はきっと寝坊じゃないかなぁ。昨日も遅くまで遊んでたっぽいし」
夕飯の後、兄の部屋を伺った際はまだ戻っていなかった。
んー、と唇の下に指をあてながら、マーヤは思い出すようにして答えた。
これはひどい。そりゃ隠したくもなるだろう。
話を聞くに本当にろくな王様ではないことがわかり、カッシー達は各々憤慨しながらマーヤの言葉に同意していた。
「んー、確かにろくな王様じゃなさそうだな?」
「バッフゥー、バカ王バカ王」
「そんな王様、追放しちゃっていいんじゃない?」
「流石にそれはいいですぎでしょ三人とも……」
歯に衣着せずバカ正直に本音を口にしたこーへいとかのー、それになっちゃんに対し日笠さんは慌ててフォローするように言葉を重ねた。
だが、マーヤは苦笑しながら日笠さんに首を振ってみせる。
「いいのよマユミちゃん。まあ事実だしね」
でもそんな悪い人でもないのだ。兄としては、本当に優しい人。
十年前、右も左もわからないままヴァイオリンへやって来た自分を、彼は嫌な顔一つせず助けてくれた。
当時はまだ兄とは知らなかった。でも彼は最後まで自分を護って一緒に戦ってくれた。
だからマーヤは兄であり、王である彼を憎めないでいる。
「兄は城下町の勝手をよく知ってるから、きっと貴方達の事を話せば協力してくれると思うわ」
「マーヤ……」
「まあ、とにかくこっちの事は心配しないで任せておいて。早くみんなが見つかるといいわね」
マーヤはそう言って、不安を微塵も感じさせない、頼もしい微笑を浮かべてみせた。
本当に優しくていい女王様だ。皆が慕うのも何となく判る気がする――
カッシー達は心底感謝しながらペコリと頭を下げた。
と――
「ふぁぁ、おはようマーヤ」
玉座の背後にあった扉が開き、何ともだらけた眠そうな声が聞こえて来て、マーヤはドキッとしながら思わず立ち上がった。
そしてすぐさま威厳と気品ある女王に戻ろうとしたが、入って来た人物が誰であるか気づくと、安堵の表情を浮かべほっと溜息を漏らす。
玉座の背後に続く廊下は、王族の私室に繋がっている。即ち、そこから入って来たという事は――
「兄さん、今何時だと思ってるの?」
途端に膨れっ面になり、マーヤはその人物を睨みつけながら問い詰めた。
ちょっと待て、兄さん?噂をすればなんとやらだ。
カッシー達は聞こえてきたマーヤの言葉に目をまん丸くしながら、入って来た人物を振り返る。
「ごめんごめん。昨日ちょっと夜遅かったから」
コツコツと大理石を踏み鳴らし、マーヤとカッシー達の傍らへ歩み寄ると、男は欠伸を噛み殺しながら誠意の全く籠ってない謝罪を口にし、にこりと微笑んだ。
これが噂のダメ王――カッシーはやってきたその男をまじまじと品定めするように眺める。
が、しかし――
「おーい、マジかよ?」
「ドゥッフ!?」
途端にこーへいとかのーはやって来たその人物を見て、あんぐりと口を開けて固まった。
これはやばい――と。
「どうしたこーへい?」
「おーいやばくね? カッシー、早く委員長を止めようぜ?」
さもないと王族傷害事件か、下手すりゃ殺人事件が起こる――
そう言いたげにこーへいはぼそりと呟いた。
「はぁ?」
「ムフゥン、アイツ昨日イインチョーのケツ触ってタヨー」
「は?! え!?」
ちょっと待て、それってつまり。この目の前の男が?!
東山さんの蹴りを避けたという……だがカッシーがそれを理解するより早く――
最強風紀委員長はゆらりと立ち上がる。
ギロリと殺気の伴った視線をやって来た男へと向けながら――
すらりと伸びた長身を包むのは、蒼と白を基調とした王族の服と、蒼いコートにクラバッタ。
昨日と服装は違った。髭も剃っている。
しかし忘れもしない、聞き覚えのあるこの声。
そして右目下の泣きほくろと、肩までのダークブラウンのくせっ毛、それに腰に差している立派な装飾が施された深蒼色の柄をした剣…。
「恵美、どうしたの?」
「……見つけた」
途端に怒りの炎を再びその身に宿し、東山さんは優男を見据えたままギュッと拳を握りしめた。
何やら様子がおかしい。どう見ても戦闘態勢に入った少女を見て、日笠さんは嫌な予感を覚えつつ眉を顰める。
「見つけたって……え、恵美?」
「おや、君達は――」
と、向こうも気づいたようで、立ち上がった東山さんと、心配そうに様子を窺っているこーへいとかのーを交互に眺めながら、噂のダメ王は意外そうに目をぱちくりさせた。
だがすぐに、口元に微笑を浮かべると、怒れる少女に向かって王族らしい優雅な礼を一つしてみせる。
「また会えるとは奇遇だね。キュートなヒップのお嬢さん?」
やにわに男の胸ポケットからひょっこりとリスザルが飛び出し、二カッと笑った。
ブチン――
少女の堪忍袋の緒が切れる音と共に、コンバースのスニーカーが大理石を踏み鳴らし、男目がけて剛腕が繰り出される。
だが――
またもや東山さんの拳をいとも簡単にかわすと、男は少女の懐に飛び込み、その腰と腕を掴んで引き寄せた。
まるでダンスを踊るかのように懐に引き寄せられ、そして眼前に現れた優男の顔に東山さんは言葉を詰まらせる。
「っ!?」
「自己紹介がまだだった。僕はカルテット=ストリングス王国第十三代目当主、リューイチロー=サクライ=ヴァイオリン」
「貴方が王様なんて絶対認めない!」
「厳しいなぁ……ところで君の名は?」
「何度も言わせないで、痴漢に名乗る名前などないわよ!」
そう叫びながら、見る見るうちに剛腕の風紀委員長の顔は、怒りと羞恥で真っ赤になっていった。
おおっと、カッシー、日笠さん、なっちゃんは、信じられないといった表情で思わず感嘆の息を漏らす。
本当だった。本当に本当だった。
恵美の拳をいとも簡単に避けることができる人物が本当にいたとは。
それどころかまるで子供をあしらう様に恵美を相手にして…。
い、いやそれは置いておいて――
日笠さんはお決まりの如く目をぱちくりとさせる。
痴漢って昨日恵美のお尻を触ったっていう優男の事?
いやいやちょっと待ってほしい。だって、王様よね?
へ? え? じゃあ王様が痴漢男だったってこと!?
「えええええ!?」
思考が追い付かず、日笠さんは思わず声をあげながら頭を抑えた。
そんな中、マーヤは頬杖をつきながら蒼き騎士王に冷ややかな視線を送る。
「兄さん、既にカッシー達とお知り合いのようだけど、どこでお会いなったのかしら?」
「あーそれは……昨日夕方の散歩の際にちょっとね」
「散歩ねえ? 政務をさぼってどちらまで? 詳しく聞かせてもらえるかな、お・に・い・さ・ま?」
「ハハハ……参ったな」
リューイチローはやれやれと苦笑する。
だめだこりゃ――肩の上にいたリスザルが肩を竦めて王を見上げていた。
と――
「女王っ! いかがしました?」
「今のは何の騒ぎです?」
なにやら騒がしくなった謁見の間の様子に、外で待機していたサワダとイシダ宰相が慌てて駆け込んでくる。
そして部屋の中の有様を見て二人は唖然としながら、しばらく言葉を失った。
まずい――
慌てて立ち上がるマーヤと、さっと東山さんを放して距離をとるリューイチロー。
しかし時既に遅し。
「女王っ! 全くなんというはしたない格好をっ!」
「あちゃー、みつかっちゃった……」
「それに王まで一体何を?! 久々に顔を見せたと思ったら踊りの練習ですかな?!」
「あーいや、これはその……」
また長いお小言が始りそうだ――
マーヤとリューイチローは、深い溜息をつくと二人同時に誤魔化すようにアハハ、と笑う。
その姿に、威厳も気品もへったくれもあったものではなく。
カッシー達は呆れたように、イシダ宰相のお説教を受ける蒼き騎士の国の王と女王を眺めていたのであった。
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