第91話 露天風呂の秘密

 予想外の事を言われたので、一瞬俺の認識が遅れる。


「例えばこの露天風呂の深さとか腰掛けるとちょうどお腹の上くらいにくるあたりとか、妙にしっくりくるなと思ったんです。でももうほんの少し低い方が私にはちょうどいいかなって。

 ちょっと考えてみたら、薊野さん姉妹やジェニーさん、私よりちょっと大きめの方ならちょうどいい深さや高さになっているんですね。ウッドデッキの段差等も全部試してみました。樽ぶろに入る段差も。

 全部よくある既成の寸法ではなく、あの3人にあわせた設計で作っている。違いますか」


 確かによくある既製品の寸法とは違うサイズになっている。

 どれもこれも使用者を想定して寸法取りをした上での設計だ。

 でもまさか今日来たばかりのしかも物作り屋以外に気づかれるとは思わなかった。


「ジェニーの義足を作る時に寸法を測っていますから、それを流用しただけですよ」


「あの義足も凄いですよね。動きも形も自然ですし。色だけは今は御風呂中だからちょっと身体が赤くなっていて分かりやすくなってしまっていますけど」


「あそこまで自然に動かせるのはジェニー自身の努力ですよ。本来の制御機能は普通の動力付き義足とそれ程違わないですし」


 実際そうなのだ。

 所詮は市販マイコンによる制御。

 それをあそこまで自由自在に使えるのはジェニーが面倒くさいマニュアル動作を自分の試行錯誤で最適化したからである。 


「他にも魔力導線入りの魔法杖を一般化したのも長津田君ですよね」


「もう皆忘れていると思っていました」


 今一般的に魔法攻撃科の学生が使っている魔力導線入りの杖。

 杖の握る部分と魔石とが魔力銀の導線で結ばれていて、発動が早く使いやすい杖。

 理論は元々あったのだが、それを作って販売しだしたのは確かに俺だ。

 原型は由香里姉や月見野先輩に作った杖で、その一般化という形で。

 その後魔法杖はあのタイプが一般的になり、今では杖造りが創造製作研究会のいい収入源になったりした訳だが。


「私が学生会役員の話を最初に聞いたのは先週の金曜日。その後、申し訳ありませんが一緒に学生会をやっていく事になるあなた方3人の事を調べさせて頂きました。ですから夏休み前の香緒里さん誘拐騒動の事も、ジェニーさんの留学理由についても知っています」


「でも、何故それを」


「調べた理由はあなた方と気持ちよく学生会をやっていけるか知りたかったから。調べた事をこうして話す理由はこっそり調べた事について若干私の心の中で負い目があるから。こんな答えでいいですか」


 俺の色々な疑問に対する完璧な回答だ。


「すみません。正直に答えていただいて」


 今は鷺沼さんは首までお湯に浸かっているからセーフの状態だ。

 だから俺は鷺沼さんの方を向いて軽く頭を下げる。

 と、ふと違和感を感じた。

 メガネと、瞳に。


「あ、気づきました」

「その答えは保留します」


 少なくともメガネは伊達メガネだ。

 眼鏡の端のレンズが映す画像に歪みがない。

 そして瞳が何というか少し不自然だ。

 何というか瞳と白目の境界線が。


 でもわざわざ隠しているとすればそれを聞くのは多分失礼なんだろう。

 だから気づいたとは答えないし、気づかないと嘘も言わない。

 俺の答えは、保留だ。

 そんな俺の思考に気づいたのか、鷺沼さんは笑顔をみせる。


「ありがとう。来期は楽しい1年を送れそうで良かったです」


 そう言って俺の目の前で立ち上がる。

 おいおい俺が見ているのにまずいだろ。

 慌てて俺は目を逸らす。


「それじゃ今度は熱い方に浸かってみます」

 俺を全く気にせず鷺沼さんは立ち上がり、メインの湯船の方へ歩いていった。


 まずい。

 見慣れない女の子の裸は刺激が強すぎる。

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