第14話 本人知らない人事異動

 次の日の午後。

 俺はまず第1工作室に顔を出すことにした。

 しばらく顔を出せなくなるので挨拶のためである。


「こんにちはーっす!」

 といつものように部屋に入ってみたがどうも様子がおかしい。


 全員が俺に注目している。

 江田部長が立ち上がり俺の方を向く。


「長津田。これから大変だと思うけれど頑張れよ」

 部長のその言葉が終わると同時に他の先輩方からも声がかかる。


「香緒里ちゃんを大切にするんだぞ」

「くじけるな、2年我慢すれば何とかなる」

「人生塞翁が馬だ」


 何なんだろう。

 俺にはわからない。

 なので部長に効いてみる。


「あの、何が起こったんですか」

「あ、まだ通知を見ていないか」


 江田部長は俺が事情を知らない事に気づいたらしい。

 1枚の紙を取り出して俺に渡す。


「えーと、学生会幹部決議第18号、次の者を本日付けで学生会役員補佐に命じ……えっ!」

 紙の日付は本日付。

 俺と香緒里ちゃんが学生会役員補佐に任命されたことが記されていた。


「何なんですかこれ」

 そう言いつつ想像はつく。


 由香里姉の差し金だ。

 つまり車の改造その他依頼案件に専従しろとの思し召しだろう。


「悪いな、学生会には逆らえないんだ。弱小研究会じゃな」

「会長副会長はともかく深淵の監査だけは敵に回したくない。活動予算を握られているんだ。勝ち目はない」

 無駄な抵抗は出来ない、そういう訳か。


 まあしょうがない。

 俺専用の工房もあるし、ちゃっちゃと向こうの仕事を片付けるまでだ。

 俺は俺の工具や製作途中の色々をカバンに放り込む。


「まあそれ程しないうちに解放してもらいますよ。俺の居場所は工房ですから」

「まあ期待しないで待っているよ」

 誰も俺を引き止めてくれない。

 つまりそれ程までに学生会幹部は恐れられている訳か。


 一応部屋を出るときに、


「アイル、ビーバック!」

 と叫んでみたのだが。

 誰も同調してくれなかった。

 この台詞にはコーンパイプとサングラスと帽子が必要だったのだろう。

 残念だ。


 そんな訳で。

 ちょっと落ち込みかけていた俺。

 だが新しい工房に着くとむしろ精神が高揚してきた。

 何せこの部屋の機器や道具、在庫部品等が全部俺の一存で使えるのだ。

 これでテンションあがらない製作屋はいない!


 まずはこの工房の設備を確認。

 自動車整備関係の方はともかく、魔法道具製作用としても工具が揃っている。

 特に魔法使用特殊工具が揃っているのが凄くありがたい。


 マルチプルフィクスチャーとか4Dグラインダとかフライング旋盤とか。

 マシニングセンターも魔法使用の任意空間固定対応型だ。

 これがあればどんな重い物でも任意の空間に移動固定できる。

 どんな曲面もきれいに削れるし穴も開けられるし切断できる。

 依頼の件も案外簡単に終わりそうだ。


 高いテンションのまま在庫している部品類の点検に突入。

 魔法石を使用した各種魔力蓄電池、魔力使用モーター各種。

 鋼材が角材棒材平鋼それぞれ様々な寸法で在庫。

 他にも魔力導線用の銀の細い棒材や魔術溶接用の機器道具消耗品。

 各種パイプ等までそろえていやがる。


 完全に魔力使用の道具作成限定。

 でもこれを揃えた奴はもの造りをよくわかっているようだ。

 この設備と道具があれば例のスクーター製造も簡単に出来たのにとか。

 そんな過去のことを考えてはいけない。

 これからだ!

 俺の栄光の日々は!

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