遠吠えの落城

 攻城兵器の前進するゴロゴロという音が、止むと同時に西の王、"不動王"ことクレイドス二世はガウンのまま自室に引き込んだ。

 被後見人のルムネアはそれを目聡く宮廷の広間から見た。

 クレイドス二世は、もうこのたたかいを完全に諦めたらしい。

 宮廷の広間に残ったのは、道化師の<アグリー・ドール>と動くのもたいそうそうな超老臣ちょうろうしんのドロロス卿だけ、騎士のサー・ロットスと、サー・ウェイガンは、兜もかぶらず、早々に城壁の配置に形だけでもと、向かっていった。

 この西の王の居城<狼の遠吠え>は早々に落ちる運命にあるらしい。西の王の居城は、丁度"怠惰王"クェイア一世の御世に増築された西の尖塔が狼が頭をもたげ遠吠えしている姿に似ているため、この名前がついた。

 宮廷の広間の一番端にあるベンチにとうとう、座り込んでしまった超老臣のドロロス卿は、超老臣だけが、首にかけられる、<狼の遠吠え>の城の鍵を外してしまった。

これで、西の国の宰相である、超老臣ちょうろうしんを辞任したことになる。

「王妃ゼトアナ、王女パキア両殿下も、唯一の抜け道、<犬の尾>から落ち延びられた、あんたはまだ、若い。ルムネアあなたも、何処へとも逃げなされ」

 ドロロス卿は息もするのも絶え絶えといったていで言った。しかし、今更どこへ逃げろと言うのだ。

 王妃ゼトアナ、王女パキアの二人が、落ち延びたのは、昨晩だし、二人が逃げた後、同行の侍女と城の守備兵によって<犬の尾>は塞がれたという。

 もうドロロス卿は耄碌もうろくしているらしい。

 ルムネアは、今まで、ドロロス卿が憎らしくて仕方なかったが、こうやって城の鍵と言ってもレリーフだが、それを首から外し、震える手に持って、腰をかけている姿を見ると、あわれにさえ思えてきた。

 ドロロス卿は立場上、城と運命をともにする気だ。しかし、ドロロス卿は、ルムネアと違い老い先短い老人だ。

 道化の<アグリー・ドール>は、王が残した、大鵬おおおおとりの卵焼きを必死に食べている。

 攻囲軍の太鼓のリズムが変わった。

 と同時に、攻城兵器のカタパルトから、ログロア地方の地下から吸い上げた消えない液体で満たされた不消瓶ふしょうがめの投射がはじまった。ガシャンガシャンと、城内の園庭や、兵舎、大神教会だいしんきょうかいの神堂に無慈悲に落下し割れて燃え広がっているのが音からもわかる。

 もう悲鳴を上げる侍女、下女すらもいない。

 ルムネアは、重いベンチをひきづりベンチを高い窓まで運ぶと、そのベンチに登って、外の様子を伺った。

 夜明けとともに、始まった攻城戦は、佳境畢竟かきょうひっきょうというより、最終局面を迎えていた。正に落城である。

 ルムネアが大好きな騎士物語として幾度も描かれた落城の場面が目の前でおころうとしていた、不消瓶ふしょうがめの火を消す、雑士ステュワードや見習い騎士ももう居ない。防御と防火のために泥を塗った、城壁の外壁以外は、城内のそこらじゅうで燃え放題に燃えている。

 攻囲軍の太鼓のリズムが更に変化した。

 城壁と同じ高さの攻城櫓が何棟も、東西南北の周囲から迫ってくる。攻城櫓こうじょうろには、バルドラ家の紋章"交差した拳クロッシング・フィスト"がかかっている。

 攻城櫓の最上階にはバルドラ家の騎士や兵士が蠢めているのを見て、ルムネアはベンチから飛び降りた。

 どうしよう。

 自分は、家を滅ぼされ人質同然の身で被後見人としてこの西の王、ギャリントン家に連れてこられたにすぎない。攻囲軍のバルドラ家の兵士や騎士は、話せばルムネアの立場を分かってくれるだろうか?。

 西の王がギャリトン家からバルドラ家に変わるように人質の主がギャリトン家から、バルドラ家に変わるだけではないのだろうか?。

 それより、家が滅びたルムネアなど人質として保持しても、誰も身代金を支払わないのだ。躊躇なく殺すか、よくて下女、最悪奴隷の身にルムネアを落すだろう。

 なんとかしなければ、ならない。

 ルムネアは宮廷の中を思案しながらぐるぐる回って色々役に立ちそうなものを探し出した。

 <アグリー・ドール>は満腹になったのか、ルムネアをからかいだした。

「ルムネア、焦る。ルムネア焦る」この反復が、王女パキアのお気入りだった。王女パキアは、転げ回って笑ったものだ。

 今は、うるさいだけだ。前もうるさかったが。

 ルムネアは、西の王の玉座の上に架かった、ロングイパイクを玉座の上に立ち、取ろうと思ったが、予想通り、重すぎた。ゴトって槍かけをいわせただけだった。

「ルムネア、無理。ルムネア、無理」<アグリー・ドール>があざけった。

 超老臣のドロロス卿は、頭を抱え座り込み、もうルムネアには興味がない様子だ。

 ルムネアは、次に、玉座の隣に立てられている、確か、<ロング・ファング>だか呼ばれている、西の王、伝来の長剣を抜いてみたが、抜くことが出来ただけで、両手で持っててルムネア自身がフラフラした。ダメだ。

「ルムネア、騎士になった。ルムネアが騎士になった」

「なってない!」ルムネアは怒鳴りつけた。

 こんな重い長剣をときには、片手で紋章の描かれた盾を持ち、片手で振るのだからやっぱり騎士ってすごいものだ。

 ルムネアは、ガシャーンと言わせて、長剣を捨てた。西の王の由緒ある長剣<ロング・ファング>がわずか数秒で被後見人により、捨てられられた、平時では全く考えられない。

 戦争とは誠に恐ろしい。

「ガシャーン、ガシャーン」<アグリー・ドール>が、<ロング・ファング>の周りで一即興で振り付けたつるぎの舞を回りながら踊りだした。

 その道化を見て、ルムネアは思いついた。

 <アグリー・ドール>が今まで、がっついていた、"不動王"クレイドス二世の皿に残っている、ナイフを手に取った。

 これなら、小さいし使い慣れているし、自由に扱える。子供の頃から扱ってきたのだから。

 しかし、もう宮廷の大広間すぐ側までまで、逃げ遅れた、侍女や下女、下男の悲鳴、や兵士や騎士の悲鳴、断末魔が聞こえていた。

 食事用のナイフと長剣やパイクにランスを持った騎士と渡り合うのは、ちょっと心細かった。

 しかもルムネアは、たった13歳の少女でしかなかった。

 兵士や騎士、または、雑士ステュワードたちの得物のぶつかる音がだんだん大きくなり近づいてきた。それと、もう鎧や鎖帷子の擦れる音まで聞こえてきた。

 またもや、ルムネアは単純なことに気付いた。

 隠れれば、いいのだ。

 もう、宮廷の広間の扉の外で、怒声や話し声が聞こえる。バルドラ家の領国、領地であるバルドラン地方の固有の共通語の語尾を跳ね上げ伸ばした方言まで聞き取れる。

 ルムネアは、食器のナイフを持って、玉座の後ろに隠れた。

 肉を切り分けるより大型のナイフにすればよかった、と思ったときには、もう大扉が、バルドラ家の数人の兵士と騎士によって蹴破られていた。

 かんぬきをかけることすら、忘れていた。

 勢い良く、駆け込んだ、バルドラ家の家臣たちは、まず、<アグリー・ドール>に気付いた。

 <アグリー・ドール>は悲鳴を上げ、逃げ惑ったが、数十秒前まで切り結んでいた戦場での勢いのまま無慈悲な兵士が追い回した。戦利品はすべて奪ったもののものとなるのは、ウァンダリアでのいくさの常だった。

「やめろ、、」

<アグリー・ドール>でなく、超老臣のドロロス卿が小さな声を上げてしまい、その存在を知られた。道化師のことはしらなくても、この広大なウァンダリアで4人しかいない西の王の超老臣のことは、誰もが、知っていた。 

 バルドラ家の旗手バナー・マンサー・フォルム・ヤンパーが、尋ねた。

「ドロロス卿で、あられるか?」

「いかにも、」

 ドロロス卿が答えるのと、道化師が人形のように切り捨てられるのは、同時だった。

「なんと、殺す必要はあるまいて」

 ドロロス卿が種でも吐き捨てるように言った。西の王の道化は、すべてまがい物だが、キラキラした物を沢山身につけていた。

 兵士がそれらを奪い合った。

 サー・フォルム・ヤンパーが重ねて尋ねた。

「クレイドス・ギャリトンは、どこだ?」

 サー・フォルム・ヤンパーは、もう尊称をクレイドス二世に付けなかった。

「老いたる身とは申せ、これでも西の王に忠誠を誓った身だ、こたえらるわけはなかろう、謀反人共め」

 卿は答えた。

「躰に聞いても良いが、最低の情けはかけてやろう。卿の活躍は、数多の吟遊詩人のうたで聞いたことがある。言葉を残さるるなら、うけたまわろう」

 サー・フォルム・ヤンパーは、ロングスピアを得物としていた。スピアの切っ先がドロロス卿の胸元数寸につきつけられた。

 ドロロス卿は、バルドラ家の者共が、闖入ちんにゅうして以来、座ったままだった。ドロロス卿の顔はずっと青ざめたままだったが、言葉は、しっかりしていた。

「愚か者どもめ、恥をしれ」

 サーフォルム・ヤンパーのスピアが深々とドロロス卿のむねにふかぶかと刺さった。

 西の王の玉座の影から、見ていた、ルムネアは自分の手で、自分の口を悲鳴をあげないように抑えていた。

 心のなかでは、叫んでいた。

 姿勢は、食器のナイフを持って、両手をつき豚のように四つん這いになっていた。

 人が殺されるのを見たのは、始めてではなかったが、きっちり覚えていないほど、前だった、そう家が滅んだ時以来。

 衝撃だった。

 からだから、あんなに血が出るとは、思っても見なかった。ルムネアが好きな騎士物語や、吟遊詩人のうたとは、全然違っていた。

 今見たすべては、見事に省かれていた。

 サー・フォルム以外の下級兵士は、西の王の宮廷広間を荒らしだした。

 正に、略奪である。

 どうやら、被後見人の13歳の娘の存在までは知らないらしい。

 サー・フォルム・ヤンパーだけ、派手な頭立ずだての兜まで外し、略奪でなく、戸棚や、カーテン、物陰、机の下など、人が隠れそうなところを全てをスピアで突き始めた。

 クレイドス二世が隠れていると思っているのだ。

 この玉座にもいずれ、スピアを差し込むであろう。

 広間に入ってきた、下級兵士たちは、西の王の歴史が記された、タペストリーや王妃が残した、シルクなど、なんでも、壁から剥がしたり、壊して、価値のある部分を持ち去ろうとしていた。彼らからすると運べるものには、限界があるぐらいの宝の山だった。

 サー・フォルム・ヤンパーの荒い捜索が、玉座の左手から迫ってきた。

 左の"推挙王にして列挙王"のヴィアゴーゴ一世を描いた等身大のステンド・グラスにかかった、両端のカーテンを上から下まで、執拗に切り裂いた後に、、玉座の隣の、西の王伝来の<ウェスタン・ヒーラー>と呼ばれる、鎧一式を盛大な音を立てて、倒した。鎧はバラバラになった。

 もう残るは、玉座とその背後しかない。

 ルムネアは、なんとかして、広間から駆け出られないか、とタイミングを見計らっていたが、

 もうだめだ。

 サー・フォルムは、つい数日前の折りし日の西の王クレイダス二世に仕える忠臣たちのように、玉座のある壇上を向いている。

 サー・フォルムが大きく、スピアを引いた、玉座を突き刺すためだ。

 その時、宮廷の広間のドアに駆け込んできたものがいた。攻囲のバルドラ家とも、城兵のギャリトン家のものともわからない。鎧の感じから、下級兵士、騎士でないのはわかる。

 ルムネアは、男のような声色で大声で叫んだ。

「城兵が入ってきたぞ!」

 飛び込んできた雑兵がまず大声に驚き、足を止めた。手には、色んな兜と大刀や槍を持っている。

 次に驚いたのは、サー・フォルムだ。

サー・フォルムは玉座を突くのを止めると

「えあーっ」

 と、気合の一声を上げ、入ってきた雑兵に向きを変え、突いた。

 雑兵は、手に持っていた、たくさんの得物を盛大な音を立て、落すと、右手に持っていた、頭立ての小さなヘルムで、槍をなんとか受けた。

「えあー」

 サー・フォルムの突きは続く。

 雑兵は明らかない、武芸に秀でておらず、戦い慣れていない。

 必死にヘルムを盾代わりに受けている。

 雑兵は、慌て叫んだ。

「おれは、西の王家の家臣ではありません」

 そんなことお構いなしに、サー・フォルムは突き続けた。こんな好機はない。

 玉座の裏から這いい出た、ルムネアは、脱兎の如く、宮廷の広間から、走り出そうと思ったし、その余裕十分あった。しかし、突然、この駆け込んできた、どちらの兵ともつかない雑兵が少し哀れになった。

 雑兵は、ヘルムで受けつつもサー・フォルムの突きに押され気味で少しづつ、下がりに下がり、いまや、宮廷の広間の角の角へ追いやられようとしていた。

 そして、サー・フォルム・ヤンパーは、ルムネアからみて完全に無防備だった。

 ルムネアは、玉座の隣に台座に立っている、ジョナリス"耽溺王"の胸像をどうにか持ち上げると、サー・フォルムの後頭部にぶつけた。

 ドガッ!

 ものすごい、鈍い音がして、サー・フォルムはスピアを持ったまま、前につっ伏した。

 ついでに、、ジョナリス"耽溺王"の胸像も伝説同様、シガニア戦役での豪快な死に方どおりバラバラに砕け散った。

 ルムネアは、そのまま、また、男のような大声を出した。

「この城兵が、サー・フォルムを討ち取ったぞ!」

 倒れている、見事な甲冑を着た。サー・フォルムを、見ると、宮廷内で略奪していた、バルドラ家の雑兵たちは、

「うわああああ」とか、

「ふああああ」とか、怯えた声を上げ両手いっぱいに略奪品を抱え、逃げようとした。雑兵たちは、もともと、戦時に一儲けしようと集まった男たちで、騎士ほど武芸の訓練も嗜みも持っていなかった。

 それに略奪品をもう既に手に入れたことが怯懦の心に火を付けていた。この宝の山を持ったまま生きて帰りたい。その思いだけだった。

 バルドラ家の雑兵たちは、広間のメインのドアは、ルムネアと駆け込んだ、得体のしれぬ雑兵に抑えられているので、両脇の、廊下に通じる、小さな扉から我先に駆け出した。 西の王の宮廷の広間には、駆け込んできた雑兵とルムネアだけが取り残された。

「おい、男、お前の命も救ってやったぞ、われレディー・ルムネアに忠誠を誓え、さすれば、騎士に取り立てて家臣として仕えること許す」

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