カヲルの場合

ぬるでば

カヲルの場合

「なんで君はこんな店で働いてるんだ」

 その客は個室に入るなり説教をかましてきやがった。

「エッチが好きだから? ふふ」

 心にもないセリフと少し恥じらうような笑顔がすんなりと出てくる。

 疑問形にするのは、自己意識が低いバカな奴だと思わせるためだ。

 鳥肌が立ちそうな嫌悪感に耐えながらそいつの睾丸を舐め上げた。

「君くらいの器量がある娘がこんなところで働いてちゃダメだ。もっと自分を大事にしなさい」

 風俗店で自分の金玉を舐めさせながら説教なんかしても説得力がない。

 自分を大事にさせたいなら店に来るな。

 あ、でも来てくれないと稼ぎが減るから来い。

「お客様は、いつもびしっと叱ってくださるから素敵です」

 鼻にかかった声でほめてやった。

「ん、そうか? まあな、やっぱり人生経験をつまないといかんよ君も」

 ケツの穴を舐めさせながら言うことじゃないだろう。

 こいつは田舎者のくせに金だけは持っている。

 たまに来ては店の娘に説教をして悦に入っている。

 風俗店で説教を垂れることでしかアイデンティティを保てないような男だというのは店の娘なら全員知っている。

 だから他の娘はこいつを嫌って相手をしたがらない。

 店に入ってすぐ、フリーで来店したこいつの相手をさせられた。

 こいつがみんなから嫌われていることを誰も教えてくれなかった。

「あら、お客様、雰囲気が素敵でいらっしゃいます」

 いいか覚えとけよ。

 風俗店でこういうふわっとしたほめ方をされたときは、他にほめるところが見つからないからだ。

「そうかそうか、私は雰囲気がいいんだな」

 ところが、こいつは遊び慣れてないのか、そのほめ言葉を真に受けやがった。

 それ以来、ずっと指名され続けてる。

 また今日も指名してきやがった。

 今日はもう4人も客を回して疲れてるんだ。

「性病で入院したって言っといて」

 仮病を使った。

「なんだって! よし私が見舞ってやる。どこの病院だ?」

 逆にそいつは熱を帯びた。

 逆効果だったか。

「面会謝絶だから会えない。だけど入院するとき『あのお客様にもう一度会いたかった』と泣いていたって言っといてよ」

 言いながら笑ってしまった。

「本当か。カヲル、そんなに私のことを……かわいそうなことをした」

 そいつは、店の中でおいおいと泣き出しやがった。

「おい、おやじ! さっさと帰れよ。今日は疲れてんだよ。また出直して来い!」

 我慢できずにそいつに怒鳴ってやった。

「か、かおる……」

 そいつはウィッグを取った俺を見て腰を抜かしやがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カヲルの場合 ぬるでば @devnull

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る