月明かりの最中

夕星 エリオ

序章・満月の出会い

少女と青年

 月明かり以外照らすものがない深い夜。


 そんな中、足音をたてずに颯爽さっそうと走る、仮面をつけた少女が一人。赤いリボンで結われた髪は、美しい銀髪。歳は十五、六くらいだろうか。仮面をつけているせいなのか、少し子供っぽくも見える。


 だが、動きやすくするためにつくられた和服はどれも一級品で、きれいな桜が描かれている。


「離宮といっても、入るのは実にたやすいものね」


 少女はぼそりと、独り言をもらした。


「そこにいるのは誰だ」


 気配を感じさせない少女に、一人の青年がバルコニーから問いかけた。


「あら、女に向かって失礼じゃありませんか?殿下でんか


 ふっ、と笑いながらバルコニーまで上がってきた少女に、殿下と呼ばれた青年も少し笑いながら答える。


「俺のことを王子と知っていて、こんな夜更けに訪ねてくるのは暗殺者くらいなんでな」


 だが、お前は違うな。というように青年は目を細めた。


「そうね、ここに来たのはただの散歩よ。ちょっとパンチのあるね。それに噂で聞いたことがあるだけ。この国には赤い髪にマリンブルーの目をした王子がいるってね」


 自身に満ちた凛とした声が、静かに響いた。


「……俺も聞いたことがあるぞ。かの国には、珍しい銀色の髪の変わった姫がいるとな」


 そう青年が言い放ったとき、突然強い風が吹いた。

 少女の結わいたリボンがとれ、銀色の髪が月明かりに照らされて、キラキラと光った。


「それでは、私を捕まえますか。アレン=エドワード・クリスチフ・アリシア王子」


 少し驚いたのか、アレンの目が大きく見開かれる。

 少女はさっきとは違い、高い靴音を響かせながらアレンの方へ歩み寄る。


「けれど今夜は満月。月に免じて見逃していただけませんか」


 アレンへ抱き付きながら、少女は言った。


「そうだな……それも悪くない」


 アレンがそう言った瞬間、ヒュッと音をかすめ、瞬時にアレンの方へ鋭利えいりなものがむけられる。


「甘いですね、殿下。女だからといってなめすぎですよ」


 それが自分の剣であることは、明白であった。


「そうか。そういう女もいるのか」


 剣を一瞬にしてとり、間をとって王子にむける姫がいたとは。


「ええ。今のご時世、自分で自分の身を守れなくては。でも、時間ね。では…さようなら、殿下」


 下へ飛び降りる直前にアレンへ剣を投げた少女は、また足音もたてず颯爽と走っていく。


「殿下、ここでしたか。下で不審者がでたそうなので、早くお戻りになってください」


「ああ、わかった」


 従者にそっけなく言葉を返し、アレンは少女の消えた方へ向かってこう言った。


「今度は俺が行く。その時を楽しみにしていろ」


 その言葉が本当に言ったのかさだかではないが、それが少女の耳に最後に聞き取れた言葉だった。

 フッと笑い、またクロードに見つからないことを祈りながら、少女は走った。


 そして満月は、幕をあげるために西へ傾き始めていた。

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