人生一枚きり

@halico

第1話 息づかい

 彼女は橋の上から、河川敷に佇む彼の姿を確認した。彼はこちらには気付いていない。待ち合わせの時間まで数分あるが、彼女の歩みは自然とスピードを上げていた。

 胸の鼓動が速くなる。体中の血管が脈打つのを感じる。告白に失敗した時にとるべき行動や言うべき台詞の膨大なシミュレーションの中に、彼と未来を過ごしている曖昧な自分のビジョンがふわふわと割り込んでくる。昨日の夜からずっとそうだ。

 彼は彼女の姿に気がつくと、少し手を上げて歩いてきた。

 他愛のない会話を交わす。

 息が、途切れる。苦しい。

 はっ——

 はっ——

 そして彼女は大きく息を吸い込み、言葉を吐いた。


「で、付き合ったの?」

友人が何杯目かのビアグラスを空にして尋ねた。

「いや、断ったよ。当時は俺も好きな子がいたし、それも結局駄目だったけど。けどな——」

「けど?」

「もう十年も前のことで、何て告白されたかはあんまりよく覚えてないんだけど、なんていうか、彼女の息づかいはよく覚えてるんだよ。特に、吐く息をさ。あの吐いた息に、あの中に、青春ってのがつまってたんじゃないかって」

彼はそう言って友人の反論を待ったが、友人はテーブルに突っ伏して湿った寝息を立てていた。

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