かくて卯月のアリスは落ちる
吉柳葵緒
問題篇
問題篇
昔から、式と名の付くものが、苦手だった。
嫌いなわけではない。受け付けないわけではない。強いて表現するならば、その感情は、得意ではない“というものに近い。結婚式、葬式、始業式、終業式、卒業式。そして、入学式。それが厳正な雰囲気のもとに行われる、いや、行われなければならない儀式であるほど、むせ返りそうになるくらい息が詰まる。
一つの空間に大勢の人間が集まっているというのに、しん、とした空気や張り詰めた気配を維持しなければならない、そうせざるをえないのが嫌なのかと自己分析してみたりもするが、これだと納得できる答えにはまだ出会えていない。
こう言うと、私がひどく落ち着きのない人間だと思われそうだが、これでも見た目上は物静かな優等生風で通っていると自負している。でなければ、今こんなところにはいないだろう。
体育館の高い天井の薄暗い鉄骨を上目遣いで見上げながら、私は、これから始まる三年という歳月と、今朝ここまで来るのに自転車で走り抜けてきた、まだ見慣れない通学路のことを思った。
※※※
県下一の進学校であるところのこの高校に、県下一のヤンキー率とガラの悪さを誇るわが母校から進学者が出るのは、半世紀は前の高度経済成長期以来の珍事であると、合格発表からこの一月、さんざん聞かされた。合格発表の時間、家で熟睡していた私に電話してきた担任は、だみ声をもっと震わせて男泣きしていたし、自宅には迷惑にも校長が直々に祝辞を述べに訪れた。自分の名前さえ書ければどころか、中学を卒業する年齢になっていれば入れると言われている、わが中学のすぐそばの、ヤンキーが七割、あとはアホかまじめ系クズで構成される高校にほぼ推薦で入学が決まっていたような同級生たちは、私が受験した高校の存在すら知らなかった。
この高校は、私の地元から自転車で十五分ほどと比較的近場にある。しかし、あまりにも進学する者がいなさすぎたせいで、その校風や実情についてはほとんど知らぬまま、私の入学は決定してしまった。当然、知り合いなど一人もいるわけがないし、校門をくぐる時点から、同じ制服や塾でかたまって今後の高校生活についてきゃっきゃうふふしている新しい同級生たちとも一言も会話できるわけがない。
制服は? 教科書は? 体操服は? 上靴代わりのスリッパはもう買ったか? コンバースのスニーカーか、ハルタのローファーか? 紺ソックスのワンポイントデザインは、プレイボーイかキャラものか? 通学手段は、部活は、この後行われるクラス分けの実力テストの難易度は。えとせとら、えとせとら、えとせとら、えとせとら…………以下繰り返し。
さらに言うなら、三月三十一日まで籍を置く中学どころか、それ以前の小学校生活の時点から片手で数えられる程度の知り合いしかおらず、部活に入るようなきらきらした気概も、交友関係を積極的に広げるだけのコミュニケーション能力も持たない私がその輪の中に突入できるわけは、ない。まだ着ている中学の制服のデザインだって、セーラー服を基本とする他とは違いすぎるのだ。この高校は、女子制服にブレザータイプを採用しているが、私の制服はそちらに近い。似たようなタイプの制服は、ほかに一人しかまだ見かけていない。よって私は、めでたき入学式前歓迎式が行われる本日にも、のそりと一人で登校し、ぽつんと一人で指定された列に並んでいる。
アドバイスしてくれる先輩?
相談しあう友達か、友達の友達の誰か?
誰でもいいからとにかく暇つぶしに会話するためのどの子?
私には何もない。
清々しいまでに。
ただただ、ゼロであり、無であり、場違いであるという事実のみがある。
なんちて。
つまり、私は、現在進行形で、世間一般にいうところの、ぼっちなのだ。
いろんな意味で。
無論、私にはないコミュ力の高いいわゆるリア充という方々は、こんな、辛気臭い顔に時代遅れな三つ編みをして、真白のソックスとつながるほど長いスカートをまとった、同じ市内では絶対に見ないゆえに高名なコンクリート色の制服を着た田舎者にも、やさしい。同じ列に並ばされているだけで、同じクラスになるのかどうか、下手したら今後言葉を交わしたり、顔を見ることがあるのかすらわからない人間にも気さくに挨拶してくれる。手がぶつかってしまえば、「あ、ごめん」と謝ってくれるし、偶然目が合えばにこりと微笑んでくれたりする。少なくとも、「あぁっ?」と威嚇したり、ガンをくれてくるような人種は、視界三百六十度見渡してみたかぎりいない。
かなしいかな、そんなささいなことに感激する程度には、ゴミかバカかヤンキーか、もしくはゴミか。そんなのしかいないところから来たのだ私は。
※※※
私がぼけっとぼっちなりの幸せをかみしめている間にも、巨大な体育館前部で行われている、新入生歓迎式典は次々と進行し、気がつけばステージ上では、上級生主催による第二部が開幕していた。
進学校とはいえど、十から十二クラス、一学年約四百人を毎年受け入れるこの高校には、現状、在校生だけで八百人がおり、私たち新入生を含めれば総数は千二百人を超える。ゆえにこの高校は部活動が非常に多種にわたることでも有名であり、学校側が文武両道を謳った校訓を掲げていることもあって、生徒の部活加入率が八十パーセントを超える、らしい。
そのため、正式な入学式、授業開始、部活仮入部期間はまだまだ先だが、部活の勧誘自体は今日から解禁されるのだという。面白くもなんともない、訓示だの激励だの祝辞だの校歌練習だのばかりが続いた生徒会主催の第一部とは違い、より生徒寄りで企画された第二部は、まだまだいたいけな新入生を青田買いしようとする各部のパフォーマンス大会であるらしい。
ステージ中央では、百円ショップのパーティーグッズコーナーでそろえたような、微妙に滑った変な仮装できめた男子生徒二人が、きらびやかな色のモールを巻き付けたマイク片手に司会を務めている。隣の列に並んでいる男子生徒が、あれは同じ中学だったナントカ先輩で、サッカー部のエースだと自慢しているのが聞こえた。なるほど。こんがり日焼けした精悍な面差しに、たまにのぞくちょっと大きい前歯がまぶしい白さだ。右斜め前の女子たちが、ちょっとヨクない? と早くも品定めをしている。
式での部活紹介は、あまりにも部の数が多いため、実績のあるいくつかの部と、抽選によって選ばれたところのみが可能であるそうで、だからこそ毎年どこも気合が入っているのだといくつか横の列で語る声がする。それでも次々に現れる上級生たちは途切れることなく、最初は興味深くステージを見ていた私も、首を伸ばして前を見続けることに疲れ、うなだれて飴色に輝く床の木目を数え始めたころだった。
じゃあこれは知ってる?
なぜだろう。その声は決して大きくなく、むしろささやくような音量であったというのに、私はまるで耳元で言われたように思わず顔を上げた。視線だけで探しても見つからない声の主が、語る。
この学校、創立百二十年超えてるって知ってた? そう。旧制高校から数えてね。じゃあ、ここができてからずーっとここの敷地にあるんだけど、その分、いくつかいわくがあったってことは?
そうそう。七不思議ね。
晴れた日の早朝に北校舎裏のイチョウの木にだけ雨が降る
図書館一階の中央にある枯れた噴水
弓道場の端に植えられている彼岸花を傷つけると必ず怪我をする
最終下校時刻に流れる音楽がたまに琴の生演奏になる
上演すると必ず志望校に合格できる脚本が文芸部にあるが、相応の返りがある
金曜日に地学準備室横の階段に行くと「金曜日の予言者」に出会え、ひとつだけ願いをかなえてくれるが、代償を払わされる
ん? 七つ目、知らないの? 誰も? ほんとに? 意外だなあ。まあ、私も先輩に聞いたんだけどさ、その七つ目ってのがね…………。
そのとき、キィと小さな軋みをたてて後方の扉が開いた。私と同じようなブレザーを着た女の子が滑り込んでくる。先輩らしい。横に立つ、ずいぶん派手に制服を着崩した女生徒に笑顔で何か話している。着崩しているほうの生徒は、まだ肌寒い気温だというのに、上着のブレザーを脱いだピンクのシャツ姿でステージを見ながら適当に相槌を打っている。話しかけている方が過剰なくらい上着を押さえているのに対し、かなりラフな格好だ。すると、視線を感じたのか、派手な方の女生徒がまっすぐにこちらを見返した。一瞬だけ、目が合ったような気がした。しかしその意識はすぐに別のことに奪われた。
耳元でささやき続けるその声は、突如響き渡った悲鳴と微妙にずれていたので、私はすべてを聞き取ることができた。
入学者がジャスト四百人の年、なぜか四百一人目の新入生が現れるけれど、それが誰かわからない
舞台上ではちょうど演劇部の短編劇が上演されているところだった。劇、というよりも、それは演技披露だったのだろう。舞台端の立て札には、墨痕鮮やかな太字で、“オペラ座の怪人より、クリスティーヌと怪人の邂逅”と書かれている。クリスティーヌ役らしいサテン地のドレスをまとった女子生徒が、さっきの喉も裂けよとばかりの悲鳴の主らしい。横には、怪人役の、マントになぜかプラスチックのホッケーマスクをつけた男子生徒らしき人物が立っているが、奇妙にも女子生徒は彼のほうを見てはおらず、体育館の奥、つまり、新入生たちのはるか後方を、これまたまなじりが裂けそうなくらい目を見開いて見つめていた。その顔色はここからでもわかるほどに真っ青で、ついで、真っ白になり、土気色になったかと思うと、彼女はへなへなとその場にへたりこんで、嘔吐した。
※※※
演技とは思えないほどのリアクションに、体育館内には緊張が走り、ざわざわと少しずつ高まっていき、不安で飽和した屋内は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。大混乱の列のただ中で、私はそのとき、部活紹介を見学していたらしき上級生たちがほとんんど半狂乱にわめいているのを聞いた。
いわく、幽霊が出た。
いわく、四百一人目がいた。
いわく、あの子が帰ってきた。
いわく、最後の一人はあの子だ。
その前の年の冬、当時二年生だった女生徒が一人、いじめが原因で自殺したことを、私はやはり噂で聞いた。
そして、その彼女が、あの体育館にいたとクリスティーヌ役の生徒が泣きわめいていること。彼女こそがいじめの主犯であったと告白し、ほぼ決まりかけていた大学推薦を取り消されたことを。ただ、彼女以外に幽霊を見た者はいないのだということを。
※※※
最後の数学のテストを終え、入学式までの簡単な諸注意を受けて、本日の行事一切の終了が告げられ、担当教師が去ると同時に、教室内に様々な道具や扮装の先輩たちがなだれ込んできた。
さあ、狩りの時間だ。
意図しているのかいないのか。目を、キラキラではなくギラギラさせた先輩方が、知り合いの後輩や、有望そうな者、はたまた単に事態についていけずぼーっとしている者をつかまえて、そこかしこでプチ部活紹介をはじめる。だが、やはり私のほうに人は来ない。
お情けのように文化部のビラをニ、三枚もらい、国際ボランティア同好会の説明を軽く受け、人より腕が長いという理由で百人一首部の見学予約リストにサインさせられ、これまた女子なら誰でもいいというノリでカヌー部のマネージャー勧誘を受けたくらいなものだ。ほかの生徒はそれの二倍、三倍。人によってはリアルに腕をつかまれて取られあいになっているのを横目に、もはや誰も近寄らなくなった自分の席の周囲を見回して、配られた課題等忘れ物はないか確認して、使い古した通学カバンのジッパーを閉める。そして立ち上がろうとしたとき、ある話題が耳に飛び込んできた。
「えっ! それってガチなやつですか!?」
声のした方に視線を向けると、いかにも女子高生といった雰囲気の横顔を囲んで、それよりやや幼い面差しのセーラー服や学ランの輪ができていた。
「ガチなヤツ!」
教室内のざわめきに負けまいと、輪の中心に立つ人物は声を張り上げる。
「今年の新入生、ジャスト四百人のはずが、四百一人いたんだって! 生徒会が数えたら一人多かったって!」
七不思議の七番目だ、と誰かが言う。ほんとだったんだ、と、また誰かが緊張した声で言う。輪を形成する生徒たちは皆一様に不安とも困惑ともとれる表情を浮かべ、互いの顔を見合わせている。まるでその輪の中に余計な一人がいるのではないかと疑っているように。
「あの……」
輪の一端から、一人の坊主頭の男子がおずおずと手を挙げた。視線が一斉に集まり、彼はわずかに身をすくませる。しかし、気を取り直したように太めの眉をきりりとさせると、言葉を続けた。
「俺も、数えました。でも、四百人しかいませんでしたよ。新入生」
だって、列は二十かける二十で並んでたでしょう? と彼は言った。一人多かったら確実に気づいたはずだと。いわく、卒業生の兄から七不思議のことを聞いていた彼は、式の最中、面白半分で新入生の人数を何度かカウントしたのだそうだ。だが、新入生はきっちり四百人だったという。それに対し上級生は、ばつの悪そうな顔で、でも、演劇部の子だって幽霊を見たって言ってるし、と、つぶやき、話題はたいした議論もされないまま、しらけて別のものへと移り変わっていった。
なんだ。そんなの、不思議でもなんでもない。
舌の奥でつぶやき、そして、そのままざわめきを高めていく教室内の空気を他人事のようにやり過ごし、再度立ち上がろうとしたときだった。
「みーつけた」
かくれんぼで、一番最後まで隠れてかくれて。そしてついに逃げ切ったと思ったのに、見つかってしまった。そんなときの、よくわからない悔しさと、見透かされたような鳥肌の立つ気持ちが、ないまぜになったあの感情。私は、それのせいで自分の心臓が、どく、と、鳴る音をたしかに聞いた。
視線を上げると、そこには、体育館の一番後ろにいたあの派手な女生徒が、いた。
「ほら、荒木って融通きかないから。今年は顔写真リスト出回ってなくて、全クラス面通しするはめになるなって覚悟だったんだけど」
意外に低いアルトで流れるように言った彼女は、そこで言葉を切って、私の顔をまじまじとのぞきこんだ。まばたけばコピー用紙一枚くらいは吹き飛ばせそうな、厚いつけまつげとマスカラに彩られた目には、ばっちりと黒目が大きく見えるコンタクトが入っている。
そのとき私は、教室中の二つの目がこちらを見ていることに気づいた。新入生たちは、突如として教室に現れた、いくら校則がゆるいといっても度が過ぎた着こなしをした上級生を目を丸くして見つめている。そして上級生は。
なんと表現すればよかっただろう。あの目を。
おそろしいものを見るような、異様なものを見るような。
意識して見ないでいようとしていたものに、無理矢理極彩色の絵の具を塗ったくって目の前に突き出されてしまったような。
そんな目で、私と、彼女を、見ていた。
しん、とした室内で、差し出された指先が空を裂き、細くはあるが骨ばってはいない手首を飾る三連の銀の腕輪がしゃらしゃら鳴る音だけがした。
「おいでよ、ワタシと」
どこに、とも、あなたは誰ですか、とも、私は聞かなかった。ただ、私はこの人と出会うためにこの学校に入学するのかもしれない、なんて、一昔前の少女小説みたいなことを考えていた。
それ以上の言葉は交わさなかった。
状況を呑み込めていない仮のクラスメイトたちがまだ沈黙しているのを背後に、私は一つだけまばたきして、その手を取った。
※※※
「悩み相談解決安心係…………?」
ペンキがはがれた古い木の扉にピンで留められた、黄ばんだコピー用紙の殴り書きを読み上げて、私は首を傾げた。
「なんですか、ここ」
「われらが本拠地」
それまで無言で私の前をひたすら歩いていた彼女は、今はもう、教室でのポーカーフェィスを崩して、チャシャ猫のようなにやにや笑いを浮かべている。
「気軽にソーアンと人は呼ぶね」
ちょっと待て。そのワンシーン前、この人はなんと言った?
「構成員は?」
「主にワタシとキミであり、ワタシにはじまり、キミに終わるね」
それって…………。
私ははばかることなく「はぁ!?」と聞き返した。
※※※
悩み相談解決安心係、通称ソーアンの歴史は、そのふざけた名前のわりに古い。正確な設立時期は不明だが、旧制中学時代の創立十周年記念誌にはすでにその名が記載されているから、その時点から数えても一世紀と五分の一もの間存続していることになる。
もともとは生徒会内部の役職として設けられていたらしいが、戦後、新制高校となったのに合わせて独立し、高度経済成長だの学内紛争だのゆとり化だのの陰でひっそり息づいてきた。その歴史の中には多くの事件やドラマがあり、様々な奇人、変人、狂行、蛮行、珍事、怪事を生産してきたという。その影響かは不明だが、英名よりも悪名のほうが轟いており、どんなに多くとも総人数が二桁に達したことはないらしい。
ソーアンの主な仕事は、その名前の通り持ちこまれる悩みや相談を解決し、生徒に安寧をもたらすことだ。要はカウンセラーである。だが、それは建前で、実際には校内で発生するトラブルや事件を処理することが日常業務である。
以上。
※※※
「それで、なぜ、私は連れてこられたのですか」
脚がガタガタなうえ、クッションから黄色いスポンジがあちこちはみ出している、よく言えばレトロ、悪く言えば、ゴミ捨て場にあったものを拾ってきたような黒い応接ソファーに腰を下ろし、私はあらためて彼女に向けて言葉を発した。これまた脚がガタガタな一人掛けソファーに腰かけた彼女は、私の右斜め前に対面して、いつの間に抜き取ったのか、私の生徒手帳を片手に、クラスにあるごく普通タイプの机に頬杖をついている。
「その制服、やっぱジッチューだと思ったんだ。市内でブレザーなんて、ジッチューしかないもん」
「じゃあ、生徒手帳確認する意味あるんですか」
「ない」
「じゃあ、返してくださいよ」
「まあまあ。同類のよしみで」
どんなよしみだ。
明らかに話をそらされたことを感じつつも、“同類のよしみ”という言葉は、私の肋骨の内側に滑り込んで、胃の下あたりにすとんと収まった。これは最初から、私の人生というノートに記された予定であったというように。
「春だからね。早く弟子をとらないといけないと思ってたんだけど、これほどうってつけなのがいるとは」
「弟子って何ですか」
“これ”呼ばわりはスルーして、私はとりあえず尋ねる。すると彼女は、「決まっているではないか」と言いたげな顔で笑った。
「ワタシの、弟子。正確には、次の、第百二十三代目ソーアンだね」
「謹んでお断りします」
ほとんどかぶせるような速さで私は答えた。
「私はそんな意味のわからねえもんに関わるために入学するつもりはありません」
「おやおや。意固地だこと」
口元を三日月形に歪めて、彼女は笑う。
「でもきっとキミは承諾するよ」
「なぜです。あなた人の心でも読めるんですか」
「おや。ちょっと興味出てきた感じ? まあ、読めないけどね。ワタシ、バリバリの理系だし。キミはバリバリの文系でしょ。聞いたよ? 国、英、社、満点。数学まさかの十二点の首席入学生。面倒だったでしょ。今日の新入生代表挨拶」
彼女はそこで一度言葉を切って。
「ジッチューの道成寺 葵さん?」
舌の上で転がすように私の名前を呼んだ。
「ワタシは、柚木 馨。ワタシは、当代のソーアン。ワタシは、仕掛け屋であり始末屋であり処理者であり策士。そのワタシの仕掛けを見抜いたキミを見逃すなんて、できない相談だね」
ゆるく巻いた栗色の髪が、窓から吹き込んでくる春風にかすかに揺れている。コンタクトで大きく見せているせいで、死んだ魚のような不気味な光沢を放っている瞳が、ぞっとするほど冷ややかな温度をしているのに、私は、そのときはじめて気づいた。
「それじゃあ、“あれ”、あなたが入れ知恵したんですか?」
「入れ知恵じゃなくて策を立てたと言ってよ。人聞きの悪い」
しかしそう言う彼女は楽しそうだ。
「ワタシはただ、貸しただけ」
「そうですね」
私はうなずく。
「あなたは貸したんですよね。正確には、交換したと言うべきなんでしょうか」
「そこまで気づいてるなら、つじつまあわせ、してみてよ」
無言で首を傾けた私は、ややあって、口元だけで笑った。今日はじめての、笑みだった。
論点
・なぜカウントされた新入生の数が食い違ったのか
・クリスティーヌ役が見た「幽霊」とは何か
・なぜ他に「幽霊」を見たという人間がいないのか
・なぜそれが「幽霊」だと思ったのか
・「幽霊」とは何か
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