ギルド受付嬢も楽じゃない！ ーー私が幸せを掴むまでーー

第9話 新生活は不安だらけ

がたコン、がたコン。

私は今、ルーノさんと一緒に幌馬車（ほろばしゃ）で王都へと向かっています。

そこで新たに創作生活が始まるようです。

がたコン、がたコン。

私はただいま、絶賛いじけモードです。

あれはルーノさんからのプロポーズだと思ってたのに、対モデルへの言葉だったようです。

勘違いした私もアレですけど、妄想癖を患っている乙女に無神経じゃないです？

「王都に着いたらまず公爵様の所へ挨拶に行くよ、失礼の無いようにしようね」

「あい、そっすねー」

「どうやら慣れない旅に疲れてるみたいだね、あとでゆっくり休むといいよ」

「あい、そっすねー」

この人は私のフキゲンも意に介さず、新しい生活に胸を躍らせてます。

人の気も知らないで。

もう良いですよ、こうなったらモデル料たんまりもらって一人で生き抜いてやりますから！

何日も馬車を走らせてようやく着きました。

噂を耳にする度に、書物で見かける度に思いを馳せた、あの王都。

巨人も阻めるんじゃないかってくらい、見上げるような城壁の頼もしさ。

門を抜けて見えた街並みは、定規でも使ったかのようにピシリって整然としてます。

レンガ造りの大店がズラリと並び、太陽の日差しを受けて明るく華やぎます。

人の賑わいもすんごいです。

大通りは馬車道と歩道を街路樹で隔ててるんですけど、歩道の方は歩くことも難しそう。

私みたいなボンヤリした女なんか目的地まで行けないんじゃないでしょうか。

馬車道の方も貴族御用達とでも書いてありそうな、高級な一団がひっきりなしに通行してます。

あの集団の中に王様や貴族様はもちろん、人気役者やら大商人なんかもいるんでしょうね。

歩道の方から黄色い声があがってますもん。

『きゃぁーー！　エリオット様ぁ！』

げぇっ！　

エリオットって例の暗黒騎士じゃないですか。

顔を合わせたら何言われるかわかったもんじゃありません、ここは幌に身を隠すことにします。

「アリシアさん、急にどうしたの？　そんなコソコソしちゃって」

「気にしないでください。ちょっと暗黒騎士が居たので」

「暗黒！？　そんな物騒な人が？」

ここでアリシアって呼ぶのもやめてください。

聞かれたら面倒なんですから、本当に。

私の心配を余所に、何事もなく目的地に到着しました。

公爵様のお屋敷です。

こちらは本邸ではなく仮の住いらしいですが、超豪邸ですよ。

仮の住処だというなら、私に１部屋欲しいくらいです。

応接間らしき場所に通された私たちは、カチンコチンになって座ってました。

だって周りの調度品がおっかなくて、うっかり傷でもつけようものなら殺されかねません。

例の豚領主の部屋も凄かったですけど、ここほどじゃなかったですね。

出された紅茶も怖くって飲めたもんじゃありません。

超絶に高そうなティーセット。

触れた途端金持ち成分に侵食されて死ぬと思いますから。

緊張したままで居ると、大きなドアが突然バターンと開く！

私たちビクーーン！

ティーカップ持ってなくて良かった！

ドアのほうに目をやると、熊のような大男が満面の笑みで立ってました。

「よく来てくれたー！　お前があの天才画家か！　そっちのお嬢さんはモデルだな？」

「あなた、お客様が驚かれるわ。もう少し大人しくなさって」

「何を言うんだ、オレの土地からようやく生まれた芸術家だ！　全身全霊をもって迎えなきゃ失礼だろうが！」

目一杯オシャレしたクマさんと、おとぎ話に出てきそうな美人さんがやってきました。

きっとこのお二人が公爵夫妻様なんでしょうね。

いやぁ、やっぱり貴婦人ってキレイやわぁ。

「遠路はるばるよく来たな。うちのモンを代表して歓迎するぜ」

「そんなもったいない。私のような下賤のものに」

「あっはっは！　あれだけの腕前を持ってんのに謙虚だなぁ。今社交界で一番ホットな画家先生がよぉ」

このクマさん声おっきいですね。

この距離でやられると頭キンキンします。

いや、クマさんというより、イノシシさんですかね。

「何かあったらオレに言えよ、無骨なオレが治める地で初めて育った芸術家だ。大事にするからよ」

「ありがとうございます。あれだけたくさんのお金もいただけたので、当分困ることは無いと思います」

「あれっぽっち安い安い！　お前さんにはアチコチから依頼が殺到するだろうよ。それこそ支度金なんか、はした金に思うくらいにな」

「み、身にあまる光栄です」

あれがはした金って。

私の給料の何年分かわからない額なんですけど。

隣で紅茶を飲んでいた夫人が咳払いをしてから、柔らかい笑みを浮かべました。

「ごめんなさいね、ルーノさん。うちの主人ったら強引で粗暴でしょ？　こちらは驚かすつもりはないの」

「粗暴っておい、亭主に向かって……。いや、何でも無い」

「でも私たちが期待してるのは本当よ。勝手なようだけど、あなたの活躍している姿を見たいの」

「は、はい！　この命にかえましても！」

「うふふ、真面目な方ですね。お嬢さん、あなたは少し苦労をするかしら？」

最後に私に視線を向けて、夫人様はそう言いました。

ええ、苦労しそうというか、すでに苦労しているというか。

私は力の無い笑みを返すだけでした。

こうして私たちは顔合わせを済ませて、頭を新種の生物の様に上げ下げしてから立ち去りました。

それからは新居に移動です。

商店が立ち並ぶ大通りから外れた、喧騒から離れた場所。

そこのエリアにある、まずまずの値段がしそうな部屋を借りています。

２部屋を。

ええわかってました。

同居じゃないってことくらい。

若い男女が同じ部屋に同居してたら、なし崩しに……なんて思いもしましたが。

私たちはこの分厚い壁で隔てられる事になりました。

くっそう、この朴念仁め。

『口を開かないでくれるなら、お付き合いしたい』と大評判のアリシアさんに手を出さないつもりですか？

「……そんな評判だからですよね、そうですよねー」

ルーノさんは真面目だし、才能あるし、貴族様とパイプがあるしの、未婚女性にとっては最優良な嫁ぎ先でしょう。

私なんかより断然キレイな貴族令嬢とか、美人女優とかがほっとかないハズです。

さっきの公爵夫人なんか女の私でも見惚れるくらいでしたから。

今後画家として有名になって、お金ジャンジャン稼いで、若い美人さんとか侍らかすようになるのかな。

「そんなルーノさん、見たくないなぁ」

そうなったとしたら何も告げずにここを去ろう。

その頃には疎まれてるでしょうし、お金も貯まってるでしょうしね。

そんな暗い気持ちで始まった新生活ですけど、気落ちしたままで居られる状況じゃありませんでした。

私の割り当てられた仕事は簡単で、テーマに沿った人物を演じるだけ。

演じながらポーズをとって、はいお終い。

それだけでパンパンに金貨で膨らんだギャラを貰えるんだから、とんでもないお仕事です。

これに慣れきってしまったら他の仕事なんかできませんね。

でも業務はいいんです、たまにしかないし。

問題は全然別のところにありました。

悩みの種ってヤツはいつも予想外なポイントを狙ってくるんですね。

私は人生の難しさ、生きる事の大変さを味わう事になるのでした。