第8話 絵画 あるいは怪画
あれから数日経ってからルーノさんから連絡が入りました。
絵が完成したそうです。
私はド素人なんでわかりませんが、これって多分早いんですよね?
私はすぐにアトリエへと向かいました。
ちなみに両親にもモデルの話をしたんですが、泣かれちゃいましたね。
『この子はとうとうこんな事に……病気がもうここまで……』とか言いつつ。
きっと妄想の話だと思われてしまったんでしょう。
普段の自分が自分だけに、強く反論できませんでしたが。
さてと、やってきました屋根裏アトリエ。
ドアを開けると、一枚の絵とゾンビのようなルーノさんが見えました。
疲れ切っているのか、軟体動物みたいにグニャングニャンじゃないですか。
一体どれだけ無茶して作業してたんですか。
「アリシアさん、ようこそ。とうとう僕はやってしまったよ、凄まじい作品を描いてしまった」
「あの、ルーノさん。寝てます? ご飯食べてます? 死人みたいな顔してますけど」
「大丈夫、食べなくても寝なくても筆は鈍らないから」
「そういう話ですか?」
先日も感じましたけど、ルーノさんって人の話を聞かない系ですよね。
話しかけても耳に残らないし、そもそも入らないってタイプ。
お前が言うな、ですか?
聞こえませんね。
「そんなことより、これを見てくれ。君の絵だよ!」
「えぇ、なんかすごいですね。今にも飛び出してきそうな迫力があって」
絵に疎い私には気の利いたコメントが出来ません。
『◯◯の技法がぁー』なんて言葉逆立ちしたって出て来ませんとも。
だから背伸びなんかしないで、感じたそのままを言ってみました。
ルーノさんは気を悪くした様子もなく、ウンウン頷いてます。
「これを僕の先生に見せようと思うんだ。今から行くから、付いてきてもらえるかい?」
「なんでですか。恥ずかしいから嫌ですよ」
嘆願を聞き入れてくれるハズもなく、ズルズルとお師匠さんとやらの家に連れて行かれました。
マジで話を聞かねぇ。
街から少し離れた高台にある大きなお屋敷。
ここが件の先生がいらっしゃるとか。
ルーノさんの屋根裏とは違って、広々としていて庭も立派です。
奥様らしき人が花壇に水をあげてますね、貴婦人妬ましや。
ルーノさんは顔パスなのか、ひと声かけるだけでズンズン中に入っていきます。
この人見かけによらず図太いというか、図々しいというか。
行き先は庭に植わってる大きな木の所でした。
その木の根元には椅子が置かれていて、おじいちゃんが本を座りながら読んでますね。
好々爺って感じのこの人がお師匠さんなんでしょうか。
「先生! ルーノです。力作ができたので是非見てください!」
「おぉ、ルーノかい。いつぞやのスランプは、無事抜けられたようだね」
「はい! 何もかもこのアリシアさんのおかげです。寝る間も惜しいほどに熱中できました!」
「そうかねそうかね、では早速作品を見せてもらおうかな」
促されて絵の包みを外して、おじいちゃんにお披露目です。
なんか、良くわからないけど恥ずかしいなぁ。
モデルの前で絵を見るというのは、どんな心境になるんでしょうか。
「ふむ……これは」
「先生、いかがですか!」
やめてください、その引きは。
その反応は良いの? 悪いの?
どっちなの?!
「ルーノ君、私は画家としては凡人の域を出ることは叶わなかった。だが才ある若者を育てることは出来た。この通りにね」
「それでは、先生から見てもこの絵は」
「こちらの作品は、この大傑作は公爵閣下に進呈しよう。きっと気に入っていただけるとも」
「ありがとうございます! 大変な名誉です!」
「これこれ、この程度のことで満足しちゃいかんよ。君はこれからどんどん成長していく事だろう。気を引き締めて臨むように」
「はい! 精進致します!」
はぇーー、なんですかこれ。
とにかく絵がすんごい?
だから貴族様にあげる?
そんな高レベルな作品なんですか、私にはピンとこないっすねー。
教養ってこういう時に明暗を分けるんですね。
しばらくして、公爵様に絵が届いたのか、ルーノさんのもとに大層な使いの方が現れました。
感謝状だったり、記念品だったり、お金だったりと、いろいろ貰っていたようです。
そして私は初めてのモデル料としては、破格だろう額をいただいちゃいました。
正直言って、ギルドでの給料が端数に見えちゃうくらいのお金です。
これ、しばらく働かなくていいんじゃ……ウェヘヘー。
ご満悦な気分でお金を数えている私に、ルーノさんはこう言いました。
いつぞやのように、居住まいを正して。
大事な話をする時の癖なんでしょうか。
「アリシアさん、僕は君が側に居なければきっとダメになる」
「えっえ、それってどういう」
「どうか、僕と一緒に王都に来てほしい!」
ええええーーー!
これってもしかして、プロポーズですか?
えっえっえどうしよう、私家事とかできないけどいいんですか?
1日の7割が妄想タイムですけど、平気ですか?
慣れ親しんではいるが働き場所のないこの街と、土地勘は一切ないけど受け入れてくれる人のいる街。
さらに後者は憧れの王都だっていうじゃないですか。
どちらで暮らしたいかは、考えるまでもありませんでした。
「私で良ければ、喜んで……」
迷いなく、ほぼノータイムで答えましたとも。
こうして私は生まれ育った街を出て、遠く離れた王都に移り住んだのでした。
新進気鋭の画家という旦那さんをゲットしつつですよウェェェーーイ!
勝ったな、人生に!
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