第5話  騎士様の悪癖 前編

私は今、とある田舎の街へと向かっている。

もちろん休暇や帰省などではなく、任務のためだ。

王命を受けて、先日起きた爆発事故の調査をすることになった。


先日、異常なまでに強力な火魔法が領主館を襲い、散々に破壊し尽くしたのだとか。

幸い人的被害は少なかったようだが、領主をはじめ主だったものは今も行方不明だ。

炎によって焼き尽くされてしまったのかもしれない。


調査に向かう前にどれほどの出来事だったのかを、魔術師ギルドで聞いてみる事にした。

今回の事件は彼らにとっても大きな関心事らしく、すぐさま見解を述べてくれた。

結論から言うと、人間に扱える代物ではないらしい。

それこそ知識も経験も極めて豊富な仙人など、人間離れした人物でなければ唱える事すら叶わないそうだ。


マジックアイテムや媒体を大量に用意すれば可能か、と素人さながらに聞いてみた。

すると彼は首を横に振った。

それを武術に例えるとしたら、戦の経験の無い農夫に上等な装備を武具を与て、果たして歴戦の兵士と戦えるのか、と。


マジックアイテムの類いは魔力の伝達率や効率化を促すものであり、上位の力を授かるものではない、とのことだった。

なるほどと思う。

その例えが正しいのであれば、確かに不可能だ。

今回の犯人は恐らく、強力な魔術を扱える流れ者、あるいは敵国の暗殺者あたりだろうか。



担当者に礼を述べて、ギルドを後にした。

それからも事前情報を集め、現地へと赴いた。

王都から遠く離れた辺境の地だ。

たとえどこに隠れようとも、かならず犯人を探しだしてみせる。

『王国騎士エリオット』の名にかけて。



辿り着いたのは、よくある片田舎の街だった。

遠くに見える廃墟となった領主館跡が痛々しく映る。

まずはこの街の詳細情報を手に入れなくては。

辺りを見渡すと、調度良いところに冒険者ギルドがあった。

街の地図も必要だし、そこで情報を集めるとしよう。


中に入ると冒険者は一人もおらず、カウンターに一人の女性がいるだけだった。

近寄ってみると、思わず女性に目が釘付けになってしまった。


_______________

_______



ひぃーー、またまたやっちまったですよ。

もうここ数日は生きた心地してないです。


何せ領主殺しですよ、貴族殺しですよ?

極刑待ったなしじゃないですか。

あんだけの事を仕出かして、のほほんとしてられる程肝が座って無いんです。

それでも、こうして仕事はこなしてますがね。

誰も訪れない中で店番に励んでますがね。


こうして働いていられるのも、私が容疑者として見られていないからです。

まぁ普通に考えて、あんなすごい魔法を町娘が使えるなんて思わないですよね。

ただ、あんな事件の後でさえ私のことを「宵闇の魔女」って呼ぶのは止めていただきたい。

異名で呼ばれる度に神経をすり減らしている私の身にもなって欲しいもんです。


それにしても乙女の純潔をギリギリのラインで守れたのは、本当に喜ばしいです。

あのエロオヤジもあの世で反省するといいんですよ!

このアリシアさんに手を付けようだなんて、これでも『黙ってさえいたら美人』って評判なんですから。



「あれ、これって褒められてるんです……よね?」



今日もいつものように、独り言が天井に吸い込まれていきます。

壁の傷さんも、天井のシミさんも、返事なんか返してくれません。



「まぁいいか。今日もじっくり妄想を……」

「仕事中にすまない。少しよろしいだろうか」



おや?

冒険者とは毛並みが違うお客さんです。

ずいぶん煌びやかな男の人がやってきましたよ。

なんか「キュピィン」とか「キラァァン」なんて音が聞こえそうな感じの。



「不躾を承知で聞こう。あなたはここの従業員だろうか?」

「ええ、そうですよ。窓口担当のアリシアって言います。本日はどのようなご用件ですか?」

「アリシア、素敵な名前だ。とてもよく似合っているよ」

「……はぁ」

「美しいものに目が無いのだが、その私から見てあなたは中々に綺麗だと思う」

「そ、そうっすか」



この人は一体何のつもりなんでしょうかね?

よくわからん事をタラタラと。

目線もジッと私を見て離そうとしません。


ーーゾワリ。


何故か先日の豚領主を思い出してしまいました。

見た目は全然違うんですけどね、不思議です。

足元から髪の毛の先まで耐え難い怖気が走ってますよ。



「私は今まで毎日のように美しい花を求めてきたが、ここで素朴ながらも大輪の花が開いているのを見つけてしまってね」

「お、お花?」

「どうだろう、私のそばでより美しく咲いてみないかい?」

「花屋さんならそこの通りの先にありますよ?」

「なっ! 私の誘いを意に介さないだって?!」



なんか嫌!

私この人すっごい苦手です。

誰か、ヘルプ!

ちょっとした頼まれごととか最高です!



「アリシアー、ちょっと手伝ってくれるかー?」

「はぁい! すみません、ちょっと用事がありますんで失礼しまーす」

「待ってくれ、アリシア!」



ナイス、マスター!

台本でもあったかのようなベストなタイミングです。

冒険者ギルドを花屋だと勘違いするなんて、あのひとは何者なんでしょうか。

頭大丈夫でしょうか。

妄想家の私にそんな言われ様は恥ずかしくありませんか。


……自分で言っててダメージを負ってしまいました。

ちくしょう、あの野郎二度と来んな!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る