盲目少女と絶望少年

池田蕉陽

第1話 君の夢のために


神はどうして俺にこんな力を与えたんだ


俺は屋上の低めの柵に座りながら青い空を眺めていると、ふとそのことについて考えてしまっていた。

まあ、いいや、ここから落ちればそんなことも考えずに済む。

ついに絶望したこの世界からおさらばだ。



よし、死ぬか



全身を前にゆっくり倒して、もう落ちるとなった時、後ろから声が聞こえた。

「綺麗~」

体がすでに四十五度くらい傾いた状態で、咄嗟に俺は振り向いてしまって、反射的に柵に手を伸ばした。

勢いよく掴んだものだからバシッと音がして、それに反応した声の主はビクッと体を動かした。

やばい、見られてしまった。しかし数秒後その心配は消えた。

「だ、誰かいるんですか?」

は?なんだそれ?

誰かいるんですか?いや、目の前にいるじゃないか

柵の向こうに立っていたのは女子生徒で、人が目の前にいるのにも関わらず、周りをキョロキョロとして、俺がどこにいるか分かっていないようだった。

なにを言ってるのか理解できなかった俺は、柵に手を両手を置きながら彼女の顔をじっと見ていると、あることに気づく。

もしかして、こいつ目が見えないのか?

おそらくそうだ、約一mの至近距離のはずなのに、俺の存在に気づかないわけがない。

だとしたら早く返事をしてやらないと、彼女は目の見えない存在にずっと怯えたままになってしまう。

ここから落ちて自ら命を絶つはずが、俺は柵から内に飛び越えて、その着地音にまた彼女がビクッとする。

「いるよ、ここに」

彼女が声のする俺の方を向いてくれたので、やっと目が合った。とは言っても俺のことは見えないだろうけど。

「あ!ごめんなさい!私生まれつき目が見えないもんですから人がいること気づかなくてつい独り言口に出しちゃって」

目が見えないとは勘づいていたが、まさか生まれつき目が見えないとは。それはどんなに彼女を怖がらせたことだろうことか、想像もできなかった。それでも彼女が今こうして挫けずここに立っていられることに、俺は感心した。

「別にいいよ、そんなこと、俺も人がいること気づかなかったし」

「そうですか!ならよかったです!」

そう言って彼女はニコッと安心した笑みを見せながらも、まだ恥ずかしさが残っているのであろう、頬が赤かった。

「あの~名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「二年の山本 優希、君は?見たところ一年生っぽいけど」

「はい、一年一組の宮崎 ゆめ です」

宮崎 ゆめと名乗る女と会ってまだ数分しか経ってないが、今のところ彼女の口調からおしとやかで清楚な性格だと伝わった。

「山本さんはここでなにをされていたんですか?」

きた、案の定俺の予想通りの質問がきた。俺はあらかじめ考えていた答えを返そうと思ったが、あえてここで本当のことを言ったらどうなるんだ、と彼女の反応に興味を持ってしまった。冗談だと解釈するか、本気で捉えるか、いや、やはりやめておこう。

「ちょっと空を眺めていたんだ」

一応嘘ではない。現に俺は死ぬことを覚悟する前に空を見て、考え事をしていたぐらいだ。

「あ!私も空を見に来たんです!一緒ですね!」

見えないのにか?そう言おうと思ったが、デリカシーがないやつだと思われそうだったので、やめておいた。というわけで自分で考えることにする。彼女は空を肉眼で直視することは出来ないが、感じることはできるのではないか、それは16年間、目が見えないことで覚えた彼女だけの力なのかもしれない。

自分だけにしかない力...自分で考え出した答えが頭の中で反芻する。いくら考えても納得行かなそうだったので、話に戻すことにした。

「ならさっきの綺麗は空に対して?」

「はい!」

空の見方は人それぞれ違うものだとわかった。いや彼女は見るというより感じると表現した方が正しいな。

「でも俺は汚く見えたな」

「そうですか?」

「ああ」

この世界に絶望した俺は、空さえも絶望色に染まっているように見えた。

てか俺は何を呑気に話しているんだ、何をしにここに来たのかを思い出し再び柵の向こうに戻ろうとした。大丈夫だ、こいつは目が見えない、俺が飛んだことすらすぐには気づかないだろう。俺が柵に触れた時、あることが頭の中に浮かんだ。どうせ死ぬなら彼女の目を...いや、俺が彼女にそんなことをしてやる義理はない。再び柵を足をまたごうとすると屋上のドアが激しい音と同時に開けらた。

「ちょっとゆめ!あんた1人で屋上行ったら危ないって前から言ってるでしょ!?」

「大丈夫だって~何年私が目が見えないと思ってるの?」

見たところ、この女は彼女の友達だろうか、心配してる所からするとおそらくそうなのだろう。

「ほら!教室戻ろ!」

「あ!ちょっと待ってよ!」

友達が強引に彼女の腕をつかみ連れていくと「なにあの男、もしかして彼氏?」「違うよ!今会ったばかりだよ!」と女達は俺に聞こえるくらいの声でそんなことを言っていた。屋上の出口に近づくと、宮崎は顔だけこっちを振り向き

「また話しましょうね」と笑顔を見せながら、手を振ってくれた。

また話そう...その言葉は俺の自殺を阻止しようとしてきた。しかし、目が見えない宮崎 ゆめに少しながら興味を持ったのは確かだ。それは自分にしかない何かの面で言えば、俺と似ているからかもしれない。

うっ!!

彼女達を目だけで見届けたあと、心臓を締め付けられるような痛みが走る。

最近になって頻繁に現れるようになったこの痛み、それは俺の寿命が近づいている事を意味していた。


その日の放課後、俺は特に部活もやっていないので、いつものように真っ直ぐ家に帰る。

1年生の校舎を通っていると、さっき屋上で初めて会った宮崎 ゆめが、バケツに水を入れて教室まで運ぼうとしていた。

1人で大丈夫か?と内心心配してると、やはり予想していた事態が起きた。

宮崎 ゆめが見えない段差につまずき転けて、バケツの水がバシャンと倒れた。

やれやれと思いつつ、俺は彼女に歩み寄った。

「大丈夫か?」

さっき聞いたばかりの声なのですぐ俺が誰なのか分かったのであろう、彼女はすぐに言葉を返してくれた。

「あ、山本さんですか?すみません、お恥ずかし所を見せちゃって」

「まぁ、それはいいとして、他の掃除当番の奴らどうした?」

まず、彼女が1人でバケツを運んでること事態危ないのだ。人にぶつかったり、もしかしたら目が見えないプラスに、一生人生に影響を与える怪我を負うかもしれない。それなのに何故、他の奴らは盲目少女を一人にするんだ。

「他の皆は帰っちゃいました」

と彼女は俺にぎこちない笑顔を見せた。

「お前を一人にしてか?」

「はい、でも大丈夫ですよ!頼ってくれて嬉しいですから!」

「お前それ頼られてるんじゃなくて、利用されてるだけだぞ?」

「分かってます...でも大丈夫ですから」

「...俺も手伝うよ」


俺はバケツから零れた多量の水を雑巾で拭き取ると、彼女はそれを申し訳ないと思ったのか、ひたすらに謝ってきた

「ふぅ、終わった」

「本当にごめんなさい...手伝わせちゃって」

「だから別にいいってそれくらい」

俺は濡れた雑巾を絞るとそれを雑巾掛けに掛けた。

「ならせめてなにかお礼させてください!」

ここで断ってもおそらくしつこく言って来るのだろう、俺は降参してお礼を受け取ることにした。

「分かったよ、それでなにしてくれるの?」

「カラオケ行きましょう!」

「へ?」



「その~まま~で~♪♪」

彼女のお礼というのはカラオケを奢るので、一緒に来いとのことだった。俺はてっきりなにかご飯でも奢ってくれるのかと思ってたので、今の状況に少し驚いてる。それもそうだが宮崎の歌のうまさに一番ビックリしている。画面に出てくる歌詞の上に表示される音程が合ってるか分かるアレ、アレと宮崎の歌声が完璧にピッタリでズレない。生で聞いてるからかも知れないけど、正直テレビに出ている歌手より上手いんじゃないかと思うほどだった。

「ふぅ~さて何点かな?」

彼女が歌い終わると採点画面に変わった。画面に表示された点数は驚愕の百点だった。いや、確かに百点でも納得する歌唱力だった。「何点って表示されてますか?」

それを聞き彼女が目が見えないんだと思い出す。

「百点だよ、すごいな、驚いた」

「私、目が見えない分私音楽が大好きなんです。音楽なら耳だけで楽しめますしね」

百点も聞いても特に喜んでる様子ではなく、まるで当たり前かのように振る舞う。それはしょっちゅう百点を取っていることを意味するのだろう。目が見えない分、耳は人より言いらしい彼女は、曲をすぐに耳コピできるとか。

「やっぱりあれなのか?そんなに歌が上手いと将来は歌手とか目指してるの?」

マイクを握っていた彼女は机に置くと俺の隣に座った。

「それも考えたことあるんですが、他にもっとしたいことがあるんです」

「なに?」

「いつか医療技術が進化したら、絶対にこの目を治して世界を旅するんです。そしてその記録をカメラでおさめるんです」

夢を語る彼女の目は光がないはずなのに、俺より輝いていた。

「つまりカメラマンってこと?」

「はい!でも今でもカメラは撮りますよ、いつか治ったとき、自分で撮った写真を見るんです。それも楽しみの一つですね」

俺とは全然違う、そう思った。俺なんかこの世界に絶望して命まで絶とうとしたくらいなのに、彼女はそれに負けずにちゃんとした夢を持って生きている。しかし、俺の場合はどうせすぐ死ぬからあの時死んでいても結局一緒なのかもしれない。

「そうだ!山本さん!2人で写真撮りませんか?」

彼女は思い出したように発言した。

「スマホ持ってんの?」

「スマホは持っていませんが...」

彼女はカバンからゴソゴソ荒らすと、一つの機械をジャジャーンと、ドラえもんが秘密道具を出すかのように言って取り出した。

「本物のカメラがあるんで」

彼女はニヤと笑うとドヤ顔を決めた。

「ほら山本さん!もっとこっち寄らないと写らないですよ!」

カメラで写真を撮ることに慣れているんだろう。彼女はカメラを裏側に持って内カメラにすると、まるで今何が写ってるのか分かってるんじゃないかぐらいに、俺に指示を出してきた。

「じゃあ撮りますよ、はいピース」

ピースのゴールと同時にシャッター音がなる。早速ちゃんと撮れているか確かめるために、カメラのアルバムを開けると、俺に見せてきた。

「どうですか?ちゃんと写っていますか?」

やはり撮ることに慣れてるその写真は、上手いこと2人がカメラ枠におさまっていた。

「ああ、ちゃんと撮れてるよ」

「ホントですか?良かったです!なら早速家に帰って現像しときますね!」

夢と一緒でカメラ関係になると、いつもより彼女の目に光が宿る。そして俺はさっき気になって、聞こうと思っていたことを口に出す。

「なぁ、ひとつ聞いていいか?」

「はい?なんですか?」

「そのーなんていうか自分が目が見えないことに対してなんとも思わないのか?」

俺から見ると彼女は目が見えないことを厄介、嫌、などのネガティブな感情が読み取れない。むしろ、それに対する喜びといったポジティブさが伝わってくるのだ。

「そりゃあ、嫌ですよ?もちろん。なんで私だけが目が見えないんだろうって、ストレスになることもあります。想像してみて下さい。生まれつき目が見えないってことは家族の顔や友達の顔、自分の顔も分からないですよ!?」

確かにそうだ、よくよく考えてみたら生まれつき目が見えないということは、彼女は生まれてきて今まで真っ暗な暗闇の世界しか見てきてないのだ。それはどんな感覚なのだろうか。そう考えると恐怖を覚えてしまいそうなので想像することを止めた。

「確かにそれ最悪だな、じゃあ俺から見るとそんなに嫌そうに見えないのは気のせいってことでいいのか?」

「んー私、悪いことはあまり考えないようしてるからそう見えちゃうのかもしれないですね。悪いことより楽しい事考えた方が楽じゃないですか?例えばさっき言った写真とか、そういう楽しみを見つけていかないと私の場合やって行けないですよ」

それでもすごいと思った。普通の人には出来ない事だと思った。

「もしかしたら治らないかもしれないんだぞ?」

「はい、それでも私は信じます」

あまりにも真っ直ぐな言葉に俺はなにも返せなかった。

ほんとにすごいやつだ...

そんな前向きに生きる宮崎の姿が羨ましかった。


あれから3日、俺の現状はひどくなる一方だった。 もうおそらく一週間もないだろう。いや、もしかすると今日死んでしまう可能性だってありゆる。

俺はいつ死んでもおかしくない状況に陥り、死ぬまでにしなければならない事が一つあった。その目的を達成するために俺は彼女、宮崎 ゆめのクラスに足を運んだ。

1-1と吊るされた教室に辿り着くと、中は女子たちがざわついていて、前の廊下には見たことのある女が深刻そうな顔をして立っていた。女は俺の存在に気づくと、こちらを振り向き「あっ」と声を出してこちらに近づいてきた。

「山本先輩...でしたっけ?」

「そうだけど」

俺はこの女、以前、宮崎を連れて帰るために屋上にやって来たが、俺と直接会話はしていない。なのに俺の名前を知っているということは宮崎から話を聞いているのだろう。

「ゆめが...」

彼女は再び深刻な顔に戻し、彼女に何があったか聞くことにした。彼女の口から全てが語られた時、気づいた時には足が動いていて宮崎の元に走った。俺らしくないと思った。人のために動くとこなんてめったにしたことが無かった。俺は感謝させることもされるこも全くない人間なので、学校でも暗いイメージがある。それなのに今俺は宮崎 ゆめのために走っている。

俺は走りながらもさっき言った友達の話をもう1回頭で流す。



事件は放課後に入ったばかりに起きた。

宮崎が自分の席で帰る準備をしていると、同じ掃除メンバー3人の女子が近づいてきたらしい。

「ねぇ、宮崎さん~今日もうちら用事あるからぁ~掃除一人で頼める~?」

いつも宮崎に掃除を押し付ける女は、3人のリーダ的存在である立ちの悪いクラスメイトだった。

「すみません西野さん、今日私ちょっと用事があるので」

宮崎は申し訳なさそうに謝罪の気持ちを込めるが、それを素直にはい分かりましたと言ってくれる連中ではなかった。

「へぇ~目が見えない宮崎さんでも用事とかあったんだ~嘘つくのはやめなよ、どうせ2年の先輩とデートするんでしょ?」

目が見えないことを嫌味付けて終わりかと思うと、そこで2年の先輩、つまり俺のことを話に出された。誰かに一緒にカラオケに入ったところを見られたのであろう、すでにその噂はクラスに広まっていたらしい。

「違います...私と山本さんはそんな関係じゃありません!」

宮崎が強く言い返すとそれにまた西野という女が言い返す。

「へー山本って言うんだ~ならさぁ~これなにぃ~?」

西野は胸ポケットから取り出したのは、以前カラオケで撮った俺と宮崎のツーショット写真だった。西野はそれを宮崎にわざとらしくぶらつかせる。

「あ!そっか!宮崎さん目見えないんだったね!」

嫌味たらしく宮崎を傷つけると、その姿を見た3人はクスクス笑った。

「これはぁ~あなたと山本先輩のツーショット写真で~す!」

「え?」

なんであなたが持ってるのと言わんばかりに、宮崎は写真を閉まっていたはずの鞄のポケットに手を突っ込み、写真を確認するがなかった。ならやっぱり彼女が今もってるの本物だと確信する。

「ちょっと返してください!」

今すぐにでも彼女がひらつかせてる写真を奪い取りたいが、それは盲目者にとって無茶なことだった。

「なら、力づくで取ってみなよ?あ、無理か、見えないもんね」

また3人がギャハハと楽しそうに笑う。

「お願いします...返してください...」

その悲しそうな顔を見て返すと思いきや、その顔は彼女達をさらにエスカレートするばかりだった。

しばらく宮崎をからかった後

「あーあー、なんか飽きちゃったな」

なんてふざけたことを言い、西野はその写真をビリっと破り捨てたのだ。

その音で何をされたのかすぐに気づくことができた。

「じゃあね、宮崎さん」

3人が宮崎の元から離れると、彼女は破り捨てられた二枚の欠片を、手を地面に触れながら行方を探した。

さっきまでの光景を黙って何もすることが出来なかった友達は、破り捨てられた二枚の欠片を拾い、宮崎にごめんとつき加えて渡した。

そして宮崎は別に〇〇は悪くないよと返事をして教室を出ていった。



俺は屋上の扉を大袈裟に開けると、夕焼けの光が目に差し込んできた。屋上の真ん中辺りには宮崎が座り込んでおり、すすり泣きが俺の耳に伝わった。

扉が開いて数秒後、宮崎は涙を頬に流している面をこちらににゆっくり向けると 山本さん...と俺の名を呼んだ。

彼女の呼びかけに俺は特に返事もせず、黙って彼女の元に歩み寄った。宮崎の座り込む目の前には二つに別れた写真が寂しそうに置かれていた。それは無惨に真ん中らへんでビリっと破られた形跡がある。友達から何があったかは聴いていたので、宮崎に一体何があったのかを聞く必要は無かった。

「ごめんなさい...ごめんなさい」

宮崎はごめんなさいとひたすら何回も繰り返し謝ってきた。それは写真を守れなかったことに対してなのだろうか、俺にはよく分からない。

「別にいいよ、写真はまた撮ればいい」

無責任な回答だと思った。なぜなら俺にはもう時間が無い。また撮れるかも分からないのに口に出してしまった俺は、とりあえず宮崎を安心させたかったのかもしれない。

「それに...」

鞄を雑に落とし、中から筆箱を出し、さらにその中からセロハンテープを出すと、二つに破られた写真をセロハンでくっつけた。真ん中にセロハンがジグザグに貼られている様子は決して格好良くはないが、ちゃんとなにが写っているのかが分かるので、自分の中では良しとした。

「ほら、これで元に戻っただろ?」

無事...と言っていいかは分からないがセロハンでくっつけた一枚の写真を彼女に見せると、彼女はありがとございますと口にして受け取った。

その刹那、俺の心臓は何者かに手で握りしめられたような痛みが走った。

「ぐはっ!」

何か赤いものが口から出てきて、そのまま屋上の石の地面に飛び散ると、吸収されるように染み付いていく。

「え!?ど、どうしたんですか!?」

写真を眺めていた彼女は俺の血反吐を耳だけで受け取りすぐさま目をこっちに移した。

「だ、大丈夫...まだ...もうちょっとだけ...」

耐えてくれ、頼む、まだ死ねないんだ、まだ死ねない理由ができたんだ、もうちょっとだけでいいから時間をくれ!俺は心の中で叫んだ。

「ごめん、時間が無いんだ、手短に話す」

「え...はい」

何が起こっているか詳しく分からない彼女は困惑していた。無理もないだろう。

「宮崎、お前は目が見えない。それはお前たげにしかないものだ」

ふむふむと頭で相槌を打つ彼女に俺は続けて話す。

「俺にもあるんだ、俺にしかないもの」

「それは...」

真剣な表情から一つも変えずに見えないはずの目が、しっかりと俺の目とあっている。俺はそんな目を右手で覆い隠す。これにはさすがに驚いたようでえ?え?と何が起こっているんだと、彼女は頭の中で整理しているところだろう。しかしそれを待ってる時間はない。

俺は右手に不思議な力を込める、この力が一体どこから来てるのかも分からないが、それは目に見えるのだ、オーラとして。

右手の周りに薄い光が漂うと徐々にそれは濃くなっていく。その濃い状態はしばらく続き、そしてまたしばらくすると、それはまた薄くなっていく。

徐々に俺の視界が黒く霞んでくる。そうか、こんな感覚なのか、宮崎、お前は16年間ずっとこんな怖くて暗い世界に閉じ込められていたのか。

右手に纏うオーラが感じられなくなったのと同時に俺は何も見えなくなっていた。真っ暗だ。本当に真っ暗。これが毎日続くと、どんなに怖くて不安だろうか。

俺は右手を彼女の目からそっと離すが、俺は本当に離せただろうかすらも見えない。しかし離した感覚はあるのでおそらく大丈夫だ。

「え」

彼女の口から零れた「え」それは、不思議の感情もあるだろうが驚きが一番大きいだろう。


これは一体なにが起こってるの?

今まで黒しかみたことなかった色彩が今ここで見たこともない色、形、風景、なにもかも想像と違う光が私の目に入ってくる。しかしそれが何色なのかも分からない。だって今まで見たことないのだから。そして私の前に何かたっている。これがもしかして人って言う生き物?ならこの人は山本さん?

山本さんは口から顎にかけてなにか垂れているようだった。幸いにも顔のパーツはなんとなく生きていく中で分かったので、それが口、顎かどうかは認識することができた。そしてそれが初めて見る血だと判断する。大丈夫ですか!?と声に出して伝えたい、しかし今のこの現状に驚きすぎてるせいか、声が出ない。

するとこの沈黙を破ってくれたのは山本さんからだった。

「どうだ?初めて見る世界は、綺麗か?」

私は初めて山本さんから目を外し、360度回転してこの世界の景色を見渡す。ゆっくりと回って、また山本さんの所まで戻ると、今度は上を眺めた。そこには話で聞いていた青色という色で塗られている空が無限に広がり所々になにかモクモクとしたものが浮かんでいる。それが雲というものだと初めて目で確かめる。

再び目線を山本さんに戻すとさっきの返事を今返した。

「はい、とっても綺麗です」

そしてある疑問が私の脳裏を横切る。それは至極当然な謎だけど、あまりも目に入る世界が美しすぎで初めには出てこなかった。

「なぜ私は...目が見えるようになったんですか?」

再び訪れる沈黙、しかしそれは案外早く破れた。

「俺が治した」

「山本さんが?私の目を?」

「いや正確には移ったかな」

「移った?」

「ああ、さっきも言っただろ?俺もお前と一緒で俺にしかないものがあるって、俺はどんな怪我や病気にかかった人を完治させられる。そのデメリットとしてその怪我や病気は代わりに俺が背負うことになるけどな、これが俺の力」

「え...じゃあ、山本さんは今目が見えないってことですか??」

そんな力が存在するわけなんかない、という考えは浮かばなかった。なぜなら現に私は目を治してくれた...いや、移してくれたからだ。

山本さんは黙ってコクっと頷くが、それに対して私は喜びではなく怒りが迫ってきた。

「どうしてですか...なんでそんなことしたんですか...なんで代わりに山本さんがそれを背負うんですか?」

私は声のトーンを少し落として言った。

「あとちょっとで俺が死ぬからだ」

「...え?」

死ぬ?どういうこと?その時理解する、先ほどの血反吐で流れている血と、石の地面の色と混ざって黒っぽい血はつまり彼の寿命が少ししかないことに気づく。

「これも俺の力のせいなんだ」

続けて彼が話す。

「三ヵ月前くらい、俺の妹が小学三年生で心臓病だと分かった。でも見つかるのが遅すぎた...もう医者からは治らないと言われた。ただ死を待つのみだけだと。」

私は口を挟まずにコクコクとうなづいて話を真剣に聴く。

「俺はこの能力を誰にも話したことがない。使うのもこれで4回目だ。正直人のために俺が痛い目にあうのはごめんだからだ、でも妹は別だ。たった1人の家族、俺は妹の心臓病を自分が背負うことを決めた。」

たったひとりの家族、その言い方からすると両親はすでにいないことを意味していた。何故いないのか、それはあまりにも無神経すぎる質問なので聞かない。

「それから無事妹は元気になった。でも...」

彼が目線を左下に落とす。しかし視界は変わらず暗闇だろう。

「ほんの一週間前、妹は事故にあって死んだ」

「俺はこの世界に絶望した、生きる希望も失くした。そんな俺はあの日、この屋上で自殺しようとした。宮崎があの時何も言ってくれなかったら俺は今こうしてここに立っていない」

私があの時「綺麗」と言わなかったら山本さんとは出会わずに死んでいたのだ。

「初めてだった。こんなに人を綺麗と思ったのは、宮崎を見て俺もお前みたいなれたらなと思った。でも俺にはそれを許されなかった。だからせめて最後に俺の目を受け取って欲しかった。そして夢を叶えてほし...」

最後の一言を終えると思ったその瞬間、目の前にいた山本さんがゆっくりと横に倒れ込んだ。あまりにも急だったので初めその状況に目が追いつかなかったが、やがて倒れ込んだ山本さんを見て私は叫んだ。

「山本さん!!山本さん!!」

何度何度も彼の名前を叫んだ。声が枯れそうになる。しかしいくら叫んでも彼の目は開かない。私に目を、夢を、与えてくれた山本 優希はここで人生の終点に着いたのだった。



あれから四年、二十歳になった私はカメラマンになった。

目が見えるようになってしばらく経つけど、未だに光景で驚かされる時がある。四年前、初めて見る家族の顔、友達の顔、自分が育ったマイハウス、そして自分の顔、この感激も全て彼のおかげだ。彼にはありがとうの一言でおさまらないくらいに感謝してる。

私は今、カメラを首にかけ昔から一番行きたかった場所、チベットの高原地帯にいる。

高原地帯には見たことのない綺麗な花が野原一面に広がっている。

「綺麗...」

あまりにも美しかったので、勝手に口から零れてしまった。

私はカメラを構え画面に花、後ろには山が写っていることを確認するとさまざまな思いを込めて、シャッターをきった。

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盲目少女と絶望少年 池田蕉陽 @haruya5370

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