本気のあたしを見せてやる⑭ 自業自得


◆ 南暁月 ◆


「うわ。もうこんな時間かあ」


 頭上を見上げると、青かった空が赤く染まりつつあった。

 スマホの時計を見ると、午後四時をちょっと過ぎたところ。十一月も後半となると、日が落ちるのが早くて困る。まるで小学生みたいな時間に、帰ることを考えないといけなくなる。


 そうだ――あの頃は、このくらいの時間に、家に帰ろうって言っていた。

 どうせ隣同士なんだから、帰っても一緒に遊べるだろって、こーくんは妹にするみたいにあたしの手を引いた。

 ああ――なんて言うんだっけ、こういうの。漫画か何かで読んだなあ。


「なんだっけ、川波?」

「……………………」


 川波は答えなかった。目を向けてみると、青い顔をして、唇を引き結んでいた。

 ……二人でベンチに座って、肩に頭をもたせかけてみただけなのに。

 こんな程度のことでさえ……許されないんだ。


 胸がちくちくと痛む。悲しいのかな? それとも、川波が可哀想? そろそろやめたほうがいいかもしれない。ううん、中途半端に手心を加えたら治療にならない。でもダメだよ。これ以上こーくんのこと傷つけたくない。甘ったれるな。あたしが付けた傷なんだ。あたしが面倒を見なくてどうするんだ。


 自業自得。


 今度はするりと言葉が見つかった。そう、こういうのを、自業自得というんだ。

 中学のときのことは、全部あたしが悪い。こーくんは、病院であたしに当たったときのことを気に病んでたけど、それだってあたしの自業自得だ。人を人形みたいに、玩具みたいに、手前勝手に遊んでいたあたしには、あの程度の罵倒では足りないくらい。


 救えないのは、あのときみたいにしたいと思ってるあたしが、まだあたしの中に生きていることだ。


 今もムラムラと欲望が燃えている。具合の悪いこーくんを寝かせてあげて、服を脱がせ、全身を隅々まで拭き、おかゆを作ってふーふーと冷まし、食べさせた後は寝入るまで何度でもおやすみのチューをしたいと思ってる。これはどうしようもない、あたしの性癖ってやつなんだろう。


 あたしはたぶん、もう恋人なんて作らないほうがいい。

 相手がダメになるか自分がダメになるか、もしくはその両方か――末路が容易に想像できる。だから、こーくんが新しい彼女を作るっていうなら、それでいいと思ってる。


 けど、せめて、幼馴染みではいさせてほしかった。

 幼馴染みとしてのあたしとの思い出を、こーくんも大切にしてくれているから。だからせめて、幼馴染みではいさせてほしかった。


 これが最後でいい。

 手を繋ぐのも、肩に頭を乗せるのも、腕を絡めて歩くのも、今日が最後でいい。


 いつか誰かに、この場所を譲るために――立つ鳥跡を濁さず、ただの幼馴染みに戻るために。

 負の遺産は、清算する。


「…………光陰、矢の如し、だ」


 呻くような声がして、あたしはこーくんの顔を見上げた。


「矢のように過ぎる時間を、無駄にすんじゃねーぞって……そういう意味だったと、思う」

「……大丈夫なの?」

「ああ……おかげさまで、ちょっと……慣れてきたかな」


 顔色は青いままだけど、こーくんは強がるように唇を曲げた。


「そっか」


 よかった――とまでは、口にできない。

 そこに宿る安堵に、きっと、必要以上の好意が滲んでしまうから。


「あんたって、意外と博識だよね。アホのくせに」

「アホじゃねーよ。洛楼、入れてる時点で……。伊理戸とかと、一緒にすんな」

「矢のように過ぎる時間を、無駄にするな……か」


 耳が痛いなあ、と夕焼け空を仰ぐ。

 無駄にはしない。絶対に、無駄にはしない。

 こんなにこーくんを苦しませてるのに……そんなの、絶対、絶対、ありえない。

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