本気のあたしを見せてやる⑫ 据え膳食わぬと性格が拗れる
◆ 羽場丈児 ◆
俺の特技――いや、習性は人間観察だ。
背景に溶け込むと、周りの人間の様子がよく見える。何せそのくらいしかやることがない。気付かれることも話しかけられることもないんだから。いつしか俺は、表情、仕草、声色、様々な情報から、他人の人となりをプロファイリングすることが当たり前になっていた。
だからわかる。
紅さんに避けられている。
理由は明白だった。昨夜のことだ。バニー姿の紅さんに押し倒されて、甘い声で囁かれて、思わず――
……しょうがないじゃないか。俺だって普通の男なんだ。あんな状況で反応しないほうがおかしい。むしろあそこまで堪えただけ大したものだ。
けど。
お尻に異物の存在を感じた紅さんは、一目散に逃げ出してしまった。自分から誘惑しておいて――と思わないでもないが、たぶん紅さんとしては、無害な動物でも愛でているような感覚だったんだろうな。それが突然、牙を見せてきたものだから、当然の反応として警戒した。
単純に……女子としては、気色悪かっただろうし。
……このまま、紅さんが俺から離れていくのなら、それはそれでいいのだろう。元より、俺に構っているのがおかしいような人なんだ。あるべき形に戻るだけに過ぎない。
けど……せめて、謝りたかった。
俺も人として、そのくらいのケジメはつけるべきだと思った。
いつものように、彼女の世界から存在を消してしまうとしても、そのくらいは――
今日はずっとその機会を窺っていた。
そして、ついにそのときがやってきた。
「すみません。おトイレに……」
港の傍にある海洋博物館に入って、しばらくした頃のことだった。明日葉院さんがそう言って、一人離れていったのだ。
その場には、俺と紅さんだけが残される。
絶好の機会だった。
「ジョー――」
紅さんが振り返った瞬間、俺は頭を下げた。
「すみませんでした」
「……え?」
博物館の中だ。ボリュームを抑えた俺の謝罪に、紅さんは当惑した声を漏らした。
「昨夜は、気色の悪いものを押しつけてしまって、申し訳ありませんでした。紅さんが望むなら生徒会も辞めますから――」
「ちょっ、ちょっと待て!」
大きな声を出してから、紅さんは慌てて周りを見回して、すぐに声を落とす。
「(ゆ、昨夜のことは、ぼくが始めたことだろう!? なぜキミが謝る!)」
「(……あのことが気色悪くて、今日、俺を避けていたのでは?)」
「(ちっ、違うっ! きょ、今日はその……)」
ごにょごにょと言葉を濁した後、紅さんは俺の頭を無理やり持ち上げた。
「(とにかく! 昨夜のことはキミのせいではない! 気色悪くなど思っていない! むしろ愛しているくらいだ!)」
「(え?)」
「(……いや、すまん。今のは口が滑った。……とにかく生徒会を辞める必要はない!)」
「(だったら……どうして、逃げ出したんですか?)」
「(そっ、それは……)」
紅さんの白磁の肌に赤みが差し、翆玉色の瞳が助けを求めるように泳いだ。
あちこちに視線を彷徨わせた後、ちらっと僕の顔を見上げて、
「(急に、実感が湧いたというか……コレがアレなのかと思ったら、びっくりして……怖くなって……)」
……びっくり?
怖く?
あの……紅さんが?
「(散々誘惑しておいてなんだと思うだろうな!)」
紅さんは、今度は開き直ったように言う。
「(だが仕方がないだろう! こちとら正真正銘の生娘なんだ! 所詮耳年増に過ぎないんだよ! 本物を前にしたら多少は気後れするに決まってるだろうが!)」
「(情けないことをそんなに偉そうに……)」
「(ええいうるさい! キミがさっさと据え膳を食わないからこんなことになってるんだろうが!)」
それは……確かに、そうかもしれない。
はあ……、と紅さんは深い溜め息をつく。
「(言い訳をしようと思っていたのに、全部台無しだよ)」
「(なんか……すみません)」
「(いいさ。覚悟は決まった)」
決意をこめた瞳で、紅さんは俺の顔を見上げた。
まるでそこから光を放ち、俺を照らすかのように。
「(次は驚かない。怖がらない。準備もする)」
「(……準備とは?)」
「(こちらの話だ。キミはただわかっておけばいい。次にぼくの前で勃起したら、そのときが童貞喪失の瞬間だとな!)」
ぼっ……って。この人はまた、臆面もなく下品なことを……。下品な話をしてるんだから、多少はしょうがないが。
ともあれこれで一件落着か――と思っていると、
「(……ちなみに)」
ただでさえ抑えている声をさらに潜めて、紅さんが言った。
「(あの後は……その、どうにかなったのか?)」
「(……はい? どうにか、とは?)」
「(だって、ほら……男子はあの状態になると、処理をしないと元に戻らないと……)」
……………………。
「(紅さん。その参考資料は捨ててください)」
「(なっ!? なぜ資料の情報だとわかった!?)」
「(間違っているからです)」
誰かこの人にまともな性教育をしてあげてほしい。俺には自信がない。
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