本気のあたしを見せてやる⑩ 飽くまで医療行為


◆ 川波小暮 ◆


「もうちょっと寄ってー!」


 暁月はオレの身体を強引に寄せると、パシャっとスマホを鳴らした。


「いいね! 映えるね! やっぱ赤煉瓦しか勝たん!」


 オレたちは、ハーバーランド南部にある煉瓦倉庫に来ていた。赤煉瓦で組まれた倉庫を、洒落たカフェとかに改装した区画だ。

 年季の入った赤煉瓦の前で撮った写真を、暁月は嬉しそうにオレに見せて、


「ほら! コナンの表紙みたい!」


 まあ確かに。異人館街で着てたホームズのコスプレだったら完璧だったな。


「……お前、映えって言ってるけどよ。誰かに見せる予定でもあんのか、その写真?」


 写真の中では、オレと暁月が完全に恋人同士の距離感で画角に収まっている。こんなもん他人に見せたら勉強合宿のときの二の舞だぜ。


「別にいーじゃん。あたしが見返すだけだよ」

「見返すぅ?」

「このとき楽しかったなーって。だめ?」


 ことりと小首を傾げる暁月。そういう、ちょっと子供っぽい仕草が自分に似合うってことを、完全にわかっていやがった。ああ、わざとらしいね。そんな作りもんでオレが動揺すると思ったら大間違いだ。


「……ダメじゃねーけどよ。メシの写真も撮らないタイプのくせに、いつの間に宗旨替えしたんだろうなって思ってよ」

「ご飯の写真なんてどうでもいいけど、川波の写真はいくらでも欲しいもん」

「……うぐっ」


 ぞわぞわと腕を蕁麻疹が覆っていく感覚。

 いくらでも欲しいって。お互い、顔なんて毎日飽きるほど見てるのに、今更、写真の一枚や二枚……。

 言葉を口に出せないオレに、暁月はにひっと笑みを向ける。


「我慢我慢。ほら、あたしはなーんにもしないよ?」


 両手を顔の前でひらひらと振る。痴漢してないアピールみたいに。

 何もしてない……。そうだ、こいつはオレに指一本触れてない。メシを食わせもしてないし、身体を洗うことも、トイレに一緒に入ってきたりもしていない。……そう、大丈夫だ。何も、怯えるようなことはない……。

 しばらく呼吸を意識すると、蕁麻疹は収まっていく。


「いいねー。経過良好ってやつ?」


 体調を持ち直したオレを見て、暁月は満足げに肯いた。


「……本当にこんなんで治すつもりかよ……」

「あたしが怖くなくなったら、他の子なんて余裕でしょ? あたし以上のメンヘラこの世にいないし」

「威張るなっつの」

「へへへ」


 ああ、確かに、いざやってみれば、意外と耐えられる。

 女子の好意を徹底的に避けていたときよりも、この体質が怖くなくなってきたような気はする……。


「これは飽くまで医療行為なんだからねっ!」


 蕁麻疹の収まった腕に、暁月は抱きつくようにして自分の腕を絡ませる。


「あんたを治すために仕方なくやってあげてるんだから! 勘違いしないでよねっ!」

「似合わねーぞツンデレ。吐き気一つしねーわ」

「ふふふ。そう言ってられるのも今のうちだ」


 暁月はぴょこっと背伸びをすると、耳に息を吹きかけるように囁いた。


「(今日は立っていられなくなるくらいラブってあげるから、覚悟しておいてね?)」


 背筋が震える。

 それが不安から来るものなのか、別の何かなのか、オレにはもうわからなかった――


「――ふーっ♥」

「どぉわっ!?」

「あはは! ぞわってした? ぞわってした?」


 これは確実に別の何かだった。本当に息を吹きかける奴があるか!

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