本気のあたしを見せてやる⑧ 生徒会長が一番風紀を乱している


◆ 紅鈴理 ◆


 ど……どうしよう。話しかけられない……。

 結女くんたちまでもがデートに繰り出してしまった結果、昨日の異人館街のときと同じパーティ――ぼく、蘭くん、そしてジョー――で散策を続けることとなった。


 つまり、絶好の機会だ。

 昨夜の、ぼくの惨憺たる無様な逃亡を言い訳する、これ以上ない機会だった。


「ふわ……すごいですね、会長! わたし、本物の豪華客船を見たの初めてです!」


 蘭くんがちっちゃな身体で、聳え立つように停泊しているクルーズ船を見上げる。

 せっかく海の近くに来たのだから見て回るのも一興だろうと、港をぐるりと回ってきたわけだが……蘭くんはこういった港に来たのが初めてらしく、物珍しげにあちこちを見ては、感慨深げにぼくに話しかけてくるのだった。

 先輩として、後輩に慕われるのは嬉しいことだが、引き替えにジョーに話しかける隙がなくなってしまった。ジョーはすっかりいつも通り、背景に徹してしまっている。道行く人々には、ぼくと蘭くんの女子高生二人組にしか見えないだろう。

 異人館街のときのように、一瞬話すことくらいならできるのだろうが……残念ながら、今回は一瞬で済む話ではない。


 いつ話を切り出せばいいんだ……! というか、どう言い訳すればいいんだ……!


 考えれば考えるほどドツボに嵌まり、逆にぼくのほうからジョーを避けているみたいになりつつあった。


「それにしても……さっきから思ってたんですが……」


 蘭くんがきょろきょろと辺りを見回しながら言った。


「この辺りを歩いていると、何だか鴨川を思い出しますね。どうしてカップルというのは水のあるところが好きなんでしょうか」


 確かにカップルらしき男女をちらほらと見かける。ハーバーランドは神戸の定番スポットの一つなのだから当然の話だろう。しかし、カップル以外にも家族連れやぼくたちのような学生も見かけるので、言うほどカップルばかりというわけではない。


「カップルに限らず、人間が水辺を好むのさ。四大文明だって川の周りに栄えただろう?」

「……わたしが取り立ててカップルばかり目についてしまうのでしょうか。だとしたら、昨夜見たもののせいですね……」

「昨夜見たもの?」

「伊理戸水斗ですよ」


 と、蘭くんは吐き捨てるように言った。


「昨夜、旅館で伊理戸水斗が、東頭さんとイチャついていたんです。顔をぺたぺたと触ったり、胸を押しつけるみたいに抱き合ったり……あ、あんな、公共の場所で……!」


 おっと? 確かにあの二人、付き合っているとしか思えないくらい仲がいいが――ん? だったら結女くんは? ジョーの見立てでは三角関係ではないという話だが……。


「それは羨ましい話だね。周りのことが見えないくらいアツアツというわけか」

「何を言ってるんですか、会長! 自分たちの部屋の中ならともかく、誰でも入れるラウンジでですよ! そんな誰が来るともわからない場所で発情するなんて、理性ある人間のすることとは思えません!」

「……………………」


 そうダネ。

 誰が来るともわからない場所で、バニースーツで誘惑したり、男子を押し倒したりするなんて、理性ある人間のすることじゃないネ。


「わたしは悔しいです! なんであんな人が学年二位なんでしょう! 澄ました顔をして、心の中はケダモノなんですよ、きっと! 異性を辱めて喜ぶ変態なんです!」


 すみません。

 異性に興奮した箇所を言わせて喜ぶ変態ですみません。


「成績優秀者には生徒の代表として、もっと節度と良識のある行動を心がけてほしいです! 会長のように!」

「…………マッタクダネ」


 心がけます。節度と良識。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る