本気のあたしを見せてやる④ オタクは大体ギャルに偏見を持っている(偏見)


◆ 亜霜愛沙 ◆


「お願い! センパイとデートするときの服選んで!」


 と、お願いしてから数時間後、あたしたちは神戸ハーバーランドのショッピングモールにいた。

 同じ建物内でそれとなく男女に分かれ、向かうはファッションでアパレルなエリア。そう、この後あたしはお昼頃から、センパイと二人きりで遊ぶ約束をすでに取り付けているのだ! このボス戦に当たり、万全の装備を準備するのは当然のことである。


 デート服くらい事前に買え。


 と、言う向きもあるだろう。というか実際に言われた。ランランに、「なんで事前に買っておかなかったんですか?」とド正論を、ド直球に。あたしの答えはこうだ。


 あたしに正論が通じるか!


 見ろ! このあたしの私服を! ひらひら! ふりふり! 子供服一歩手前の地雷系! こういうのが好きなのだ! こういうのしか選べないのだ! 私服とコスプレの区別があまりついていないのだ! でも勝負デートに着ていく服でないことだけはわかるのだ!


 今まで、センパイと遊びに出かけたことがないわけではない。

 そのときは普通に、自分好みの服を着ていった。センパイはそのたびにちょっと嫌そうな顔をしたけど、むしろそれが楽しいまであった。


 けど、今日は違う。

 なぜならば、今日――あたしは、センパイに告白するのだから。

 だから! 恥を忍んで! 助けを乞おうと言うのだ!!


「なぜ微妙に尊大なのかは気になるが、まあ、一応は友人の、一世一代の大舞台だ。協力するのに吝かではないよ」


 と、すずりんは言った。


「以前から、キミのファッションセンスはどうにかしなければと思っていたしね」

「文句あるか! 可愛いだろうが! 地雷系!」

「だったらそれでデートに行け」


 ぐうう……。みんなすぐに正論を言う。これだから生徒会とかいうお堅い組織は。


「まあまあ、ちょうどいいじゃないですか! ただウインドウをショッピングするよりは、目的があったほうが!」


 と言ってくれたのは、生徒会ではないあっきーだった。


「あたしも、『この先輩、めっちゃモデル体型なのになんでこんな子供っぽい服着てんだろうなー』って思ってたんで、渡りに船ってやつです!」

「あっきーも普通にディスってない?」


 言っておくけど、世の中の地雷系愛好家を丸ごと敵に回してるからね、君たち。


「亜霜先輩、背が高くて細いから、カッコいい服も似合いそうですよね」

「デート服となると、また違うのかもしれませんよ、伊理戸さん」


 ゆめちとランランの後輩二人だけが真面目に話してくれる。もう一人の後輩、いさなちゃんは、なぜか辺りをスマホで撮影していた。見るからにインドア派なのに、意外と見られる格好をしているから不思議だ。ファッションってどこで習うの? 義務教育?


「まずは方針を立てるべきだね」


 と、すずりんが言う。


「星辺先輩と一緒に歩く服を選ぶんだから、そちらとの取り合わせも重要だ。今日の星辺先輩は――」

「ジャケットにジーンズで、色は寒色系でしたねー」


 と、あっきー。


「無難だけど、あれだけ背が高いと何着ても映えちゃいますよね。ずっこいなぁ」

「ホントそれね!」


 ウチのセンパイ高身長だからなあ! 186センチだからなあ! 何着てもカッコよくなっちゃうんだよなあ!


「愛沙。彼女面にはまだ早い」

「せめて告白してからにしましょうね、先輩」

「……すいませんでした」


 テンションが変な方向に振り切れている。どうやら人生最大のターニングポイントとなる日を迎えて、冷静ではいられないらしい。

 すずりんたちは続いて、いろんな意見を交わしていく。


「星辺先輩のほうが落ち着いた色合いだから、明るめのトーンでいいんじゃないかな」

「いいですねえーっ! もう冬だし、そんなにはっちゃけた色にはできませんけどっ!」

「パンツにします? スカートにします?」

「デート服といえばスカートのイメージですが」

「せっかくいい脚持ってるんだから見せなきゃ損でしょー!」

「そうだね。とりあえずパッドは取るとして――」

「ちょっ、待って! 取ったらブラのサイズが……!」

「「この機会に買え」」

「一応、勝負下着つけてきたのにぃ……」


 ゴチャゴチャ言いながら、目についたお店にゴー。

 そしてあちこちからアイテムを掻き集め、全部持って試着室にイン。


「ほれ、着たぞー。どう~?」


 カーテンを開けたあたしを見て、「おお~……」と、何とも言えない声が重なった。

 とりあえず叩き台、と押しつけられたのは、首回りが空き気味のブラウスに、膝上丈のプリーツスカート。全体的に制服コーデっぽくしたらしい。

 結果、


「これは……」

「なんというか……」

「……ギャル、ですね」

「うん、ギャルだ」


 ギャルだった。

 あとは首や手首にアクセサリーをぶら下げ、セーターを腰巻きにすれば完璧。

 ランランが「ぷくっ」と小さく吹き出した。


「似合ってますね。誂えたように。……ぷくく……!」

「おうコラ何ツボに入ってんだ! 由緒正しきオタクであるこのあたしが、事もあろうに尻軽ギャルっぽいってかあ!?」

「どっちかというとオタクに優しいギャルっぽいですよー! 本物のギャルはツーサイドアップにしないし。どう、東頭さん? オタク代表として!」

「え?」


 あっきーに急に話を振られたいさなちゃんが、試着室の中のあたしを見て、なぜかスマホのレンズを向けて、


「そうですね……。休み時間に寝たフリをしてるところに、馴れ馴れしく話しかけてきてほしいですね……」

「ほらっ、大好評ですよ先輩!」


 ぐぐぐ……あたしもオタクだから、言わんとすることはわかる!


「んー……でもなあ……」

「何か気に食わないのかい?」

「なんていうか、あたしの本気度が伝わるコーデにしたいんだよね。『今日はなんか違うな』って思わせたいの。でもあたし、普段からほら、ぐいぐい行くタイプだからさあ……」

「もっとギャップが欲しいってことですか?」

「そう! それ!」


 古今東西、ギャップは人の心の隙を突く! 普段のあたしを伏線とするのだ! これでオチない男はいない! あの唐変木の権化みたいなセンパイでも、たぶん!


「こういうコーデが効くのは、普段もっと真面目で大人しい子じゃない? 例えば――」


 瞬間、視線が一ヶ所に集まった。


「えっ?」「うぇっ?」


 清楚の生き見本・ゆめちと、地味女子代表・いさなちゃんが、戸惑って鼻白む。


「……ほう」

「……なるほど?」


 すずりんとあっきーの目が好奇心に輝いた。

 ふふふ……さあやってまいりました。脱線のコーナーっ!!






◆ 伊理戸水斗 ◆


「こんにちは~! この辺の人ですかぁ~?」

「違うんで。すんません」


 キンキンと甲高い声で話しかけてきた女性を、星辺先輩は軽く手で制していなした。

 このショッピングモールに入り、女子組と別れてから、これで二組目の逆ナンだった。逆ナンなんて、実在することすら今日初めて知ったのに、一日で二回もお目に掛かることになろうとは、驚嘆するばかりだ。

 やっぱり目につくんだろうな。女性からすると、星辺先輩の長身は。その証拠に、逆ナンをいなす星辺先輩の態度は、実に堂に入ったものだった。


「すんません、先輩。任せっきりで……」


 いつもは一番うるさく、そして一番遊んでそうな見た目の川波小暮は、どういうわけか女性が寄ってくるたび星辺先輩の背後に隠れていた。心なしか顔色も悪い気がする。


「あー? いいって。こういうときくらい年長ぶらせてくれや。っつーか意外だな、川波。お前、女に話しかけられるのが苦手なのか?」

「いや、まあ、普通に話しかけられる分には大丈夫なんすけどね……」


 恋愛はするものではなく見るもの、と公言するこいつのことだ。自分が言い寄られるなど面倒でしかない、といったところか。

 こんなことなら女子組と別れないほうが良かったかもしれない。向こうは六人の大所帯だから、なかなか話しかけられることはないだろうが……。


「こ……こんにちは~……」

「キミかわうぃ~ね~! どこ住み? LINEやってる~?」


 背後から話しかけられ、僕は溜め息をつきかけた。

 おいおい。今のさっきで。一体どうなってるんだ神戸の治安は。

 どこのアホが日本の治安を乱しているのか、と背後に振り返ると――


「あ、あは……あはは……ど、どうも~……」

「水斗君だし! びっくりだし! LINEやってる?」


 どこのアホかと思いきや、知っているアホだった。

 見た目に精神がついてきてないアホと、ナンパの引き出しが『LINEやってる?』しかないアホだった。

 二人とも、胸元は空き、スカートは短く、普段の大人しさはどこにもない。ただ、おどおどした態度と勘違いしたはしゃぎ方だけに、どうしようもなく本性が表れていた。


 形だけギャルを真似た陰キャが二人。

 伊理戸結女と東頭いさな。


「何やってるんだ、君たちは……」

「うっ、ううっ……! 怖いものなのよ、女子の悪ノリっていうのは……!」

「意外と悪くないですし! コスプレみたいでし! テンション上がりますし!」


 一人、ギャルの語尾が『し』だと思ってる奴がいるな。

 アホどもの後ろに目を向けると、けらけらと大爆笑している女子の集団が見えた。なんとなく状況はわかった。


「……で? どうやったら終わるんだ? 君たちの罰ゲームは」

「べ、別に罰ゲームじゃないけど……」

「水斗君が鼻の下を伸ばしたら即終わります! とうっ!」


 攻撃でもするような掛け声と共に、いさなが僕の腕にしがみついてきた。

 むにゅりと柔らかく、そして深い感触に腕全体が包まれて、いさなが僕の肩に顎を乗せるようにしながら「にしし」と笑う。


「ギャルは距離感が近いものです。おっぱいが当たろうがお構いなしです」

「大偏見を撒き散らすな」


 そもそも、普段と大して違わないだろ、君の場合。


「結女さんも遠慮せずどうぞー」

「えっ!? 私も!?」

「ギャルになりきるのです! 今だけ恥知らずになるのです!」


 いや、おいちょっと待て。それはマズいだろ――!


「――わ、……わかっ、た……!」


 制止する暇もなかった。

 結女は覚悟を決めた顔をすると、躊躇いがちにいさなとは反対側の僕の腕を取り――えいやっ、とばかりに勢いをつけて、身体全体でしがみついた。

 瞬間、上腕全体を覆った、いさなほど深くはないが、充分に柔らかく、充分な弾力を持つ感触に、僕の脳内でパチパチと火花が弾けた。

 結女は息のかかるような距離から、何かを乞うように僕の目を見つめて、言う。


「……どう?」


 どう……と、言われて、も。


「と、とりあえず……は、恥ずかしい」


 天下の往来でやることではない。通行人に見られている気がして落ち着かない。でも、そのおかげで、頭がどうにかなりそうなのを抑えられている。

 僕の言いたいことがわかってくれたのか、結女も急速に顔を赤らめて、


「そっ……そうね! ごめん……!」


 すぐにパッと離れてくれた。

 安堵すると共に、結女の体温がなくなった左腕が、少しだけ寂しくなった。

 一方、右腕にしがみつきっぱなしのいさなが「いひひ」と笑い、


「どうやらわたしのギャル力のほうが高かったようですね。ギャルは周囲の目を気にするような常識も羞恥心も持ち合わせてませんからね!」

「君もさっさと離れろ。あと、それ以上偏見を撒き散らすな」

「あうっ」


 解放された右手で押しやると、いさなはあっさりと引っぺがすことができた。大半のギャルは、君よりも常識を弁えているだろうよ。


 はあ、と息をついて、頭の中に湧いた熱を逃がす。

 ったく……男子側が大人しい代わりに、女子側がはっちゃけすぎだ、この集団は。

 僕はちらりと、普段のお堅い服装とは180度変わった結女を見やる。


 ――僕らは明日、同じ家に帰るんだぞ?

 今ここでは耐えられても……明日はどうなるかわからないだろうが、馬鹿が。






◆ 東頭いさな ◆


「むむ~ん……」


 何だか、ヘンな感じがします。

 わたしはうどんをずるずると啜りながら、テーブルの空気を探りました。


 隣の水斗君が粛々と焼きそばを口を運んでいるのはいつも通りですが、いつもよりほんの少し、正面に目を向ける頻度が少ない気がします。その正面、水斗君が目を向けない場所にいるのは、何を隠そう結女さんで、こっちもこっちで水斗君にはほとんど話しかけず、隣の南さんとばかり話していました。


 今日のお二人は、何だか少し距離があるような気がします。

 この席に座るときだって、一応わたしも気を遣って、水斗君の隣を空けておこうとしたのに、結女さんは見向きもせずに正面に座ってしまいました。

 まあ、隣より正面のほうが良かったのかもしれませんけど、わたしのうろ覚えの記憶によると、足湯のときは無理やりスペースを作ってまで水斗君を隣に座らせていたような気がするんですよね。


 水斗君だって、せっかく結女さんとの旅行なのに、全然アプローチをかける気配がありませんし。わたしの面倒を見てくれるのは嬉しいですけど、別にわたし、四六時中見られてないといけないほど子供じゃありませんしねえ。


 それに比べて、あの先輩の積極性には尊敬します。

 つい先ほど、皆さんに選んでもらったデート服に身を包み、待ち合わせに赴いていきました。その決意に溢れた後ろ姿は、まさに戦士のそれでした。あれが告白を決意した乙女の背中か、と感心したものです。


 ……って、なんだか他人事みたいに言ってますけど、そういえばわたしも、水斗君に告白したんでしたっけ。あのときのわたしも、あんな風に見えてたんですかね?

 まあ、水斗君と結女さんの場合は、よりを戻すという形になるわけですから、どうしたって、単純にはできないんでしょうけど。しかも、同じ屋根の下で暮らしているわけですからね――わたしみたいに友達に戻るっていうのも、そうそうできないのかもしれません。

 わたしだって、もし告白を断られたのではなく、付き合ってから何かあって別れる、という形だったら――うーん、さすがに気まずいですね。


 というか、よく義理のきょうだいなんてやれてましたね、二人とも。

 わたしだったら、部屋に引き籠もって出てこなくなるか、性欲に火が点いて爛れた生活になるかのどっちかですよ、絶対。

 そんなことを考えているうちにランチが終わり、全員でフードコートを出ます。


「暁月さん、午後はどこ行く?」

「あ、ごめん。午後はあたし、別行動なんだー」

「え?」


 するといきなり、予想外の展開がありました。

 南さんが素早くチャラ男さん(川波何某のことです)の腕を引き、堂々宣言したのです。


「それでは、あたしたちもこれからデートさせていただきますので! また夕方頃にー!」

「はあ!? いやっ、おい!」


 戸惑うチャラ男さんを引っ張って、南さんは雑踏に消えていきます。

 わたしも結女さんも、ほあーと口を開けてそれを見送るばかりでした。


「幼馴染みと聞いたときから、もしやとは思っていましたが……」

「い、いつの間に……」


 南さんといい感じになってる癖に、恋愛ROM専とか嘯いてやがったんですね。やっぱり許しがたいです。チャラ男死すべし。


「……どういうつもりなんだか」


 唯一、水斗君だけは、どこか訝しげな顔をしていました。

 10人中4人もがデートで離脱とは。生徒会主催の割に、風紀を乱しまくっている旅行です。こうなっては、むしろデートしてないほうがおかしいというくらい――


「む」


 閃きました。

 この流れに乗じればいいのです。


「水斗君」

「ん?」


 わたしは水斗君の服の裾を引っ張って言います。


「わたしたちもデートしましょう!」

「……は?」

「結女さんと三人で!」

「「……はあ?」」

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