君が見ている僕のこと① 真面目少女の闇と憧れ
◆ 伊理戸結女 ◆
「うーん……『家族』、とか?」
悩んだ末に絞り出した私の案に、明日葉院さんはしらっとした顔で言う。
「天涯孤独の人に当たったらどうするんですか」
「ええ? そこまで考える? ……うーん、でもゼロではないか……」
「そもそも、人を借りるってどうなんですか? 物扱いしてませんか?」
「まあでも、そういうお題もないと盛り上がらないじゃない、借り物競走って」
「難しいですね……」
放課後の生徒会室で、一年生が二人揃って唸っているのは、体育祭で行う借り物競走のネタ出しだった。
我が校の借り物競走はちょっと特殊で、『チェンジ』がアリになっている。引いたお題が難しいと思ったら、別のお題箱のところまで走って引き直すことができるのだ。そして、最初のほうのお題ほどハードルが高いものになっていて、チェンジを繰り返すたびに簡単になっていく――という、妙に凝ったルールになっていた。
簡単なお題を求めればその分時間がかかるけど、最初のお題をクリアしようと思うと難しい。
ゲームとしてバランスは良くなってるんだけど、それぞれの難易度に応じたお題を用意しなきゃいけないから、準備する側――つまり私たちは大変だった。
今もこうして、初っ端の最大難易度のお題で躓いている。
「いくら難しいお題と言っても、誰が引いてもクリアできるようにしなければ公平ではありませんよね」
「それじゃあ、定番の『好きな人』とかもダメ? 恋愛的な好きじゃなくても、友達を連れてくるのでもいいし……」
「友達もいない人だったらどうするんですか」
「う、うーん……チェンジできるんだし、そんなに気にしなくても……」
とは言うものの、中学生の私がそれを引いていたら悲しい気持ちになってしまうかもしれない。一年生のときは好きな人も友達もいなかったし……。
「単純に珍しいものでもいいのでは? 『漢検一級を持っている人』とか」
「あ、そういう資格系はアリかもね。でも、盛り上がり的にはもっとこう、パーソナルなお題というか……」
「……伊理戸さんは、どうしても恋愛系のお題を入れたいんですか?」
明日葉院さんはジトッと半眼になって私を見る。
私は思わず愛想笑いを浮かべて、
「ど、どうしてもってわけじゃないけど……やっぱりウケがいいから、そういうのって」
「……わたしにはわかりません」
拗ねたような調子で、明日葉院さんは呟いた。
「好きとか嫌いとか、彼氏とか彼女とか、そういうのって、そんなに面白いものですか?」
「……んー、まあ、それは人によると思うけど……」
明日葉院さんは過去に名前をからかわれた経験から、恋愛ごとに苦手意識があるらしい。そういう人がいるのはよくわかるし、私だって水斗と出会っていなかったら似たようなものだったかもしれない。
「それじゃあ、明日葉院さんは、どういうことを面白いと思うの?」
「え? ……そうですね……」
明日葉院さんは形のいい唇にそっと指を当てて、しばし考え込んだ。
「……わたしより身体の大きい男子たちが、成績の順位表でわたしより下にいるのを見るときは、最高に面白いと思っているかもしれません」
「そ……そうなんだ……」
薄っすらとどこか暗い笑みを湛える明日葉院さんに、わたしは表情を引き攣らせた。この子、何だか闇深そうじゃない?
「あなたも今のうちに覚悟しておくことです。わたしはすでに、中間テストに向けて準備を始めていますからね」
「え? もう? 早いなー……」
中間テストは一〇月の下旬――体育祭の後に予定されている。
私も意識してはいるけど、生徒会の仕事に慣れるので精一杯で、まだ手を付けられていない。
……しかも今回は、テストのさらに後に、もっと重要なイベントがあるから……。
なんて話をしていると、生徒会室の扉が開いた。
「ただいま。進んでるかい?」
「あ、お疲れ様です、会長」
「おっ、お疲れ様ですっ!」
入ってきたのは紅会長だ。後ろには羽場先輩を伴っている。
羽場先輩が無言で自分の席に戻ってパソコンを開く一方、会長は私たちが考えたお題のメモを覗き込んで、
「苦戦してそうだね」
「はい……。難しくしつつ、公平なお題にしたいんですけど」
「なるほどね。公平なお題か……」
むん、と会長は軽く顎に手を当てて、
「ジョー、何かいい案はないかな?」
呼ばれた羽場先輩は、キーボードからいったん手を離した。
「……借り物が通るかどうかは、審判の匙加減です。なので、あえて曖昧なお題にしてしまうのも手です」
「ふむ。お題に解釈の余地があれば、クリア不可能になることは確かに少ないね。代わりに審判の判断で弾かれるリスクは生じるから、難易度的にもいい具合になるだろう。例えば『○○っぽい人』とか」
「当然ですが、悪口にならないようにする配慮は必要です」
おお、なるほど……。そういう難しさもありなのか。走者の個性も出て、いい感じに盛り上がるかも。
「とすると……よし、ぼくから一つアイデアを出そう」
そう言うと、紅先輩はお題用の紙にペンでさらさらと何かを書くと、綺麗に折り畳んで用意してあったお題箱の中に入れた。
「何を書いたんですか?」
「引いてみてのお楽しみさ」
そう言って、会長はウインクした。言うことはカッコいいし、見た目は可愛いし、ホントずるいなあこの人。
「はううあ……!」
明日葉院さんが顔を赤くして胸を押さえていた。恋愛アンチではあるけれど、ときめきという感情は持っているらしい。
紅会長は会長席に腰掛けながら、
「二人とも、ネタ出しはいったんいいから、愛沙のほうに行ってあげてくれないかな。これから応援団との打ち合わせでね。一人じゃ手が足りないかもしれないから」
言いながら、会長はちらっと羽場先輩のほうを見た。
おや? と思ったところで、会長はさらに私のほうにも目配せを送ってくる。一瞬ではあれ、どこか訴えるようなそれに、ああそういうことか、と私は察した。
羽場先輩と二人きりになりたいらしい。
「え? でも、途中で仕事をやめるのは――」
「明日葉院さん」
仕方ないなあ、と思いながら、私は立ち上がる。
「お題を考えるのは、別にここでなくてもできるでしょ。猶予はまだあるし、今は亜霜先輩を助けに行きましょ」
「……そう、ですね」
躊躇いがちに立ち上がった明日葉院さんを生徒会室から連れ出していく。その間、彼女が後ろ髪を引かれるように振り返っていたのは、作りかけの借り物お題ではなく、紅会長の顔だった。
廊下に出て扉を閉めてから、私は明日葉院さんに言う。
「……もっと、会長と一緒にいたかった?」
「えっ!?」
明日葉院さんは小さな肩をびくっと跳ねさせて、それからそっぽを向きながら唇を尖らせた。
「そ……そんなわけないでしょう。子供じゃあるまいし……」
ここで私が思い返したのは、文化祭中、空き教室での紅会長と羽場先輩のやり取りだった。
これからこの生徒会室で、会長はどういうことをするのか――もし明日葉院さんが知ったら卒倒しちゃいそう。
そう思うと、明日葉院さんの無邪気な憧れがどうしようもなく儚く、そして愛しいものに感じられて、私は自然と彼女の頭に手を伸ばしていた。
「よしよし」
「馬鹿にしてるんですかっ!?」
怒られた。
でも、彼女を猫可愛がりする亜霜先輩の気持ちが、少しだけわかった。
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