書籍2巻発売記念SS 東頭いさなの好奇心(フェティシズム)

「おやおや。見てくださいよ水斗君。新刊台にオタクたちが群がっていますよ。哀れですねぇ」

「その意見によると、まさに僕たちも哀れな生き物だということになってしまうんだが」


 アニメショップの敷居を潜るなり飛び出した無礼千万な発言を、僕は窘めた。

 店から即刻摘まみ出されそうな発言をした女――最近できた友人であるところの東頭いさなは、張り出した胸を支えるように腕を組みつつ、ツンと無表情のまま顎を上げた。


「物欲に囚われた衆愚ども……」

「なんで今日はそんなに上から目線なんだ。君のどこにマウンティングできる要素がある」

「おっと、なかなかの鈍感さんですね、水斗くん。よく見てくださいよ、この状況を! わたしは今、まさに、『男連れで同人誌ショップに来る』というオタク女子の夢を叶えているのですよ?」

「え? なんだって?」

「シンプルに聞く気がない!」

「じゃあそういうことで」

「うわああ~~~~っ! 行かないでください~~~~~っ!! ちょっと調子に乗っただけなんです~~~~~っ!! 異性が一緒にいるってだけで優越感を覚えてしまう年頃なんです~~~~~っ!!」


 半泣きで縋りついてくる巨乳女を、僕は人が比較的少ない既刊コーナーに引きずっていった。店にも客にも超迷惑だ。

 東頭はぐすぐす言いながら、


「いいじゃないですか……いいじゃないですか……。男の人どころか友達とだってこういうところ来たことないんですから……ちょっとくらいテンションが上がったっていいじゃないですか……」

「ちょっとテンションが上がっただけでラピュタを手に入れたムスカみたいになるな。よく見ろ東頭。狭い店内ながら淀むことなく整然と移動し、黙々と新刊を物色するオタクたちを。僕の目には、たかが男友達を伴っただけで優越感に浸り、公共の場である店内で騒ぎ立てる女より、彼らのほうがよっぽどできた人間に見えるね」

「ううっ……確かに……わたしが歩いていくといつも不思議と道を開けてくれる、紳士な人たちです……」


 それは君が女子高生だからだと思うが、胸の内に留めよう。


「さあ、今日の目的はライトノベルの新刊だろ。さっさと手に入れて速やかに去る。それが狩り場の鉄則だ」

「いえっさー!」


 かくして、僕たちはそれぞれ分かれて新刊台へと向かい、所狭しと並べられた文庫本に対峙した。

 目当てのものは事前にある程度目星をつけてある。それらを速やかに回収しつつ、たまたま目に付いた他の本も手に取ってみる。これは東頭の奴が好きそうだな。

 一回りしたところで新刊台を離れ、僕は東頭の姿を探した。

 さっきの既刊コーナーを覗いてみたが見当たらない。ここにいないとなると、奥の同人誌コーナーか?

 僕は薄い本が一面に並べられた棚のほうへと向かう。美少女アイドルや美少女偉人や美少女戦艦が描かれた本の表紙をざっと眺めていきつつ、本物の女子の姿を探した。

 すると、


「……………………」


 ぼうっと、ガラス越しにトランペットを見つめる少年のような様子で、とある暖簾の前に立つ東頭いさなの姿があった。

 とある暖簾。

 言うまでもない。

 18禁コーナーとの境界に掛けてある暖簾である。

 東頭はまず、右を見た。

 それから素早く、左を見た。

 そしてもう一度、右を見た。

 よしっ、と小さなガッツポーズをひとつ。

 然る後に、あたかも戦場に出陣するかのような力強い足取りで、暖簾を潜ろうとした。


「させるか」

「あうっ!」


 僕は東頭の襟の後ろを引っ掴み、不法侵入を阻む。

 東頭は恐る恐るこちらを振り返り、あうあうと口をぱくぱくさせた。


「み、水斗君……ち、違うんです」

「え? なんだって?」

「ちょ、ちょっと道に迷っただけなんです。ほら、結構入り組んでるじゃないですか?」

「え? なんだって?」

「だ、だから決して、エッチな同人誌やエッチな漫画やエッチなゲームに興味があったわけでは……」

「え? なんだって?」

「全然聞いてくれない!」


 聞く価値のない言い訳だからな。


「別に言い訳しなくたって、君がエロいことくらい知ってるし、健気系の子に強引に迫るシチュが好きなことだって知ってる」

「なっ、なんで知ってるんですか!?」

「何だったら、普段、隣に座ってる僕の鎖骨の辺りをじっと見てることがあるのも知ってるぞ」

「殺してください!!」


 東頭は顔を覆って耳まで赤くする。


「だって水斗君が無防備だから……あんなの見ちゃいますよう……わたし悪くないです……」

「……君が言うか」


 こいつ、自分の豊かな胸が僕の視点からどういう風に見えてるか、まったくわかってないんだな。


「まあ……」


 僕は目を逸らして誤魔化しつつ、


「僕のことだったらいくらでも見ていいから、法律を犯すのはやめとけ」

「えっ? いくらでも見ていいって言いました?」


 さっきまで羞恥に震えていたのが嘘みたいに、東頭はパッと顔を上げた。

 僕は危険を感じて後ずさる。


「え……えっと……それじゃあ……」


 にへへ、と可愛らしくはにかみつつ、東頭は好奇心に満ちた瞳で、ずいと僕に迫る。


「ちょ、ちょっとだけでいいので……の、のどぼとけのほうを……」

「……きも」

「キモいって言ったあ~~~~~っ!!」


 これから、隣に座るときはちょっと距離を取ろう。そう心に誓う僕だった。

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