元カップルのゴールデン・メモリーズ 5月4日(金)
今日はいつもより遅めに目を覚ましたあと、部屋の中に籠もってたしたしとLINEをしていた。
友達のメッセージに相槌を打ちながら、頭の奥で思い出すのは昨日のことだ。
昨日は久しぶりにすごく楽しかった。時間も何も気にしないで、好き放題に好きな本のことを語る――夢中になった時間が記憶となって固まって、胸の中で熾火のようにパチパチ火花を散らしている。その温かな余韻が、まだ全身に巡っていた。
以前もああやって彼と同じ本について語り合ったことはあったけれど、あの頃はいくらそうしたいと思っても、一晩か二晩はその気持ちを抱えていなければならなかった。でも今は同じ家で暮らしている。話したいと思えば、すぐにでも本を押しつけて読ませることができるのだ。
そう思うと、義理のきょうだいになどなってしまったことにも、少しくらいは価値があったのかも――
などと思いながら部屋を出てリビングに降りると、当の男が裸で眠りこけていた。
「……………………」
100年の恋も冷める。まあ恋なんてしてないけど。
トランクス一丁でソファーに寝転んだその男は、よく見ると髪が少し湿っている。シャワーでも浴びたのだろう。眠気覚ましのためだったんだろうけど、なのに眠りこけているとは一体どういうことなんだか。
「昼過ぎまで寝たりしてるから……」
……昨日は夜遅くまで私に付き合ってくれた。だから起きるのが遅くなったのだろう。
つまり、この状況の一因は私にあると言って言えなくもないかもしれない。
このままじゃ風邪をひくし、起こすべきなのかな……。だとしても、どうやって? 呼びかけて? それでも起きなかったら揺すって? ……ええ? この半裸男のどこを揺すれば……。
「……ん……」
考えているうちに水斗が寝返りを打った。横を向いて背中を丸め、まるで赤ん坊のような姿勢になる。
……そういえば、この男の寝顔なんて見たことあったっけ。
下着事件のときに、寝たフリをしているところを見たことはあったけれど――まさか、これも狸寝入りじゃないわよね?
私はこそっと寝顔を覗き込む。
「……すう……」
穏やかな寝息が聞こえた。間近からいくら眺めていても、瞼を開ける気配はない。というか、さすがのこの男でも、裸で寝ているところを私に見られていると知れば飛び起きるだろう。
「…………寝顔だけなら可愛いのに」
ぽしょりと呟いた。ほんと、憎たらしい口さえなければ……。
私は自然とスマホを取り出して、その寝顔に向けた。うん、自然と。珍しいものを見たときにスマホを向けてしまうのは、現代の女子高生の、いいや地球人類のごく自然な習性なのである。ごく自然な。
ぱしゃり。
穏やかに眠る顔を、スマホの中に切り取った。
その瞬間、
「んん……」
と水斗が呻き、身じろぎをした。
……お、起きた……!?
私は慌ててリビングから飛び出す。そのまま一気に階段を駆け上がって、自分の部屋に逃げ込んだ。
「……セーフ……?」
ドア越しに気配を探って、水斗が追いかけてこないのを確認する。はあ、と安堵の息をついた。
……何してるんだろ、私。
不意に我に返って、スマホの画面を見る。そこには、裸で眠る義弟の寝顔が、私が見たままに保存されていた。
なんでこんなの撮ったんだろ。
もし何かの拍子に他人に見られたらどうするのだ。こんな写真、持っていても百害あって一利なし。さっさと消しておくべきだ。
「…………うん」
私は『消去』に指を向けた。
夕方にもう一度リビングに降りると、ばちゃっと液体が弾ける音が聞こえた。
「うわっちゃあ……」
入ってみれば、キッチンのほうで水斗が顔をしかめている。その足元に、牛乳らしき白い水溜まりが広がっていた。
彼は、服を着ている。
当たり前だけど。
「あーもう、くそ…………ん?」
水斗が私に気付いて、こっちに目を向けた。
私は反射的にぷいっと顔を背ける。
そのまますたすた歩き去った。
「チッ……無視か……」
不機嫌そうな舌打ちを聞きながら、私は手の中のスマホをきゅっと握る。
……まあ、そのうち、何かに使えるかもしれないしね。
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