おいでませ、ホテル "エリュシオン" へ

妖神 風怪

第1話 プロローグ



……私は今、声を潜め、気配を消し、物音をたてないようにしている。

何故なら自分は今、逃亡の身であるからだ。

今でもなぜこんなことになってしまったのだろうか…。

…と、考えたが、思い返せば、私が"勇者"として産まれてきてしまった時点で、こうなる人生だったのかもしれない。


私は…ただただ、皆の平和を守るために、危険な魔物、辛い道のり、様々な苦難を乗り越え、魔王を倒す。それだけだ。それが終われば、私もようやっと1人の"人間"として、普通の生活を送れる。そう、思っていた…。


だが、魔王を倒し、国に戻れば、国の皆から"化け物"と呼ばれ、国からは『いつか世界を滅ぼそうと企てる化け物』として、全世界から『指名手配』され、全世界から"敵"と見なされている。そして、世界が私を殺そうと襲いかかってくる。だが私は、暗殺者はともかく、一般人を斬ることは絶対にできない。


その為、私は逃げる。ひたすら逃げる。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げまくった。


そうしていたら森についた。真っ昼間だというのに夜のような暗さだ。隠れるには最適である。丁度、後ろからは誰も来る気配はない。しばらくココで身を潜めよう。ついでに、しばらく辺りを散策しよう。湖があるかもしれない。あったら水浴びをしよう。


そんなことを考えながら、私は森に入っていった。











このときはまだ、考えもしていなかった。この森に入ったことで、私の人生が大きく変化することになることを…。











中に入ってしばらく探索を続けてた所、突然、全身疲労や空腹感、喉の渇きが私を襲った。


あまりにも突然過ぎたことで、私はその場で倒れてしまった。


そして私は悟った。


自分は、この森の中で死ぬのだ…と。


このまま、魔物に喰われて朽ちてしまうのか…と考えると、悲しみがあふれでてくる。今まで人々を守るために倒してきた魔物に喰われるということ。守ってきた人々から命を狙われるということから、涙が先程から止まりそうにもない。幸い、周りにはだれもいない。だから、私は声をあげながら泣いた。この世に産まれて、初めて、泣いた。大声で泣いた。たくさん泣いた。時間を忘れてしまうほどに。


そしてひとしきり泣いた後、私は目を閉じた。このまま寝れば、天国に行けるかもしれないから。

そして私は、深い眠りに落ちていった。








………………………………

…………………………

……………………

………………

……………

………








…ん?なんだ?いい匂いがする。それに、何か柔らかいものに包まれている感じがする。それと…人の気配………人!?


人がいることがわかったとたん、私は思いっきり体を起こした。襲われるかもしれないと思ったからだ。

だが、実際起きたら、白い服(確か宮廷薬師が着てた白衣だっけか…)を着て、長くボサボサな白髪、小さめな眼鏡を掛けた女性(胸は…私が少し…勝ってると…信じたい…)が、おそらく突然私が起き上がったから驚いたのだろう、一瞬、体がビクッと動いて、呆然とした目で此方を見ていた。その手には…おそらくスープが入っていると思われる食器を持っていた。


「あ…え~と…体は大丈夫かい?」


と女性が質問してきた。そう言われて私は自分の体が軽くなっているのを感じた。スッキリ感がある。なので、私は首を縦に振った。

そしたら、女性はにっこりと笑い、


「ならよかった。あ、これ食べるかい?」


と私にさっき持ってたスープの入った食器を渡してきた。受け取ろうとして、直ぐに手を引っ込めた。もしかしたら、罠かもしれない。と思ったからだ。


女性は私の考えていることがわかったのか、


「別に毒とか入ってないよー、入ってるとしたら食材と愛情だけだよー」


と笑いながら私が寝ているベッドの真ん中はしっこ辺りに腰かけてきた。


「そ、そういうことなら…頂こう」

「ウンウン、頂いて頂いて。そうしたら料理長も喜ぶから。なんなら、私が食べさせようか?」

「結構です‼」

なんちゅう事を言い出すんだこの女は!

「ツッコミを入れるくらいは元気になってる…と」

「なに書いてるんですか!?」

「健康状態チェック表」

「あ…はい」


健康状態チェック…チェックという意味がよくわからないが、恐らく私の具合を記録しているんだろう。そう思ったら、何も言えなくなった。…じゃなくて!


「いただきます」


そう呟き、私はスープを一口飲み…一気に飲み込んだ。


「アア!そんな一気に飲み込んだら…」

「!!ゲッホゲッホ!ゴホッ!」

「アアホラ!いくら美味しいからって一気に飲み込まないの!」

「ずびばぜん…ゴホ!」


恥ずかしくて仕方がない。死ねる気がする。恥ずかしさのあまりに。

けど、そうしてしまうほどに、このスープはとても美味しいのだ。今まで食べてきたものより確実に。


「すいません、美味しすぎて思わず…」

「まぁ、気持ちはわかるよ。私も最初はそうしちゃったから」

「そう…ですか」

「そうそう、でも、これからは気を付けるように、医者として言っておくけど」

「…わかりました」


医者として…か…。そう言われて、昔の事を思い出す。昔、逃亡の身となって、逃げてたとき、大怪我をして、医者に見てもらった。その時、医者は優しく看護してくれてたので、油断してたのかもしれない。その夜、私は、その医者に殺されそうになった。なので、私は窓を破って逃げた。

その事を思いだし、悲しくなった。あれほど泣いたにも関わらず、だ。

そんな私の心境を察したのかわからないが、その医者はいきなり私を抱き締めてきた。


「…!?な、何を!?」

「んー?君が悲しそーな顔してたから、じゃ理由にならない?」

「いえ…過去の出来事を思い出しただけです」

「……ねぇ、今思ったんだけどさぁ」

「はい?」

「君、結構鍛えてるね?」

「って!どこ触ってるんですか!?」


本当、この医者はなに考えてるのかわからないな!


「あ、そうそう、君に言いたいことがあったんだ」

「?何でしょう?」

「君がいた世界はどんな名前?」

「!」


そう、医者に言われた途端、私は涙があふれでてきた。


「アァ、ゴメン!気に触っちゃったかい?」

「…何で」

「え?」

「何で私がいた世界のことを聞こうとするんですか!得があるわけでもないのに!」

「何でって…、聞かなきゃ"コッチの世界"についてなにも説明出来ないからだよ」

「…?それはどういう…」

「質問してるのはコッチ。質問に答えて」


質問しようとしたが、その前に医者が怒気の孕んだ声で言ってきたので思わず「アスクラレールと言います‼」と、早口で私がいた世界の事を話した。ついでに、私の今までの人生についても。何故かはわからないが、私の人生について医者に聞いてほしかった。


「なるほどねー、そんな波乱万丈な生活してたんだ」

「…はい」

「大変…だったんだね」

「…はい」

「………」

「………」

「よし、温泉行こう」

「今この空気のなかでどうしたらそうなるんですか!?」

「んー?この空気だから"こそ"、だよ?」

「…は?」

「今何かを思い詰めるより、一度頭をスッキリさせてから考えた方が、色々アイディアがポンポン出るもんだよ?」


なるほど、一理ある。


「取り敢えず、一緒に温泉入ろ?」

「…はい」

「あ、そういえば1つ聞き忘れてたことがあった」

「何でしょう?」

「君、名前何?」


言われて自分が、まだ一度も名前を名乗ってなかったことに気づいた。


「私の名前は『プライム=レイブランド』と言います」

「じゃあ『レイちゃん』って呼ぶね♪私は『ドクトル・インス』、『ドクトル』って気軽に呼んでね♪レイちゃん」

「…レイはともかく、レイちゃんは止めてください!ドクトルさん!」

「ハハハハ!じゃあ早速温泉行こうか!」

「はい!」


最初に出会った人がぶっ飛んだ人で正直、不安だったが、話していくなかで、確信していることがある。











…私は、この世界で2度目の人生を歩んでいくということだ。



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