夜の月は静かに語る

影月深夜のママ。

第1話 ただひたすらに、北へ、北へ

 

 そのことを思い出したのは、夏の終わりのことだった。

 そのとき、僕は無口な一人の少女と鈍行列車のボックス席に座っていた。僕たちはたくさんの荷物を抱えてはいたが、行く宛はなかった。ただひたすらに、北へ、北へと列車は僕たちを運んでいた。何十分かに一度、知らない駅の名前を告げられる度に、これからどこまで行くのだろうかと考えた。きっと、どこまでも行くのだ。

「もしかして後悔しているの」と少女は聞いた。

「どうしてそんなことを聞くの?」と僕は聞き返した。

「寂しそうな顔をしてるから」

「そんなことはないよ。ちょっと、あることを思い出していたんだ」

 列車が長いトンネルを抜けると、辺りの陽はもうすっかりと暮れてしまっていた。気が付けば列車は海沿いを走っていて、水平線の向こうに浮かぶ月の明かりが、水面の波をかすかに照らしていた。

 見慣れない風景に遠くまで来てしまったのだと、しみじみと感じた。ここにはかつて愛した人々はもういない。それらは失われてしまったもので、もう元には戻らないのだ。

 僕は涙を零さないように、目を閉じて、窓にもたれかかった。ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトンと繰り返される音が、僕を慰めてくれるようだった。

「話して」と少女は言う。

「ん?」

「思い出していたについて」

「いいよ。でも面白い話じゃないかもしれない」

 少女は頷く。

 列車の中に、次の駅の名前が響く。相変わらず聞きなれない地名だ。今夜はここで降りて、泊まれるホテルを探すことにしよう。公園で野宿というわけにはいかない。目的地には、まだ遠いのだから。


「僕の20歳の誕生日の話だよ。20歳の誕生日を一番最初に祝ってくれたのは、先生と彼の奥さんだったんだーーー」



 

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