第20話 想いの在処

二〇一三年十一月二十二日午後七時十分


「それでは人財育成チーム初の打ち上げということで、今夜は存分に楽しもう! それでは……」

「「「カンパ~イ!」」」


 今夜は早々に仕事を切り上げて、人財育成チームのみでは初となる食事会をすることになった。実際、新卒で入ってきた高木君が入ったときには支社全体での歓迎会はしたものの、その後は高木と食事に行く機会はなかった。

 でも、ボズとの出逢いからどれだけ自分自身がそもそも想いを相手に伝えてこなかったか、それと同時に、どれだけ相手の想いを確認してこなかったかを痛感したので、まずは人財育成チームの団結力を高める意図もありつつ、一緒に食事をとりながらざっくばらんに話すことのできる機会をつくることにした。


 そして、何より仁は正直高木とどう接したらよいか全然わからなかった。接点を持ってこなかったから当然といえば当然だが、そんな状況だから「どんな仕事なら任せることができるのか?」「そもそもこの仕事についてどう思っているのか?」さっぱりわからない。

 すべてみなみちゃん任せだったから、仁ができることといえば、テレビや新聞などで言われている情報を頼りに、高木=ゆとり世代という一括りにすることだけだ。


「そういえば、高木君は学生時代自転車で日本一周してきたんだよね? そのときどういうルートで回ったの?」

「!?」 


 と、みなみちゃんが高木に質問をした内容に仁はビクッと反応した。なぜなら、仁はサイクリングが好きで、休みの日はクロスバイクであてもなく街中を駆け巡ることをとにかく楽しみにしている。


「当時は長野の大学にいましたので、長野から東京に向かい東北地方の太平洋側を北上して、青森からフェリーで函館に向かったんです。夏休みの期間を利用したので北海道を全部回ることはできなそうでしたので、函館~小樽を往復するついでに摩周湖や昭和新山を見に行きました」

「へぇ~、摩周湖行ったんだ! おれはまだ行ったことないけど、本当に摩周湖の水と深くまで透き通って見えるの?」


 仁は高木の話が気になり、意気揚々と話に紛れ込んだ。

 

「前日雨が降ったようで若干濁っているような感じがしている箇所もありましたが、全体的には本当に透き通って見えて、じっと見ているとなんか吸い込まれそうな感じでした! でも、個人的には函館に行けて良かったです」

「へぇ~、それはなんでなの、高木君。私は函館に行ったことないから興味あるなぁ」

「みなみちゃんはまだ行ったことないんだ!? おれは一回だけ行ったことあるけれど、函館山からの夜景はすごかったな~」


 自分を含めた両親と兄と四人で、北海道に家族旅行に行った時のことを、仁は思い出した。


「梅里部長も函館に行ったことがあるんですね! 本当にすごかったですよね、函館山からの夜景。半島に沿って灯りがついていて、規則正しく配置されている感じにただただ感動して見てました」

「おれもそうだったよ。あと、函館といえば、五稜郭! 新選組副長の土方歳三が最後まで新政府に抵抗した地に実際に行けたことに感動したよ! まだ当時から一五〇年しか経っていないけど、当時と今は全く変わっているから想像することしかできないけどさ」

「そういえば仁さん、歴史大好きだっていってましたね! 大阪にいた頃も、「歴史のある建物や土地はない?」って興奮しながら何度もきかれましたし」

「梅里部長もなんですね!? 実は自分もなんです!」


 みなみは仁と高木の話の盛り上がりようについていけず、でも楽しそうに話している二人を嬉しそうに眺めている。

 

「そうなんだ! 高木君もなんだね。おれは歴史を辿ることは大好きだけど、けっして知識が豊富にあるわけではないよ。なんか当時のことを少しでも知った上で、歴史的な建物や土地に訪れると、そのときのことが少しでも感じられる気がしてね。ちなみに、高木君は何時代が好きなの?」

「ぼくは特にこの時代が好きというのはなく、その地方にまつわる歴史全般にすごく興味があるんです。だから、自転車で日本一周もただ日本一周をするのではなく、『行った先々の歴史に触れてみたい!』という想いがあったので、行った先々の地元の方に色々話を聴きながら巡ってました」

「それは面白そうだね! おれもそういったこと学生時代のうちにやっておけばよかったな」


 そう、学生時代のうちにいろんなことにチャレンジしておけばよかったと本気で思う。

 なんとなく大学一年~三年まで過ぎてしまったから、高木君のことがすごく羨ましい。

 その後の話を聴く限りでは、大学三年生のときには学園祭の実行委員長も努めたり、農業インターンを全国規模で開催する実行委員会を結成して、就職Uターンの活性化を促す活動をしたり、学生時代を思う存分満喫したようだ。


「いやぁ~、高木君の話を聴いていたら、また函館とかいろんなところに行きたくなったよ――そういえば、話は変わるけど、高木君はどうしてうちの会社を選んだのかな? 話を聴く限りでは、農業に関わる仕事をしていきたいのかなって思ったんだけど……」

「確かに農業には今後も関わっていきたいと思っています。実家が農家なので、卒業後はあとを継ぐつもりでいました。しかし――ぼくが大学三年の冬に、突然父が倒れまして……」

「そうだったの!? で、親父さんは今元気にされているの?」

「はい、今は元気になって毎日楽しそうに畑仕事をしています! でも、本当に突然倒れた十二月から三月までは父も危うい状況が続いていまして……でも、父が倒れたことを聞くやいなや、すぐに駆けつけてくれた方がたくさんお見舞いに来てくださいまして」

「へぇ~、親父さん人気者なんだね。どういった人たちが来てくれたの?」

「以前父のもとで農業の教えを請いに来ていた方々がほとんどで、他には取引先の社長さんや担当者の方々。実はぼくが小さい頃から父は農業ができる若者を育てるための合宿や、取引先の担当者の方も集めて勉強会や交流会を企画していまして。よくうちに合宿に来ていたお兄さんやお姉さんに遊んでいただいたこともあり、今でもずっと交流が続いているんです。その方々が、父が動けなくなった代わりに畑仕事や家事、父の介護をすすんで引き受けてくださったりして……」


 当時のことを思い出しているのか、高木君はとても嬉しそうな顔をしながら少し涙目になっている。


「その間に父の容態は順調に回復して、今ではこれまでと同じように――いや、今まで以上に若手の育成に力を注ぎながら、母と共に畑仕事をしています」

「そんなことがあったんだ……でも、だったらなおさら跡を継ぐっていうことを考えなかったのかな? 私だったら、そう考えると思うんだけど」

「そうですよね。実はぼくもそのことがあってから、余計に父の跡を継ぎたいって思うようになったんです。しかし、父の容態が良くなってきた二月にたまたま父と二人っきりで話すことがありまして――」





***


「そういえば、優太は進路どうするんだ?」

「進路は父さんの跡を継ぐために、実家に帰るつもりだよ」


 そう言うと父は喜んでくれると思ったが、布団から体を起こした父は真剣な表情をしたと思ったら急に苦笑いをし出した。


「……本当にそれでいいのか?」

「ん? どういうこと?」

「今回の一件があったからそう思ったんじゃないか、と思ってな。もしそうならもう一度しっかり考えてみないか?」

「なんで!? だって、おれが家に戻って父さんの手伝いが出来た方が、もっと父さんがやりたいこともやれるし、それに――」

「そう、それだ! それがあるからなおさら、な」

「??」

「つまり、おまえは自分で決めているように一見すると見えるが、「私のため、父のため」という大義名分でやっているのではないか? 本当に優太自身がやりたいことは、私の手伝いをすることなのか?」

「本当に……おれのやりたいこと?」


***





「そういった父とのやりとりがあった後、もう一度自分と向き合ってみたんです。「実家の跡を継ぎたいのは本当に自分の想いなのか?」って」

「!?!?」


 最後の言葉を聴いた瞬間、仁はドキッとした。

 その言葉は、仁が光恵さんからもらった問いかけにそっくりだったからだ。


「それで、本当に自分の想いなのか確認するために、自分の想いをそのとき手伝いに来てくれたみなさん全員に聴いてもらって――」

「全員!?」

「そう、全員です。自分の想いがよくわからなかったので、出来るだけ多くの人に聴いてもらいたいと思いまして。結局、地元の友達にも聴いてもらうことにしたんですが、予想以上に時間がかかってしまって」

「それはそうだよね、手伝いに来てくれた人だけではなくて、お友達にも聴いてもらっただもん。結局どれくらいの人に聴いてもらったの?」

「人数は数えてはいないから正式にはわかりませんが……恐らく一ヶ月で三〇〇人くらいかと」

「三〇〇人!? しかも、個別にだよね?」


 照れ臭そうに話す高木からは、威張っている感じは全く伝わってこなくて…。

 むしろ、やりたいようにやってみたら、たまたまそのくらいの人数になった。そんな印象を仁は受けた。


「ほとんどの方が個別でしたが、友人は何人か集まってもらって話を聴いてもらっていました。そのおかげで、今自分はどうしたいかの想いがしっかりわかったんです。それが、『いずれは跡を継いで、自分も農業を中心に地元を活性化するために若者の育成に関わりたい。でも、まずはそのために農業だけではなくて、育成に関わる知識や経験を得て、実践を積みたい』と」

「それでうちの会社を? でも、うちの会社は今年、新卒は採用しないってアニキから聴いていたけれど」


 立志社のメンバーはほとんど中途採用のベテランメンバーで固められており、事務以外での採用は当分しないと仁は以前アニキから聴いていたのだ。


「はい。実際、リクナビやマイナビなどの求人などに求人情報が載っていませんでした。なので、直接研修会社を探して、直接アプローチをすることにしたんです。それで、アニキ、正木社長に出会ったとき「この人のもとで学びたい!」って思って、その場で想いのままに話させてもらったんです」


 そんな経緯があったんだ。

 思ったらすぐに行動するのはまるで……


「思ったらすぐに行動するなんて、まるで高木君は仁さんみたいですね!」

「こら、みなみちゃん! それじゃあまるでおれが猪突猛進の猪みたいじゃないか」

「あれ? ちがいました?」

「うっ! ……否定はできない……かも」


 みなみちゃんにはかなわないな。でも、確かに思ったらすぐに行動するのは自分と似ているけれど、行動力だけではなくて、自分自身の想いを持って動いてきた高木君は、今の自分にとっては見本のような存在かもしれない。


「梅里部長もなんですね! なんかそれは嬉しいなぁ。本社配属にならなかったのは残念だったけれど、梅里部長や佐倉リーダーと一緒に働けることに今はやりがいを感じてるんです! 早くお二人と一緒に研修担当として前に立てる日が楽しみで、そのための準備を今はしている最中で」

「準備?」


 仁はまったく思い浮かぶことがなく、疑問で高木に返答した。


「あれ、仁さんに報告してませんでしたっけ? 仁さんが「高木君にはまだ研修担当は任せられないから」と仰っていたので、私の補佐として活躍してくれているんですよ。こちらが一つの指示を出すと、その仕事をただこなすだけではなくて、それに毎回必ず+1の工夫・改良をしてきてくれるので本当に助かっているんですよ」

「それは佐倉リーダーが毎回適切な指示をくださるからできるんです! しかも、毎回新しいチャレンジができる環境を用意してくださるので、研修の仕事が直接自分でできなくても、それをサポートできているという実感が焦りをやりがいに変えてくれたんです」


 彼女と高木君はお互いのことに感謝し合いながら、目の前でとっても楽しそうに話をしている。その反面、自分は居心地の悪さを感じていた。


 状況をわかっていなかったのはおれだけでは?




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