第8話 波乱
二〇一三年七月二十六日 午後八時
「「お疲れさまー、カンパ~~イ!」」
「ぷはぁ~。ビールではないけど、一区切り着いたあとに飲むお茶は美味しいな~」
「あははは! お酒が飲めないのは相変わらずですね、仁さん。でも、本当にまずは全体会議の大成功おめでとうございます!」
「ありがとう、佐倉リーダー。いやぁ、本当に佐倉リーダーがいてくれて助かったよ~。おかげで、自分は自分でやりたいことに専念できたし!」
「本当ですか!? それは良かったです! でも、これからが本番ですね、仁さん?」
「そうだね。九月一日から本格始動だから、それまでにまた出来るだけの準備をして挑まないとね!」
そう、今日社長と全国の支社長が集まっての全体会議が、東京支社で開催されたのだ。昨日支社長や部長に頂いたフィードバックが功を奏して大成功だった。
順調に会議が進み、予定通り九月一日から本格始動することが正式に確定。これまでの試行期間から一年近く経ったけど、ようやく自分の考案したプロジェクトが日の目を見ることが決まったことに手応えを感じた。
会議が無事終わって、軽く出席者のみなさんと食事を摂ったあと、今回の立役者の彼女にお礼がしたくて、二人で二次会に誘って今がある。
「そういえば、こうやって二人だけで食事するのは久しぶりですね」
「そういえば……ちょうど佐倉リーダーとプロジェクトを立ち上げた当初に行った以来だっけ?」
「そうだと思います。大阪にいた頃はけっこう会ってましたよね?」
「確かに! 佐倉さん、よく食べてたのを覚えてるよ♪」
「そ、そんなことは忘れても大丈夫です!」
「ははは。ごめんね。でも、本当に佐倉さんと同じチームで仕事できて嬉しいよ! 改めて、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ! こんなに充実した日々を過ごせるなんて、私は超幸せ者です」
そう言う彼女は、本当に素敵な笑顔で笑う。
「お互い様だね! お礼に今日はおごるからじゃんじゃん食べてね」
「ありがとうございます! でも、この場は私も仁さんにお礼をしたいので是非割り勘をさせていただいて……一つだけ頼み事を聞いてもらえますか?」
「そうなん? まぁ佐倉さんがそうしたいなら、別にそれで構わないけれど……ぼくで叶えられることがあればなんなりと!」
このプロジェクトは彼女の支えがあって成り立っている。
彼女になんらかの形でお礼ができるのなら。
「じゃあ……大阪にいた頃、オフの時間に二人で会ったときは佐倉さんではなくて『みなみちゃん』って呼んでくれていたじゃないですか?」
「そういえば……会社の同僚になってからは建前を気にして、いつの間にかそう呼ばなくなってたかも」
研修を一通り終えた後、関係者を集めてお疲れ様会をやったとき、たまたま席が隣同士になり話が盛り上がったのである。
その後、何度か仕事後にカラオケやボーリングしに行ったりして、気づいたら「仁さん」「みなみちゃん」とお互いを呼び合う仲になっていた。
「はい……なので、会社のときはこのままで構いませんが、会社を出たら昔のように『みなみちゃん』って呼んでもらえませんか? なんか、前は『みなみちゃん』と呼ばれていたのに、『佐倉さん』と呼ばれると他人行儀に聴こえてしまって……」
「そっかぁ。確かにそれは一理あるね。全然気づかずにごめん! じゃあ、会議の時とか以外はこれまで通り『みなみちゃん』って呼ばせてもらうね!」
「ありがとうございます、仁さん!」
そう飛びっきりの笑顔で言ってもらえると、それだけでこれからはそう呼びたくなる。
「でも、女性ってみんなそうなのかなぁ?」
「ん? なにがですか?」
「いやぁ、そういえば妻も仲良くなってすぐの頃、向こうから「下の名前で呼んでください」って言われたなぁ~っと思い出して」
「そうだったんですね。う~ん、女性に限らず親しくしたい人とは少しでも親近感がわくようになりたいっていう気持ちはあると思いますが、女性は男性よりもその気持ちに正直なのかも」
「なるほど~。自分の場合は、誰であろうと恐縮してしまって、「~さん」って呼ぶ癖がついてるから気にすることもできなかったけど……」
「あははは、それはそれで仁さんらしいかも! そういえば、咲夜さんはお元気ですか?」
「えっ、あ~咲夜は元気、だよ」
「本当ですかぁ? まぁ、もし何か相談事があればいつでも言ってくださいね♪ 何かの力にはなれると思うので」
「ありがとう、みなみちゃん。まぁ、いつもの痴話喧嘩だから問題ないよ」
嘘だ。だいたいいつもの痴話喧嘩ならだいたい次の日には解消しているが、今回は三日以上経ってもまだ解消どころか、話すらできていないでいる。これまでの期間は新しいプロジェクトのことがあったから目を向けずに来たけれど……これからどうしよう。
その後軽く雑談して、今日のところは早めに切り上げることにした。
結局その後家に帰ったら、光恵さんと泣いている妻がリビングにいた。
ドキッと冷や汗が出た反面、「光恵さんがいることで咲夜と話ができるかも」という安堵感も生まれた。
案の定、光恵さんにはこってりお叱りを受けた。
要するに、妻は自分の話をただ聴いてほしかっただけだったようだ。それなのに新しいプロジェクトのことで頭がいっぱいで、家にいるときも常にパソコンディスクの前に座っていて、妻の話を聴いていた記憶がそういえばここ最近なかった。
そのことを踏まえて、光恵さんのおかげで一旦和解が成立。
その後は、お詫びとして妻と光恵さんに男流焼きうどんをご馳走し、久しぶりに妻の心からの笑顔を見れた気がして、救われた気がした。
***
二〇一三年十月二十三日 午後四時
妻の件は一旦方が付いて、改めて仕事に没頭し始めてから約三ヶ月経った頃、早速問題が発生した。
「契約がとれないのは、コミュニケーション部門の営業ができていないからじゃないですか?」
「何言っているんですか、近藤部長。あなたの部門の作成した資料がわかりにくいから契約までこぎつけないんですよ!」
本契約期間が始まってから一ヶ月以上経過したが、全国的に一向に契約がとれないでいた。それに伴い、急きょ東京支社のプロジェクトメンバーで緊急会議を開くことに。
始まった途端に、近藤部長と飯塚部長の言い合いからスタート。
二人は同期でもあるから普段はいつも一緒に帰るくらい仲が良いが、ちょっと意見が食い違うとそれが白熱してしまう傾向があるのが難点だ。
普段なら佐倉リーダー……みなみちゃんが仲介してくれるから穏便に片が付いたが、今日はたまたまどうしても外せない用事で外出中。
困り果てて、安部支社長の方を見たら『仁くんに任せるよ』といった顔をしていたので、覚悟を決めて仲裁に入ることにした。
「まぁ、近藤部長も飯塚部長も落ち着いてください。まずは、今の状況を整理してから話を……」
「そうそう、仁部長も仁部長だよ! こんな初めてのプロジェクトをこんな短期間でやるのは時期尚早だったんじゃないかな?」
「そうだよ! そのおかげで余分に仕事が増えたし……そこんところはどうなの、仁部長?」
「えっ……と、それはもちろん私が提案したことですが、最終的にはみなさんの合意を得て……」
「そういうことを言いたいんじゃなくって。安部支社長、やっぱり仁部長ではまだリーダーシップをとるのは早かったのではないでしょうか?」
「そうだなぁ。仁くんも佐倉リーダーも頑張ってくれているけどなぁ……」
カッチ~ン。
よくそういった無責任なことを言えるなぁ~。プロジェクト自体は二人とも大賛成していたし、資料についても何度も二人には確認してもらっていたはずなのに!
「でも、このプロジェクトのために仁くんの部署には多額の資金をもらってるからやってもらわないとね」
二人の部長の発言で沸々湧いてきた思いを、さらに安部支社長のこの一言が一番ガツンっときた。
というよりも、完全にフリーズした。
「(えっ!? 安部支社長まで何言っているの? お金をもらってるかどうかが基準なんですか??)」
……
……
……
「わかりました。不甲斐ない状況になってしまい申し訳ございませんでした」
何分か沈黙が続いたあと、そう言うのがやっとだった。
緊急会議が終わり、片付けを引き受け、悶々とした気持ちをどうにか収めようと必死になりながら片付けを開始した。
「仁さん、お疲れ様です! 会議はどうでしたか?」
ナイスタイミング!
まさに救世主的なタイミングで女神が帰ってきてくれたような気がした。
「実は……(中略)っていう感じで一方的に責められた感じでさ」
「なるほどですね。それは随分一方的ですね!」
「そうなんだよ! 近藤部長や飯塚部長だけじゃなくて、安部支社長までそんな感じでさ! お互いの仕事じゃなくて、相手の仕事状況ばっかり言いたい放題で!」
もう鬱憤が溜まりまくっていたので、普段ならこんなこと誰にも話すことはなかったけど、つい彼女には話してしまった。
「そうなんですね。私はその場にいなかったのではっきりしたことは言えませんが……でも、仁さんは相手の気持ちをちゃんとわかろうとしてますか?」
言葉を詰まらせたあと、彼女は怒っているというよりは寂しい笑顔でそう言った。
「ど、どういうこと?」
「だって、支社長たちは気持ちをわかってくれていないと仰っていますが、そもそも仁さんはご自身の気持ちを伝わるように伝えていますか? その上で、相手の気持ちをしっかり受け止めてますか? どうなんですか?」
「そ、それは……」
……
……
……
またさっきのように間が空いてしまった。
確かに自分の想いはちゃんと伝えていないかもしれないが、相手の話はしっかり聴いているつもりだ。今回は特に話を聴こうにもそんな雰囲気じゃなかったし。悪いのは無責任なことを言ってくる他の部長たちの方だ。
「やっぱり仁さんはわかってくれていないんですね。それじゃあ、私は今日のところはお先に失礼します。お疲れ様でした」
「ちょ、ちょっと、みなみちゃん!」
制止する声に振り向きもせずに、彼女は職場を静かに出て行った。本当なら追いかけるところなのかもしれないが、まさか彼女にあんな冷たい態度を取られるとは思ってもいなかったので、何もできなかった。
結局その後自分の部署に戻って、資料の整理をしていても、彼女は戻ってこなかった。
「せっかく妻とも仲が戻って、プロジェクトも準備の段階では順調にいって上手くいっていたと思ったのに、何がいけなかったんだろう……どうしたらみんなに自分の言いたいことをわかってもらえるんだろう?」
今までお互いの糸が繋がっていた感じがしていたが、今はみんなの糸が絡まってしまっている感じがしながら、一人寂しく職場を出ることにした。
「そうだ! こういうときには賢さんに相談してみよう! 何か解決するためのヒントがもらえるかもしれないし!」
思い立ったが吉日だ。まだお店もやっていると思うから、急いで横浜にある賢さんの薬局に行くために秋葉原駅に急いで向かった。
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