内乱勃発す4
都市は、廃墟の様相を呈していた。
いま目抜き通りを闊歩するのは、血気を
街を打ちのめしたのは嵐ばかりではなく、人の手もまた、再建を阻んだのだった。
「いたぞっ」
街角で声が上がったと思う暇も無く、あちこちから武装した歩兵が走り寄って来る。
たちまち剣が引き抜かれ、彼らは口々に
「国賊っ」
「推参者っ」
喚きたてては、見つけた「敵」へ我先に斬りかかる。
まだ路面に水溜まりが散見される通りに、討たれた兵士が倒れてゆく。
死骸は至るところに点在し、晩秋とはいえ南方の気候が災いして、直視に耐えない姿を晒している。
「何という事だ」
嵐の中、ある人物の追跡を行った一隊の指揮官は、今や無人と成り果てた商店街を走り抜けながら、左右の惨状を見やっては盛んに呻いた。
従っている数人の中に、副長の姿は無い。つい先程「敵」の手にかかってしまった。
「あの男の素性を見抜けなかったばかりに……こんな」
天然の脅威であれば、致し方ない。だが、同じ血を持つ民族間の対立が呼び込んだ荒廃には、心が耐えられそうもないのである。
先日の追跡は、率直に言って失敗に終わっていた。
発見された遺体は、追いかけていた人物に相違なかったのだが、そもそもの根本に相違があった。
追うべき男ではなかったのである。
「陽動かっ」
気づいた時にはもう遅かった。
本来の男は、囮になった、あるいは意図せずそう仕立て上げられた男の影に隠れて、まんまと彼らの警戒網をすり抜けた。
そして、もっとも恐れていた事態を引き起こしたのである。
保守陣営と革新陣営が直接に争う、内乱を。
南西三国に内乱有りとは、昔から語られている。
特に頻繁なのは西沿岸寄りに領土を持つ当国であり、身分の上下を問わず激高しやすい気風は、つとに知られていた。
嵐が矛を収め、人々が都市再建の為に立ち上がったまさにその時、混乱へ乗じる形をとって、事件は勃発した。
「殿下、
被災者を見舞い、激励する恒例の行啓が、対立陣営に属する剣士達に真後ろから襲われたのだ。
雨上がりで路面状況が宜しくないとの報告から、事故を懸念し、あえて馬車を用いなかった。そこを衝かれた。
あっという間の事で、一団の後衛が三人斬られた。
「狼藉者っ」
むろん護衛団も応戦したが、王太子当人がいるとあって、襲撃側のような大胆な振る舞いはしかね、劣勢にならざるを得なかった。
人数は護衛側の方が大勢居たが、主君を危険にさらすわけにはいかず、また嵐の直後で足元は滑るうえに水溜まりが有り、石畳も浮いていて、太子を逃がそうにも容易ではなかったのだ。
俊足揃いの伝令ですら足を取られる。走る事に不慣れな貴人が、全力を振り絞って往来を逃亡しおおせる見通しは、まったく立たなかった。
見れば、城門はしっかり閉ざされ、さらに
「止めんか貴様らッ」
「何をするかっ」
城の内部でも暴動が起きているらしい様子が伝わって来た。
「おのれっ」
王太子は歯噛みして悔しがった。
彼は、保守論を主張して自分の革新方針に真っ向から異を唱える実弟親王と以前から不仲で、近頃では修復不能であるとの見解を隠そうともしていなかった。
いつか襲われるとの予感も周囲に語っており、いわば的中したのだった。
それにしても
「よりにもよって行啓を狙うとは、卑怯の度が過ぎるっ」
指摘の通りであろう。
南西三国における嵐の被災は、長く民衆を悩ませている。支配者層も、後始末に落ち度があればたちどころに人心離反を招くとあって、ひどく気を遣う。
王家から民衆への労い、施しは、内政の出来に関わる重大案件である。
標的の外出は、襲撃に都合は良いであろうが、たとえ成功したにしても平民達はどのような感想を持つであろう。
親王であれば、重々知りおいて然るべきものが、なぜこの時機に。
襲撃への憤慨は憤慨として、当惑もあった。
行動が鈍った。
「御免ッ」
すかさず駆け寄ってきた襲撃者の一人が、剣を自分の頭上へ振り下ろすのを、王太子は見た。
城の中でも攻防戦が展開した。
が、長い時間の事ではなかった。一日のうちに決着がついた。
決起したのは、第二王位継承権者を仰ぐ保守層の武人達である。
王太子が説く
「南西三国を閉じよとの先人の知恵は時勢に合わぬ。
これからは国を開き、周辺諸国とよしみを結ぶべし」
国家解放論への、彼らの反発は凄まじいばかりで、親王自身が三歳違いの実兄を
「許し難い国賊」
呼ばわりし、忌み嫌った。
南西三国でもとりわけ気性が激しい国柄のゆえであろうか。
対立は国を割る勢いで宮廷に広がり、王太子側は真剣に保守陣営の弾圧を計画し始めた。
その情報が、漏れた。
内報者の存在に気づいた革新陣営は、ただちに逮捕の手配をし、先日は嵐に紛れて逃げようとした男を追った。
その後は死亡の連絡が入ったのだが、一件落着ではなかった。
男は用意されていた囮であり、捨て駒だった。
行啓の瞬間を襲い、城を制圧する。
親王と武人達は、禁忌を犯すと承知の上で、生き延びる為にもっとも合理的と判断した反撃を試みたのである。
効果は今のところ抜群だった。
嵐の後始末と王太子行啓、二つの案件を捌くのに集中していた城には、付け込む隙が存分にあった。
現在は、城を落ちた革新陣営の掃討を目的に、軍隊が城下町をくまなく探索し、怪しい人物とみれば誰何もせずに切り捨てている。
たった一日で、当国の状況は激変を遂げていた。
「念を入れておくが、礼賛の儀が終了し次第、おまえは帰るのだぞ。
わしが帰宅して、もしおまえがおらなんだら」
祖父の皺深い目元に剣呑な色合いがのぼっている。
だが、ランスフリート・エルデレオンも、整った男らしい眉をはっきりしかめて
「判っております。
ティプテは即刻追放、でしょう。
朝からずっと聞き通しです、忘れてはおりません」
思い切り無礼な口のきき方をした。
双方、会話相手には大いに言いたい事があると判る。
貴族が城の中を移動する際に用いる小馬車から、祖父と孫は、視線で火花を散らしつつ降りて来たのである。
しかし、場所が甚だ口論には適さない。既に神聖なるべき教会の玄関口である。出迎えの僧侶達が整列している前で、若年者と言い争ってはいかにも恥晒しとの意識からか、長老の方がまことに不本意がましく、分別のあるところを見せた。
ランスフリートは故意にそっぽを向いて、祖父の後ろに従った。
まもなく諸神礼賛の儀が始まる。
自宅を出てからずっと、チュリウスは機嫌が悪い。というよりも、城から帰宅しなかったあの日以来、まともな話が出来ていない。
本日は、城へ向かう道すがら、叱責をたっぴり浴び、終いにはティプテを国外追放するとまで宣言を被った。
もちろん、脅しにすぎないとは察している。が、実行されないとしても、何かあてつけをする可能性は否定出来ない。
ここは大人しくした方が、何より恋人の為であると考えて、ひっそり顔をそむけるといったささやかな反抗に留めている。
「国王御子息さま、ご来臨にございます」
ふれ係の号令で、神殿への扉が開かれる。周りを固める護衛や居並ぶ上級僧侶達が恭しく頭を下げるのが視界に入った。
ランスフリートは少しも感動しない。
(こんなつまらない儀礼、誰が嬉しいものか。
この国の王とは、ただ冠を頭に載せるだけの存在だ。なりたいやつがなればいい。
おれはティプテさえ居てくれれば満足だ、王冠も作法も欲しくない)
いつかきっと、妻に迎える。
決意を胸に秘めつつ、彼は神殿の決められている席へ向かう。
南方では、座って礼賛の儀を行うのが通常である。先着者は身分に応じた座席に腰かけて、儀式の開始を待っている。その間を、祖父に先導される格好で黙々と進む。
途中で、苦虫を噛み潰している従兄の姿を見かけたが、ごく軽く目礼しただけで、その側を通りすぎた。
珍しいと言うべき状況になった。
ダディストリガはあまり反応しなかったのである。
目礼もおざなりで、何か気懸りな事でもあるのだろうか、渋面をまっすぐ祭壇に向け、思案にくれている様子だった。
そういえば。
ランスフリートは朝の一幕を思い出した。
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