昭和15年の「TEARS」

@ottocaius

第1話 70年後の再会

「真君のおじいさまって陸軍のパイロットだったの?」


 夏休みの自由研究の課題に悩んでいた萩原雪歩は菊地真に何かいい案はないかなと聞いた。真は陸軍将校のリアルについて調べてみたらどうなんだ?幸いに僕のおじいちゃんは士官でパイロットだから面白い話が聞けると思うよと答えて雪歩は驚いた。


「疑っているなら明日証拠を見せるよ」


 翌日、真は写真を二枚持ってきた。一枚目は将校服を着て洒落たチェッコ帽をかぶった若い将校が軍刀を握って立っている写真、二枚目は飛行服と飛行帽に身を包んだ将校が腰に手を当てて笑顔で愛機と共に写ってる写真だった。


「昭和20年の4月・少尉昇進した時に調布基地で撮影したそうだよ」


「調布に戦闘機の基地があったの?」


「今は民間用の空港になったけど、戦争中は陸軍の基地だったそうだよ。おじいちゃんはそこにいた244戦隊に所属していたそうだよ」


「244戦隊?」


「東京の・・・皇居の空を守るのが仕事の近衛飛行隊だと認める精鋭部隊だそうだよ。で、これがおじいちゃんが乗っていた機体」


 稲妻をモチーフにした戦隊マークを尾翼と胴体に施した3式戦飛燕の胴体には黄色で13の数字が描かれていた。


「13って真君のお父さんのカーナンバーじゃなかったっけ?」


「そうだよ。お祖父ちゃんの幸運に少しでも近づこうとね・・まあ成績はパッとしないからかなりの名前負けだけどさ」


「でも13って不幸の数字でしょ。それを生死を賭けた戦場でつけるだなんて・・・」


 呆れてるとも感心してるとも取れる表情をした雪歩に真に僕も同じことを聞いたことがあると答えて言う。


「おじいちゃんは言ってた。ラバウルで最初に出撃した時、機体番号が8の末広がりだったけど、敵を取り逃がした上に燃料切れで海に落ちて危うくそれっきりになるかもしれなかった。どうせならということで不幸な数字にしようと思って13・・さすがに42は止められたみたいだけど・・にしたところ次の出撃で2機撃墜したので縁起物の13を続けていたら、終戦時には敵の連中が黄色の13番を見たら逃げるようになったってね・・・」


「ガンダムのシャアみたいだね・・でも面白そう、真君、おじいさまに会わせてくれないかしら?」


「いいけど、あまり撃墜数がどうだとかは聞かない方がいいと思うよ」


 どうしてと聞く雪歩、「撃墜数がどうだ」「勲章を貰ってどう思いましたか」とか「相手を殺した時どう思いしたか」とか聞く取材者に嫌気がさしてるんだよと前置きして真は言う。


「・・・おじいちゃんは僕に言ってた。「真にはまだわからないかもしれないけど。軍人は最後の時が来るまで力を尽くして戦うのが仕事だよ。勲章だのスコアだの・・ましてや勝ち負けなぞは結果だね。相手を殺した時どう思うか・・だと?考えたこともないな。そいつらを見逃したら味方の兵隊やら後方にいる女子どもが吹き飛ばされるんだぜ・・そんなこともわからんやつが多くて困るな。私が本当に話したいのは他にあるんだよ」とね」


「そう・・私思うけど、もしかしておじいさんが話したいことって初恋の話とかじゃないかな」


「え、そんなこと考えたこともないけど・・」


「でも、おじいさま、真君みたいな美形でしょ・・航空隊のお兄様方はとてもモテたと聞くし、色恋の一つや二つはあるんじゃなかったかしら?」


 いつになく積極的になってる雪歩に気圧された真はそうだろうなと生返事しておじいちゃんに話してみるよと答えた。


「ありがとう・・いい答えを期待してるよ」


 あざとい表情を浮かべながら返事する雪歩だった。次の日、真は雪歩におじいちゃんは会ってもいいからいつに会いたいのか返事してくれと聞いてきたと答えた。


「そう、おじいさまに何を差し入れしたらいいかな?」


「そうだな・・おじいちゃん、お茶とお花が趣味だから羊羹を手土産にしたら喜ぶと思うな。それにおじいちゃん、君に興味を示しているよ」


「私に・・なの?」


 終戦時に20だから今はもう相当な年だろう老人が自分に興味があると聞いて嬉しいと思う反面戸惑いを感じる雪歩に真は言う。


「おじいちゃん言ってた・・「この子を見てると私の初恋の人を思い出すよ」ってね。で僕がそれは軍隊時代のことなのと聞いたら、違うと返して「もっと前、私が少年飛行兵になる前の15の時だったよ」ってね。相手はそうだな・・18か19で私とは身分違いの人だったなとね」


「そう、それを聞いておじいさまにますます興味が湧いてきた。真君、おじいさまは茶道をされてるのかしら?」


「うん、年寄りの道楽だと言って週一回、お茶の先生に来てもらってお稽古をつけてもらってるよ」


「そう・・それは良かった、私も茶道を少しはかじってるからお茶を楽しみながら話すのもいいかもね。真君、おじいさまの電話番号を教えてくれないかしら?プロデューサーと相談して休みがあったら訪ねたいと思うよ!」


 真に真太郎の電話番号を教えて貰った雪歩はプロデューサーに相談、どうやらお盆の前日の午後が空いてる(お盆は萩原家でどうしても出席しないといけない行事があるので不可)のでその時に会うことにしたいと雪歩は真太郎に電話した。


「真k・・いえ真さんに聞きました。真太郎さんは私が初恋の人に似てるから興味があると・・」


「・・こんな爺さんが興味を持つのは不快なのか?」


「いえそんなことはありません!ただその訳が知りたいと思って伺おうと思う訳なんです。よろしいでしょうか?」


「そういうことだったら喜んで、雪歩さん、君に会ってみよう。真から君が茶道をやってると聞いたからお粗末だけどお茶を点てて歓迎するよ」


「お願いします」


 8月14日午後、仕事が終わった萩原雪歩はプロデューサーが運転する車で菊地真の宅を訪ねた。


「真太郎さんって三世代の同居なんですか?」


「らしいな・・母屋は真の家族が生活して、奥さんを亡くした真太郎さんは離れに住んでるんだ」


「それは意外ですね・・・」


 お土産の虎屋の羊羹の包み紙を弄びながら雪歩は答えるうちに車は菊地宅に着いた。


「プロデュサー、お疲れ様です」


「雪歩、本当に俺が迎えに来なくてもいいのか?」


「はい、家の者に迎えに来るよう言っておりますので・・」


「それなら一安心だ」


 萩原家の複雑な家庭事情が伺い取れる会話をしてプロデューサーと別れた雪歩は真太郎と会う


「萩原です。菊地真太郎さんですね?」


「そうだ。狭いところだが・・・歓迎するよ」


「ありがとうございます」


 庭に面する茶室に案内された雪歩は茶釜を間に向かい合った。


「お孫さんから茶道を習われたと聞きました。失礼ですが流派はどちらですか?」


「私は裏千家なんだよ。雪歩さんはどちらのお流儀かな?」


 思ったより美形・・真君が年を経るとこうなるのかもと妄想して・・の老人に照れを感じた雪歩は「雪歩で結構です」と答えて自分は有楽流なんですと答えた。


「有楽か・・・」


「お流儀が違うとまずいのですか?」


 苦い顔をされて戸惑う雪歩に落語じゃないから流儀の違いは気にしてないよと気遣った真太郎だったが織田有楽斎については有楽は一流の文化人だったんだろうもしれないけど武将としては最低な奴だよと言った。


「最も、秀吉でも家康でも強い奴には尻尾を振るふざけた野郎だからこそ乱世を生き残れたのかもしれないけどな・・」


「そういうものでしょうか?」


「ああそうだ・・戦時中、三宅坂や市ヶ谷で威張っていた天保銭の大半は有楽斎の類だったな。色々言われてるけど、陛下に代わり敗北の責任を取った東條さんはやっぱり偉いと思うよ」


「東條・・いや東條さんが偉いのですか?」


 意外な回答に驚いている雪歩にどうしてそう思ったかはおいおい話すつもりだよと答える。雪歩に興味を覚えた真太郎は雪歩に言った。


「雪歩、君を見てると恵さんのことを思い出すよ」


「初恋の人・・・ですか?」


「ああ、もう70年も前の話だ」


 真太郎は遠い目をして話し始めた


(続く)


 

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