欠片
藍雨
欠片
「綺麗だよ」
「知ってるわ」
愛し合う。こんなに尊いことはないだろう。
僕は君を愛している。
君も僕のことを、愛している。
だから僕は望みを叶えることができる。
ありがとう。
○
「
同じサークルの
嬉しい。
「はい、なにもないですよー」
愛想よく。男受けのいい笑顔を造る。計算は得意だ。
「そう? よかった。ご飯行こうよ」
「いいですよ」
「じゃ、またあとで連絡するから」
約束だけ取り付けて、彼はすぐに姿を消す。
噂通りだ。
噂通り。嬉しい。私は今、噂の中の女のひとりになった。
いや、そうなるようにずっと外堀を埋めてきた。私はつくづく、嫌な女になったな。鼻で笑う。彼を、そして自分を。
でも、これでいい。
これでいい。大丈夫。計算は、得意なのだから。
○
「美味しかったですね、へへ、さすが先輩です~」
「大丈夫? 酔ってない?」
「え~? 大丈夫ですよ~」
ほんのり赤い彼女の顔。間延びした甘ったるい声。確実に酔っている。ふらふらしながら、こちらへ寄りかかって来る。
まったく、嫌な女だ。
けれど、いつも通り。顔も体も申し分ない。下品だが、たまにはいいだろう。
「……ほんとうに?」
「私は大丈夫ですから!」
「目が据わってるよ……?」
「うえ、吐きそう……」
「はっ!? ちょ、こっちこっち、早く!!」
さすがに飲ませすぎたか……? 不安に思いつつも、道路の端に寄り、背中をさする。
「水いるか?」
「欲しい、です……」
自動販売機は目と鼻の先。待ってて、と声をかけ、サッと走る。
いつも通り。あんなに酔うとは思わなかったが、まぁ、問題ない。
むしろ、変に計算高そうな嫌な臭いがしていたから、あんなに無防備に酔ってくれるとは思いもしていなかった。
「これ、飲んで」
「う、ありがとうございます〜」
ゴクゴクと、喉が動く。彼女の体内へ、水が入っていく。ゆっくり、はやく。
水を飲んだことで、どうやらすこし回復したようで、怪しかった目つきがすこし正気に戻ったようだ。
「帰れるか?」
「えー、こんな酔っ払いをひとりで帰すなんて、先輩は鬼ですか〜⁉︎」
「……家、どこ?」
「電車で一時間‼︎」
「冗談だよね⁉︎」
「えー、もう、やだなぁ、冗談ですよ。……でも先輩、いいんですか? 私、帰っちゃって」
「なにか問題あるかな?」
「わからないかなぁ〜」
困る。彼女が帰ってしまったら、困る。
「……うち、すぐそこだよ」
「そう来なくっちゃ‼︎ やった、先輩の家‼︎ 行きましょ〜」
ふらふらと立ち上がり、おもむろに歩き出す妻夫木。……その足取りは、酔っているにしてはやけに、しっかりしていた。
「はやくしてください、どっち行けばいいかわかりませんよ〜」
……気のせい、か。
「わかったから、ひとりで歩かないで」
「へへ、先輩優しい〜」
○
ドサッと音がして、急いでリビングへ向かう。
「家広いですね〜。学生のくせにお金持ちですか?」
「まぁ、ね」
みると、ソファに突っ伏してうんうん唸っている。やはり、かなり酔っているらしい。
「これ、水置いとくから。ヤバイと思ったらトイレ行ってね、ここで吐かないでよ」
「あれっ、急に冷たいなぁ。……なんかそんなこと言われたら、トイレ行きたくなっちゃいました。どこです?」
「廊下出て、左側の二番目のドアだよ」
「わっかりました〜、行ってきます」
出て行く彼女の足取りは、まだしっかりしている。
なんだか変な気分だ。いや、いつも通りなのに違いはない。
––––––––違いない、はずだ。
「うわっ、綺麗っ‼︎」
声が響く。脳に刺さる。広い、とはしゃぐ声。女は、簡単だ。計算高い嫌な臭いは、やはり偽物だったようだ。
安心した、興が醒めるような要素は、必要ない。
「……さて、と」
準備なんて必要ない。––––––––心の準備くらい、だろうか。
平常心を保つ準備、それだけだろう。
いつも通り。
––––––––カシャンッ。
「……は?」
今の音は––––––––ドアの方をみる。
彼女が、歪んだ笑顔で立っていた。
手には––––––––俺がなにより大切にしている、愛している、女たち。
「おい、それを離せ」
「嫌です、馬鹿ですか? 人質が惜しいなら、大人しくしてください」
「は? 人質? 妻夫木、お前にはそれが人間にみえるのか?」
「私にはみえませんよ、でも、先輩には、これがなにより美しい、女にみえるんでしょう?」
なぜ、知ってる。
なぜ、それをそんな風に持つ。
なぜ、笑っている。
なぜ。
「私、すぐこんな風になっちゃうのは嫌なんです。せっかく噂の中の女のひとりになれるんですよ? 光栄だなぁ、先輩に愛された歴史。欲しいなぁ、ね、先輩?」
ゆらゆらり、体を揺らし、近づいてくる。
手に持った、俺が愛する、女たち。
光を反射して、泣いているようにも、笑っているようにも、みえる。
怖いか? 逃げたいか? 妻夫木から?
――――――――俺から?
結晶になった俺の女たち。目の前の狂った女が固執する、噂の中の、女たち。
「えへっ、えへへっ、今日はもう帰ります。これは、人質。私が満足するまで、ふふっ、私のものです」
ああ、間に合え。
間に合え。
――――――――ガシャンッ。
「ふ、はは、ははは、はははははっ!!!!! 間に合った、間に合った……」
心の準備をする暇が、なかったじゃないか。
まぁ、いい。薬はしっかり効いたのだから。
「綺麗な赤だ。暖色、ぴったりじゃないか。珍しいんだぞ、そんな色は。妻夫木、お前のことも、これでゆっくり、愛せる」
手に取り、撫でる。すこしざらついた、反抗の気色を色濃く残した、彼女。
嫌な臭いより、こだわりを捨てきれない異常なまでの気性の荒さは、魅力的だ。
「大丈夫だ、そんなに憤るなよ」
――――――――こんなに、綺麗なんだから。
fin.
欠片 藍雨 @haru_unknown
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