欠片

藍雨

欠片


「綺麗だよ」

「知ってるわ」


愛し合う。こんなに尊いことはないだろう。


僕は君を愛している。


君も僕のことを、愛している。


だから僕は望みを叶えることができる。



ありがとう。







妻夫木つまぶき、今日暇?」


同じサークルの山城やまぎ先輩が、私をみている。正面から。彼は人気者。


嬉しい。


「はい、なにもないですよー」


愛想よく。男受けのいい笑顔を造る。計算は得意だ。


「そう? よかった。ご飯行こうよ」

「いいですよ」

「じゃ、またあとで連絡するから」


約束だけ取り付けて、彼はすぐに姿を消す。


噂通りだ。


噂通り。嬉しい。私は今、噂の中の女のひとりになった。


いや、そうなるようにずっと外堀を埋めてきた。私はつくづく、嫌な女になったな。鼻で笑う。彼を、そして自分を。



でも、これでいい。


これでいい。大丈夫。計算は、得意なのだから。


 





「美味しかったですね、へへ、さすが先輩です~」

「大丈夫? 酔ってない?」

「え~? 大丈夫ですよ~」


ほんのり赤い彼女の顔。間延びした甘ったるい声。確実に酔っている。ふらふらしながら、こちらへ寄りかかって来る。


まったく、嫌な女だ。


けれど、いつも通り。顔も体も申し分ない。下品だが、たまにはいいだろう。


「……ほんとうに?」

「私は大丈夫ですから!」

「目が据わってるよ……?」

「うえ、吐きそう……」

「はっ!? ちょ、こっちこっち、早く!!」


さすがに飲ませすぎたか……? 不安に思いつつも、道路の端に寄り、背中をさする。


「水いるか?」

「欲しい、です……」


自動販売機は目と鼻の先。待ってて、と声をかけ、サッと走る。


いつも通り。あんなに酔うとは思わなかったが、まぁ、問題ない。


むしろ、変に計算高そうな嫌な臭いがしていたから、あんなに無防備に酔ってくれるとは思いもしていなかった。


「これ、飲んで」

「う、ありがとうございます〜」


ゴクゴクと、喉が動く。彼女の体内へ、水が入っていく。ゆっくり、はやく。


水を飲んだことで、どうやらすこし回復したようで、怪しかった目つきがすこし正気に戻ったようだ。


「帰れるか?」

「えー、こんな酔っ払いをひとりで帰すなんて、先輩は鬼ですか〜⁉︎」

「……家、どこ?」

「電車で一時間‼︎」

「冗談だよね⁉︎」

「えー、もう、やだなぁ、冗談ですよ。……でも先輩、いいんですか? 私、帰っちゃって」

「なにか問題あるかな?」

「わからないかなぁ〜」


困る。彼女が帰ってしまったら、困る。


「……うち、すぐそこだよ」

「そう来なくっちゃ‼︎ やった、先輩の家‼︎ 行きましょ〜」


ふらふらと立ち上がり、おもむろに歩き出す妻夫木。……その足取りは、酔っているにしてはやけに、しっかりしていた。


「はやくしてください、どっち行けばいいかわかりませんよ〜」


……気のせい、か。


「わかったから、ひとりで歩かないで」

「へへ、先輩優しい〜」





ドサッと音がして、急いでリビングへ向かう。


「家広いですね〜。学生のくせにお金持ちですか?」

「まぁ、ね」


みると、ソファに突っ伏してうんうん唸っている。やはり、かなり酔っているらしい。


「これ、水置いとくから。ヤバイと思ったらトイレ行ってね、ここで吐かないでよ」

「あれっ、急に冷たいなぁ。……なんかそんなこと言われたら、トイレ行きたくなっちゃいました。どこです?」

「廊下出て、左側の二番目のドアだよ」

「わっかりました〜、行ってきます」


出て行く彼女の足取りは、まだしっかりしている。


なんだか変な気分だ。いや、いつも通りなのに違いはない。


––––––––違いない、はずだ。


「うわっ、綺麗っ‼︎」


声が響く。脳に刺さる。広い、とはしゃぐ声。女は、簡単だ。計算高い嫌な臭いは、やはり偽物だったようだ。


安心した、興が醒めるような要素は、必要ない。


「……さて、と」


準備なんて必要ない。––––––––心の準備くらい、だろうか。


平常心を保つ準備、それだけだろう。


いつも通り。


––––––––カシャンッ。



「……は?」


今の音は––––––––ドアの方をみる。



彼女が、歪んだ笑顔で立っていた。


手には––––––––俺がなにより大切にしている、愛している、女たち。



「おい、それを離せ」

「嫌です、馬鹿ですか? 人質が惜しいなら、大人しくしてください」

「は? 人質? 妻夫木、お前にはそれが人間にみえるのか?」

「私にはみえませんよ、でも、先輩には、これがなにより美しい、女にみえるんでしょう?」



なぜ、知ってる。

なぜ、それをそんな風に持つ。

なぜ、笑っている。


なぜ。



「私、すぐこんな風になっちゃうのは嫌なんです。せっかく噂の中の女のひとりになれるんですよ? 光栄だなぁ、先輩に愛された歴史。欲しいなぁ、ね、先輩?」


ゆらゆらり、体を揺らし、近づいてくる。



手に持った、俺が愛する、女たち。

光を反射して、泣いているようにも、笑っているようにも、みえる。


怖いか? 逃げたいか? 妻夫木から?




――――――――俺から?




結晶になった俺の女たち。目の前の狂った女が固執する、噂の中の、女たち。



「えへっ、えへへっ、今日はもう帰ります。これは、人質。私が満足するまで、ふふっ、私のものです」





ああ、間に合え。

間に合え。





――――――――ガシャンッ。



「ふ、はは、ははは、はははははっ!!!!! 間に合った、間に合った……」



心の準備をする暇が、なかったじゃないか。

まぁ、いい。薬はしっかり効いたのだから。



「綺麗な赤だ。暖色、ぴったりじゃないか。珍しいんだぞ、そんな色は。妻夫木、お前のことも、これでゆっくり、愛せる」



手に取り、撫でる。すこしざらついた、反抗の気色を色濃く残した、彼女。

嫌な臭いより、こだわりを捨てきれない異常なまでの気性の荒さは、魅力的だ。




「大丈夫だ、そんなに憤るなよ」




――――――――こんなに、綺麗なんだから。




fin.

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欠片 藍雨 @haru_unknown

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