1-5

「昔から、こういうホラーゲームみたいな状況にはよく遭遇してるんだ」

 右手にカランビットを逆手で構え、左手を壁につけ、頻繁に背後を振り返りつつ歩き続けながら、背後をついてくる紅に対して古谷は語りだした。

「鎧武者くらいはほんと慣れててさ? ラズベリー色した巨大な怪物とか、大きなハサミを持って追いかけてくる小人とか、包丁を両手に構えてワープしてくる子どもとか、もっとめんどくさいのはいっぱい居たからね……うわ、言ってて怖すぎる。震えてきた」

 まるで思い出話でも語るような口調でとんでもないことを次々と言い立てる古谷に、紅の思考はショート寸前だった。

 今の状況に負けないくらい異常な話は続く。

「電車の中で急にモンスターパニックが始まったり、公衆トイレを出たら異世界になってたり、眠ったかと思ったら夢の中でホラーゲーム開始! なんてこともあったりとか……」

「そ、そうなんですか……」

 言ってることの大半は理解できなかったようだが、紅はなんとか相槌を打った。

 古谷は続ける。

「だからさ、慣れてるんだよ。正直、これくらいだったら異常でもなんでもない、個人的には日常だぜ? 嫌な話だけどさ」

 どこまでも強気な物言いに、ふと紅が問いかける。

「そ、それなら古谷さん……」

「ん?」

「なんで震えてるんですか?」

 その言葉どおり、古谷の身体は震えていた。顔からは汗がダラダラ流れ落ちてるし、見た目的には挙動不審すぎた。

 古谷は言ってのける。

「慣れてても怖いものは怖い」

「えぇ……」

 当然のことだったがそれでも紅はなにか言いたげだった。

 言い訳するように古谷は続ける。

「だってそうだろ!? 扉を開けたらいきなり白塗りの顔がバーンと飛び込んでくるとか、なんかでっかい虫みたいなのがわらわらわいてくるとか、殺しても殺しても殺しきれない奴が追いかけてくるとか、怖すぎるだろ!? 慣れてるのと怖くないのとでは全く違う! わかるだろ!?」

「は、はい……」

 気迫に押されてついうなずいてしまう紅。

 古谷は少し深呼吸をして落ち着くと、言葉を続けた。

「だからさ、俺は決めてるんだ」

「な、なにをですか?」

 あまり聞きたくないなぁ――そんな思いを言外ににじませた声だったが、古谷は気づかなかったのか、それともどうでもよかったのか、あっさりと言い切る。

「俺をこんなことに巻き込んだ奴ともし出会ったら、絶対にぶん殴ってやる! ってな」

「は、はぁ……」

 どこか引きつった顔をする紅だったが、古谷は気づかなかったようで気にせずに歩き続ける。少し遅れ気味になりながらも紅がついていく。

 そして、おずおずといった様子でまた問いかける。

「そういえば、なんでわら……わたしを助けてくれるんですか?」

 ホラーゲームなら主人公がヒロインを助けるのは当然のことだろう。だが古谷はそうではない。巻き込まれただけなのだ。危険な目に遭ってまで足手まといの非戦闘要員を助ける必要はどこにもない。

 古谷は答えに窮した様子だった。

「それは……その……」

 それは、古谷が優しすぎるから――

「……ボーナスが入るから」

 ――ではなかった。

「ぼ、ぼーなす……?」

「あ、うん。巻き込まれた人間を助ければ、それなりのお金が入ってくるからね。そこらへんの大企業なんて目じゃないよ?」

「は……はぁ……」

 欲にまみれた答えに、紅が少し引きながら相槌を打つ。

 その反応に気づかなかったのか、それとも慣れていたのか、古谷は続ける。

「それに、巻き込んだ黒幕の思惑をぶっ潰すならこれが一番だし」

「それって?」

「たいていの場合、俺は偶然巻き込まれただけなんだけどさ、他の人間はそうとも限らないのよね。生贄だったり供物だったり実験台だったりいろんな理由があって巻き込まれてる。そういう人たちを助けてあげれば、黒幕の計画も思惑も台無しにできるだろうからね」

「な、なるほど」

「そういうこと。だから――」

 古谷の足が止まる。

 つられて紅も足を止め、なにがあったのかと古谷の背中越しに前方を見やった。

「ひぃっ!」

 そして短い悲鳴を上げる。

 前方、通路の先に――何体もの鎧武者が立っていた。

 ほとんど通路を埋めるようにして、行く手を塞いでいる。

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