舞い上がる敵は的確に、地雷を踏み抜き舞い散っていく

 邦牙ほうがれんの放つ重力負荷が、アジトを護っていた最後のモンスター群を圧し潰し、一行はアジトへと辿り着いた。


 リンクドヘルム・ボルンの率いて来た人馬部隊の損害は小さかったものの、一人が顔面に火傷を負って片目を開けられず、とても戦線に参戦できるような状態ではなかった。

 他の三人も怪我こそしていないが、ここまで馬車を引いてきた疲れが出ているのだろう。これから先のより激しい戦いに参加させるには、余りにも疲弊し過ぎていた。


 無理もない。

 百近いモンスターの群れの中を縫うように走り抜け、三途さんずガイアの岩の巨人や、畦野上あぜのがみ数珠丸じゅずまるの溶岩の攻撃をも躱しながら、数十キロは下らない馬車を引いて走り続けていたのだから。


 数珠丸を止めるため、離脱したバリスタン・Jジング・アルフエを除いて、全員を無傷で運んだ彼らの戦いは称えなければなるまい。


 ぴゅーい、


 フェイラン・シファーランドの見上げる先で、蓮が指笛を鳴らす。

 いつの間に召喚し、待機させていたのか、家族で迷い込んできた何時ぞやの火龍の子供が飛んできて、蓮の頬に自分の頭をこすり付けて来た。


「英雄の火龍と共に、人馬部隊の皆様にはラヴィリア王女の護衛をして頂きましょう。いざとなれば、いつでも逃走経路を確保できるように」

「そうですね……お言葉に甘えさせて頂きます」

「ごめんなさい……私も戦えれば」

「王女には、反乱軍の説得という一番の難題をお願いします。どうぞ、気持ちを強く持たれて下さい」

「……はい。頑張ります」


 とは言ったものの、フェイランも蓮もボルンも、アジトから人らしき気配をまるで感じられていなかった。

 奥の方に潜んでいるにしても、表に見張りの一人くらいいてもおかしくないだろうに、見張りの姿さえ見られない。

 そしてボルンの嗅覚は、奥から届いて来る風の中に、人の臭いを感じられずにいた。


 実はアジトは複数あり、違う方へと退去したのか。

 大きく迂回するルートを通り、王城への進行を開始したのか。

 どちらの可能性も他の可能性も感じながら、三人は最悪の可能性をも考える。

 そうでない事を祈りながらアジトである洞窟へ潜入したものの、全員が抱いていた淡い期待は、結局、淡い期待だったと思い知らされて裏切られた。


 人も罠も、妨害の類が一切ないので、やけに早く最奥へと辿り着いた気がした。

 故に心の準備をするには短く、気持ちを整えるには不意打ち過ぎて、目の前に広がった光景を受け止めるには余りにも、心構えが足りなかったような気分だった。


 最奥の祭壇の上で吊るされた、白いまゆのような物体。

 そこから伸びる糸に繋がれた棺桶のような物が空間を埋め尽くさんとばかりに並んでおり、糸を伝ってエネルギーを吸い取っているように感じられるし、そう見られる。

 では果たして、棺桶に入っているのは何なのか――答えは、言うまでもない。


「あぁっ、はっはっはっはぁぁぁあ!!! 滑稽だよなぁあ! 滑稽だ、あぁ滑稽だ! そうは思わねぇかぁぁあ? 白銀のぉぉぉ……」


 アクアパッツァ。


 祭壇の上、繭の前で片膝を抱えて座っている。

 彼の存在を確認したので改めて周囲を見ると、能力から生み出されたと思われるモンスターが蝙蝠の如く、天井から生える石柱にしがみつく形で数十体もぶら下がっていた。


「見ての通り、そしてお察しの通り、その棺桶の中にいるのは反乱軍の連中だぁぁ。王妃ザァンラネークとシムリエ第一王女の策に乗って、自分達から命を差し出したんだとさぁ。滑稽だよなぁぁ……!」

「その繭が、王妃と王女の策だと?」

「まさか……」


 王女と王妃の策と聞いた、ボルンの顔色が変わった。

 アクアパッツァはボルンを指差し、洞窟全体に響き渡るほどの声で高笑う。


「そうだ! そこの狼は知っているみたいだなぁぁ、あ? こいつの名は。遥か昔、豊国がまだ周辺諸国と同じく領土拡大のために他国と争っていた時代に暴れていた、王族の護身生物兵器、らしいぜ?」

「保管場所と起動方法は王族にのみ受け継がれ、豊国では百年以上も使われる事の無かった、事実上の最終兵器……ザァンラネーク様が、そこまで――」

「正気の沙汰じゃあねぇよなぁぁあ! 反乱軍にはあんたやベヒドス・マントンを倒せるだけの戦力がねぇとはいえ、王族の護身兵器まで引っ張り出してくるんだからよぉぉお!!!」


 そこまで、王妃の殺意は強かったと言う事だ。

 信じられないだろう、受け止めきれないだろう事実の連続で、ラヴィリア・ベインレルルクはその場でヘタリと座り込んで、ボロボロと涙を流して放心してしまった。


 仕方ない。

 王女を救おうとする反乱軍を利用し、百年以上使われていなかった王族の護身兵器を起動してまで、自分を殺そうとする母親。

 この現実を知って、どうして平静など保てようか。


「ま、第一王女は最後まで渋ってたらしいがなぁ。それじゃあ国民が死に絶えるって、王国の敵に付こうがさすが王族。ご立派だと褒めたいところだが? 実の兄貴を殺したショックで精神はズタズタ。碌に喋らなければ動きもしねぇもんで、この有様。そして俺様に利用されたってわけ、よ」

「――! お姉様を、シムリエお姉様を!!!」

「慌てるなよぉ、殺してねぇって。作るもん作ったら元の場所に戻して置いたよ。ま、その後どうなったかは知らねぇけどさぁ」

「ザァンラネーク王妃は……」

「あぁ、そっちはぶっ殺した。あのヒステリックな女がこれ以上暴走したら? 俺の大事な天音あまねちゃんに何するかわかったもんじゃなかったし、第一王女の卵子貰おうとしたら反抗して来たんで。ま、殺したのは俺のモンスターなんで? 俺は無罪だけどなぁぁあ?!」

「お、かあ、様……」


 泣き崩れるラヴィリアを、蓮は強く抱き締める。

 言葉を発さない代わりに強い敵意を向けて睨むと、視線に気付いたアクアパッツァも挑発的視線を返し――


「この戦いはあれだろ? そこの第二王女が人を殺したか否かって話だろ? だったら答えは簡単だぁ……第二王女は縁談を切った引き金で、巡り巡って母親を殺した、大罪人だぁぁぁあああ!!!」


 そこまで言い切ったところで、アクアパッツァは飛んで行った蓮の拳を受け止めた。

 片腕で、といきたかったようだが、思いのほか威力が強かったらしく、急遽両腕を繰り出してギリギリ顔に届かない位置で止めていた。

 そのまま背中が付いたところで脚を繰り出し、巴投げの容量で投げ飛ばすと、天井にぶら下がっていたモンスターの一体が、蓮目掛けて飛び降り、殴りかかって来た。


 蓮はすかさず躱し、再度殴り掛かって来た怪物の懐へと入って、斥力で以て弾き飛ばす。


「ひゃぁぁぁははははは!!! 女の涙は見たくないか、英雄さんよぉぉぉ、お! 俺は女の涙を見ても何とも思わないが、子供の泣きじゃくる姿を見ると、護ってあげたくて興奮しちまうタイプだぁぁ、よ!」


 蓮は跳ぶ。

 弾き飛ばしたモンスターが飛び掛かってきて、大口を開けて噛み付こうとしてくるのを躱し、下顎を狙って打ち砕く。

 下顎が外れるほどの衝撃で脳を揺らされたモンスターがよろけると、再度懐に跳び込み、斥力を伴った拳で殴り飛ばした。


 胸部が潰れ、陥没したモンスターは数度痙攣した後、沈黙する。

 その様を、いつの間にか繭の上に上っていたアクアパッツァが見て高笑った。


「やぁるなぁ! さすが、帝国の五人姉弟は長男の蓮様だぁ! 俺の生み出すモンスターよりも? よっぽど怪物じみた強さしてやがる。だがなぁぁ、あ? 怪物そのものに勝てても、怪物の親に勝てる保証はねぇよなぁ?」


 アクアパッツァの体の中で、得体の知れない何かが蠢いている。

 彼の体の中で生まれたモンスターなのか。自身がモンスターへと変転しているのか。

 能力の詳細がわからない以上、断定は出来ない。が、彼が人間でなくなろうとしている事だけは確かである。


 右腕の肘から二本の腕が生え、左腕は筋肉が肥大化して巨大化した左手の五指を突き立てる。

 胴が引き延ばされたかと思うと腰が肥大化し、そこから四本もの脚が生えて来た。

 背中からは変形した背骨が衣服を突き破って出て来ると、左右に分かれて羽のような膜を広げて翼を作り上げ、双眸の上下にそれぞれ一つずつ新たな目が現れた。


「俺の能力はEエレメントサモン。あくまで召喚する力、召喚した下位の存在を使役する力! だが俺は更にその先の段階にいる。己の身の内に召喚し、取り込み、己が力として振るう事が出来る! 強いて名付けるのなら、系統タイプ異形異質の親モンスター・ペアレント。くぅぅふふふひひひひひゃひゃひゃひゃ!!! 待ってな、第二王女。おまえの母親の悲願、俺が叶えてやるからよぉぉぉ、お!!!」


 三つの右腕が指を差し、四つの目が嬉々として笑う。


 自ら怪物と化したアクアパッツァの高笑いが響く中、蓮が再び飛び掛かる。

 が、三つの右腕に捕まり、筋肉の塊と化した左腕に殴り飛ばされ、岩壁に叩き付けられる。

 更に六つの脚で跳躍し、背中の疑似翼で飛行したアクアパッツァの追撃が、岩壁を割る勢いで蓮へと叩き込まれた。


「ボルン隊長! ラヴィリア王女を連れて避難を! 私はあの繭を何とかしてみる!」

「させると思ってるのか? 死告騎士ペイルライダー!!!」


 未だ繭の中で眠る護身兵器ベインレルルクの覚醒を阻止するべく、フェイランが動こうとしたとき、繭の前に黒い胞子のような物が飛んで集まって来る。

 その中から現れ出た死告騎士ペイルライダー神呉かみぐれ永遥はるかが漆黒の槍を振り下ろした。


「邪魔はしないで頂きましょうか。フェイラン・シファーランド殿」

「あくまで帝国の味方をするか。ならば遠慮はしない――!!!」


 “天照アマテラス”。


 白い炎が解き放たれる。

 死告騎士ペイルライダーに向かって伸びた炎は直前で二手に分かれ、繭と棺桶とを繋ぐ糸を焼き切ろうとしたが、黒い胞子に阻まれて相殺された。


「遠慮はしないはずでは?」

「しないとも。だからこそ、おまえ達の目的を絶つ!」


 王族護身兵器、ベインレルルク。

 しかし今、一体誰を護ると言うのか。


 グァガラナート王の姿なく、ザァンラネーク王妃も死んだ。シムリエ第一王女も、とても制御出来るような状態ではないと見た。

 そして第一皇子は亡く、標的をラヴィリア第二王女に定めているのなら、あれに今、制御する操縦者コントローラーはいない。

 ならば覚醒するより早く、兵器のエネルギー供給のもとを絶つ。

 どれだけ強力な兵器かは知らないが、この状況下で目覚めさせてはいけない代物である事だけは確かであると、シファーランドの第六感が警告を鳴らして、能力を揮わせる。


「“天照アマテラス不知火之型しらぬいのかた”――!!!」


 鋭く、細く練られた白い炎が、弦に矢筈をかけた矢の如く震えていななく。

 順に解き放たれたそれらを槍の一撃で打ち払った死告騎士ペイルライダーは、後れて気付く。と言う、当たり前の事に。

 打ち払った炎は騎士の背後で小さいサイズの矢を作り上げ、再び射出されるべく震えていた。


 黒い胞子に乗った騎士は高速で移動し、放たれる矢を躱す。

 その際にフェイランの方を見たが、いない。周囲を見渡しても影すら見当たらないと見まわしていると、天井から石柱にしがみついていたモンスターの一体が、白い炎に絶叫と共に焼かれながら落ちて来た。

 

 槍の先から放った腐食の細菌ウイルスによって浸食。

 軟くなった肉を両断し、隙間を潜り抜けた騎士の側面より、フェイランが飛び掛かる。


 背に宿した白銀の翼を羽ばたかせ、槍を捕まえた手に炎を宿す。

 騎士の全身を細菌ウイルスが覆い、作り上げた薄い装甲諸共、白い煌炎が爆ぜて吹き飛ばし、灼熱が死告騎士ペイルライダーを焼き払う。


 吹き飛ばされた死告騎士ペイルライダーが体勢を立て直して着地した直後、背後に降り立ったフェイランの後ろ回し蹴りが灼熱をまとって繰り出され、甲冑に護られた側頭部を風を切る速度で蹴り飛ばした。


 数回、数十回天地を逆転させて転げながら、何とか踏み止まった死告騎士ペイルライダーの見つめる先で、神が司る炎を預かった熾天使の一角が如く、燃える翼を宿したフェイランが立ち尽くす。


「さすがに……平和ボケした王国の有数戦力に数えられるだけありますか」

「負け惜しみは、その程度で充分か?」


 わざわざ見回すまでもない。

 今の攻防の最中、繭と繋がっていた糸の大半が焼き斬られた。同時、棺桶を作り上げていた糸が焼き斬られ、中身が抜け出てしまっている。

 兵器の再起動は、予定を遥かに遅れるだろう。そもそも、再起動さえ出来ないかもしれない。


 だが――


「酷な事をなさいますね。中途半端に力を残された人々は立つことも出来ず、その場で苦しむばかり。あのまま兵器の燃料としてべられていれば、眠ったまま逝けたものを」

「だからそのまま見殺しにしろと? 我々が頼まれたのは、この国の反乱の制止であり、延いては民の守護だ。見殺しにする行為こそ、求められている行動とは反する。苦しもうが痛かろうが、国民には生き延びて貰う。王女を護りたい一心で身を投じた彼らが、王女を殺すため死んでいくなど、見過ごして堪るものか」

「随分と感情的なのですね。あなたはもっと、自国のためならば汚泥をも被るような方だと思っていたのですが」

「そんな冷血な女に見えたのか。心外だな」


 死告騎士ペイルライダーはふと、蹴られた側頭部を撫でる。

 指先についた血は白炎に燃やされ、肌の上にありながら沸騰して気泡を立てていた。

 そんな熱い血が滴っているのだから、顔の半分は火傷を負っているに違いない。実際に片目は開けられず、顔半分の感覚が酷く鈍くなっていた。


「……確かに、冷血ではないようですね」

「それだけではない」


 迂闊だった。

 仮にも皇族専属使用人の立場なら、敵と言えど、自国の皇族の存在を忘れるなど。


 棺桶から出されて苦しむ人々が、次々と静かに寝息を立てて眠っていく。

 直後、怪物の姿へと変転したアクアパッツァが飛ばされてきて、兵器を覆う繭へと叩き付けられた。


「ふふっ、ふふふはははははははははは?! 何だ、何だ、何だこりゃあ……! モンスターの膂力を得た俺が、能力を得た俺が、押されて――?!」


 飛び掛かってくる蓮の姿を見つけてすかさず、天井でぶら下がっていたモンスターの一体に、上から襲い掛からせる。

 だが、解き放たれた斥力に弾き飛ばされて岩壁に叩き付けられ、アクアパッツァは蓮に頭を掴まれて石の祭壇に叩き付けられた。

 さらに追撃の斥力が衝撃波となって圧し潰し、震動が内側から弾けて、怪物と化したアクアパッツァの体を破壊する。

 気味の悪い形で生えていた翼もどきが折れて、元の腕から生えていた細い二本の右腕が、複雑に折れ曲がっていく。


「こ、の、ぉぉぉおおおっっっ!!! 本物の化け物か、よ、あぁぁっっっ!!!」


 絶叫を上げるアクアパッツァの背から、背骨が変形した翼もどきが抜き取られる。

 痛みと憤怒で声を荒げようとした凶悪犯が見上げ、見たものは一つ。自ら言葉を封じ、感情を封じ、切望を封じた英雄が封じきれぬ感情。

 激情。憤怒。激怒。

 それら憤慨一色で塗りたくられた英雄の虹彩は、赤々と燃え滾っていた。

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