心が弱い味方って大抵利用される
――
ほとんどが皇帝の実子ではなく、世界各地より、あらゆる願望を叶える万能器。もはや伝説の産物と化した宝物を探すために集められた、世界に捨てられた子供達。
彼女達の世話をするのが皇族専属使用人の仕事であり、彼らの身を護るのが皇族護衛部隊の役割であった。
が、長女の
更に次男、
だから彼だけが――長男、
他の兄弟姉妹と違って弱かった、という意味ではない。彼もまた、他の兄弟姉妹に勝るとも劣らぬ怪物であり、強者であった。
が、他の兄弟姉妹と違い、彼は他者を圧倒せず、他者と寄り添い、弱者の視点に降りて物を見る人間だった。
故に、帝国の民から他の兄弟姉妹よりも絶大な支持を受けていたことは否めない。
他の兄弟姉妹に点数稼ぎと罵られながらも、彼は常に他者の側にあり、弱者の隣にいた。故に彼の側には守護が在り、彼の隣には護衛が要た。
故に彼を護るのが、常に新入りの護衛だった事は言うまでもない。
他の兄弟姉妹には必要のない護衛が、彼には必要だったのだから。
「失礼します。蓮様、今期の護衛任務に当たる隊員、四名をお連れしました。毎度の事ながら、揃いも揃って新人であります故、何卒ご容赦を」
当時の
初めて彼と出会ったとき、何とも言えぬ違和感を感じたのを覚えている。
自分よりずっと年上で、実力も経験もある護衛部隊長が頭を下げたのが、神呉自身よりもずっと若い、まだ十代前半の少年だったからだ。
無論、当時から噂は聞いていた。
帝国に飛来してきた龍を言葉だけで宥め、武を用いることなく返した心優しき一面の裏に、天上の帝国にさえ届く破壊兵器を造り上げた国一つを、一瞬で壊滅させた冷酷な一面を併せ持つ、堕天使のような存在だと。
創造と破壊。慈愛と慈悲。陰と陽。煉獄と紅蓮。
相反する二つの力、もしくは加護を司り、護られる存在。
二律背反を成立させてしまう、異質で希有な天の
その様はさながら、三度の贖罪までならば受け入れる御仏が如く。
さながら、懺悔の部屋にて信者の懺悔を聞き入れる聖母が如く。
彼は自分よりも年上で、自分よりも未熟な隊員らを優しく受け入れた。
だがその異質さを多くが受け入れられず、時に彼に反抗し、時に何もなかったかのように、護るべき彼の前から次々と、隊員達は脱落していった。
彼の存在に絶えきれない者は、他の四人にもついて行けない。彼はそのことをいるだけで示す秤であり、強者と弱者を振り分ける役割を担っていた。
故に皇族護衛部隊の面々は、皇族の五人に及ばずとも劣らない猛者揃い。
そして新入りでないにも関わらず、長男蓮の護衛であり続ける隊員は、蓮専属の護衛であり、言うまでもなく、慈悲深く慈愛に満ち満ちた彼に心酔してしまった者達であった――
▽ ▽ ▽
「こ、の、ぉぉぉおおおっっっ!!! 本物の化け物か、よ、あぁぁっっっ!!!」
異形の怪物達の親である世界的犯罪者が吠える。
抑え切れぬ憤怒に燃え、異形へと変じた体の一部をもぎ取る英雄へと投じた絶叫に応えたのは、英雄ではなく、彼をよく知る漆黒の騎士。
かつては彼を護り、彼のために彼の敵となり得るすべての障害を抹消し、殺し続けてきた漆黒の槍を掲げ、羽虫の大群が一斉に紙を喰うような音を鳴らして走る細菌をまとう。
本来あるべきとは逆の立場にあることを理解しながら、煌々と燃え盛る白炎へと、黒い胞子に乗った騎士は迫る。
生物界最速を誇るカビの胞子に次ぐ速度の胞子に騎乗する疫災の騎士は、炎を操るフェイラン・シファーランドの反応が追いつかぬ速度で周囲を駆け回り、胞子の欠片を残していく。
回避など許さぬ厖大な数の細菌が周囲を取り囲み、鋭利な針の形に伸びて、一斉に飛び掛かった。
「“
降り注ぐ細菌の針が、白い炎に焼き払われる。
だがそれらを囮に騎士は瘴気を走らせ、白炎の中に作り上げたトンネルを一気に駆けた騎士は、細菌と瘴気をまとった槍を突き出した。
フェイランは炎を盾に変えて、真正面から槍を受け止める。
盾に触れて燃える細菌の上を瘴気が這い、その身を冒さんと伸びて来ると、フェイランは自ら白炎をまとって瘴気をも燃やす。
が、それでも槍は退くどころかより強く押し込められて、距離を詰めた騎士はガントレットをまとった左拳を、炎をまとうフェイランの体に突き立てた。
細菌はもちろん、ガントレットまでもが焼けて溶け、気泡を割る音が聞こえて来る。
それでも騎士は退かず、槍も拳も引こうとしない。
「何のために戦う、
「理解など出来ないでしょう、平穏と言う温室に育っていたあなた方には。お慕いする方のため、時に敵として対峙する――そのような役回りがあるという事さえも」
背後より迫る瘴気と細菌にフェイランが気を取られている隙に、騎士は再び胞子に騎乗。先端で菌を燃やす槍を振り払って炎を消すと、フェイランの上へと跳んだ。
「千紫万紅。この世には、似て非なる色がございます。九分九厘が同じでも、わずかに違うものばかり。敵と味方、そのような明確な分かれ方だけをした単純なものばかりではないのです。フェイラン・シファーランド様」
赤、
違うのは色彩の明暗だけでない事は、想像に難くない。それぞれ別の細菌、命を脅かす猛毒で形作られているのだろう事は、初見でも想像くらいは出来る。
が、それ以上はわからない。
国殺しと謳われる
今までにはなかった別の効力。あるいは、無効化する白炎を上回る力を持っていると考えるのが道理だろう。
例えブラフだったとしても、警戒は怠れない。
無論その警戒こそが、彼女の狙いだったとしても。
「“
放たれた細菌の槍が、躱したフェイランを追って走る。
指先に凝縮され、弾丸として放たれた白炎に撃ち落とされるも、落ちた先で細菌を蔓延させて、胞子の速度で広がろうとしたところをフェイランの炎に燃やされる。
そうしてフェイランの意識を削ぎ、隙を突いた騎士の槍が、今度は青い細菌をまとって振り下ろした。
「“
「“
青い細菌をまとった槍と、左腕に展開された灼熱の装甲とが衝突する。
重ねられた九十九の防具が細菌の侵入を許さず、槍の切っ先が触れる事さえ許さない。
槍は徐々に熱を持ち始め、細菌をまとう事すら出来なくなっていく。白い炎に焼かれ、白く焼ける槍を手放した騎士は、わずかに残った胞子に騎乗して距離を取った。
が、逃げるためではない。
最後の一撃。焼ける両手を突き出して、今現在の自身に残された戦力を解き放つ。
「“
▽ ▽ ▽
国殺し。
死を告げる騎士。
誰が呼んだのか、いつから呼ばれ始めたのかもわからないが、二つの小国を滅ぼし、一つの大国を壊滅寸前まで追い込んだ永遥は、いつからかそう呼ばれていた。
国を殺したつもりもなければ、誰かに死を告げた記憶もない。
神呉永遥は誰を敵に回そうとしていたかを教えただけであり、彼を殺そうと画策しようものなら、どのような目に遭うかを思い知らせただけだ。
国なんて大層なものを殺した記憶はない。
国民なんて規模の人間を殺したつもりもない。
故に、神呉永遥は恐ろしい。
彼女の蓮に対する信頼と敬愛は、もはや神を崇拝する信者の域にあったのだから。
「蓮様。神呉永遥、無事帰還してにございます」
実際の年齢は、永遥の方が三つ上だ。
故に蓮が手を伸ばし、片膝を突いて傅く彼女の頭を撫でるのは、本来の立場と逆転しているが、その場の誰も異議を唱えず、違和感すらも抱かない。
それは蓮が皇族だからでも、彼女が護衛部隊に所属しているからでもない。
蓮が永遥を信じ、永遥が蓮を信じているからこそ――互いに深い信頼関係で繋がっているからこそ、自然に感じられる異質さだった。
「お褒め頂き、恐悦至極です……蓮様。神呉永遥は今後とも、あなた様のために尽くします」
▽ ▽ ▽
「“
焼き焦がされた手から、最後に残った細菌を解き放つ。
が、解き放とうとした直後に飛来して来た何かがフェイランと騎士の間に入り、解き放った最近はそれに当たってしまった。
「がっ、ぁぁぁあああっっっ!!!」
「アクア、パッツァ……!?」
投げ飛ばされたのか殴り飛ばされたのか。とにかく蓮によって吹き飛ばされたのだろう、全身青痣だらけのアクアパッツァの体を、細菌が侵蝕する。
背中を丸めて咳き込み、血反吐を吐き、のたうち回るアクアパッツァに意識を奪われていた騎士の肩を、ぽん、と蓮が叩いた。
~そこまで~
「……はい。ここまでにございます、蓮様」
兜を脱ぎ、その場で片膝を突いて傅く。兜を脱ぎ捨てた頭をそっと撫でられると、完全に沈黙した。
国殺し、
「随分と大人しくなったものだな。国殺しと呼ばれていても、結局は一人の女か」
「女の情などで、命など捧げられません。惚れた程度で芽生えた心などで、この身を捧げる事など出来ません。すべては……」
すべては、彼を慕い、敬い、愛すればこそ。
戦闘部隊の隊員ですらない騎士に、滅ぼされた国があった。戦いを本職としない騎士に、壊滅の危機に追いやられた国があった。
果たしてかの王国は、たかが雑兵の能力一つに沈むか否か。
沈むようなら沈めて落とす。その程度の国の英雄として、大事な皇子を任せられない。故に彼らの敵として対峙した。
蓮の味方でありながら、英雄の敵であろうとした彼女の戦いは、蓮の手が頭に置かれた瞬間に、幕を閉じたのだった。
「ようやく、拠り所を見つけたのですね。蓮様」
女の情などで、命など捧げられない。惚れた程度で体を張れない、と彼女は言った。
が、一度は惚れた男の下へ嫁ぎ、命を授かったフェイランには、思いを寄せる人のためだからこそ命を捧げる女騎士の姿が見えた。
愛する男のためならば、例え敵として憎まれ、殺されることとなっても構わない。
自分の無事や安全よりも、蓮の平穏と安寧を願う姿は、王国に置いて来た人形少女と重なる部分が多い。
それほどの魅力が彼にあると言う事なのだろうし、フェイランも理解出来たが――
「君には何やら、女難の相がありそうだな」
そうですか、と問いかけているのか。そんなことはないですよ、ととボケているのか。
おそらく後者はないだろうが、何とも言い難い表情で首を傾げてみせるので、フェイランはそれ以上何も言えなかった。
だからと言う訳ではないのだが、フェイランは足元で虫の息を繰り返すアクアパッツァへと視線を落とし、白炎をまとった足で踏み付ける。
ジジ・パンネストロフを殺したのとは異なって、外見上では識別出来ない細菌が、内部からアクアパッツァの体を破壊しており、内部に蔓延る細菌を追い出さんとして繰り返す咳は、苦悶に満ち満ちていた。
~これ、コロナ?~
「はい。生死の境を彷徨う苦痛を与えながら、決して殺さない無慈悲の
「何だ。私を仕留める気はそもそもなかったのか」
「その場で仕留めない、と言うだけです。蓮様に止まって頂くには、殺してしまうより、虫の息で晒して置く方が効果的ですので」
(さらっと怖い事を言うな……)
恋する女は怖いものだなどと、フェイランは自分の旦那となる男を殺そうとした山賊を相手に、根城にしていた山諸共焼き尽くした過去を棚上げにして思う。
良くも悪くも、恋とは人を強くするものだと思い至ったところで、フェイランは思い出した。
アルフエがいない。
来ていない。
まだ戦闘が長引いているのか、それとも――
~はるか、アルフエは?~
「それでしたら……」
バクン!
唐突に響く、密閉された空間で何かが爆発したような音。
一行は音のした方――フェイランの炎でエネルギーの供給源を失った繭を見上げる。
灰色が混じった白だった繭は真っ赤に染まり、さながら生物の心臓が如く鼓動を響かせながら、収縮と膨張を繰り返していた。
「アァはぁはぁはぁはっっっ!!! 起きたなぁぁぁ!!!」
同じく繭を見上げたアクアパッツァが叫び、笑う。
未だ
「蓮様、蓮様、蓮様ぁ! 愛しの蓮様、敬愛する蓮様のためよくやったなぁぁぁあ!
「何をした!?」
「……ベインレルルクは、元々大量の
「器……まさか!」
フェイランの嫌な予感は当たり、正解である事を示すかのようなタイミングで、それは出て来た。
繭を斬り裂き、両断して現れる。
蓮と同じ、絶えず色彩を変える光彩を持つ双眸。
白銀色の髪の上に生えた獣の耳。臀部から生えた三本の細長い尾。
両手に握り締めるのは、鋭い刃を携える光の剣銃。
それは牙を剥いて唸り、自身の
そこまで変貌を遂げていてもわかる。
いつそんな隙があったのか。果たしてこのような事態を想定出来ただろうか。
今までに見た事がない殺気と破壊衝動を感じさせる眼光を光らせるのは、兵器であって兵器そのものではない。
豊国の護身兵器の器とされた、バリスタン・
「◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□――!!!」
獣と化し、兵器と化し、怪物と化したアルフエが、蓮目掛けて跳び掛かった。
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