第1話 恋人


 3月5日、日曜日。晴れ。


 天道先輩と付き合ってから、最初の日曜日がやって来た。

 そして今日は先輩と初めてのデート!

 空は晴れやかに澄み渡り、まるで二人の門出を祝福しているかの様にも思える。

 私は弾む心を抑え、平静を装いながら先輩との初デートに想いを馳せる。


 さて、先輩はどこに連れていってくれるのだろう?

 定番の映画館?

 動物が可愛い動物園?

 それともゲームセンターやカラオケで盛り上がっちゃう?

 街を二人でゆっくりと歩くのも良いよね。

 ダメだ……。どれを想像しても楽しみで仕方が無い。

 ああ……。早く来ないかな。

 早く先輩に逢いたいなあ。



 ※※※※※※



 約束の時間、15分前。

 ついに先輩がやってきた。

 デートという事でお洒落な服に身を包み、駆け寄ってくる。

 卒業前に着ていた制服姿も素敵だったけど、初めて見る私服姿にドキドキする。

 凄く、カッコいいです。


 今日一日、この人と街を一緒に歩けるなんて告白前は考えなれなかった。

 告白前の私は貴方をいつも遠くから見つめるだけだった。

 部活の先輩後輩という事で気に掛けてくれていたけど、それが無かったら接点すら持てなかったに違いない。

 そう考えるとあの卒業式の日。

 勇気を出して告白して本当に良かった。

 私は何か暖かい物に包まれた気持ちになりながら、笑顔で先輩を迎えた。


 先輩は私より遅く来てしまった事に謝罪しつつ、息を整える。

 大丈夫ですよ、先輩。

 そんなに慌てなくてもまだ時間はたっぷりとありまし、私だって先輩ならいつまでも待ちますから。

 私がそう言うと、先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。

 お前は本当に優しいなって言って、撫でてくれた。

 突然の先輩の行動に私は顔を真っ赤にしながらうつむく。

 恥ずかしくて先輩の顔をまともに見る事が出来なかった。

 ズルいですよ、先輩は。

 先輩はそうやって私を子供扱いしているつもりなのかもしれませんが、その度に私の心はドキドキしてるって知ってますか?

 だったらこれからは覚えて下さいね。だってもう私達は恋人なんですから!



 ※※※※※※



 先輩とゆっくりと街を歩く。

 どうやらまずは軽くウィンドウショッピングらしい。

 目に付くお店に立ち寄って、あれが可愛いとか、これが良いとか、楽しい時間を過ごす。

 それは友達と遊びに行った時の何倍も楽しく、やはり好きな人とのデートというのは特別なのだと再認識した。


 午後は二人で映画を鑑賞した。

 観たのは最近、流行りのアクション映画。

 未来から来たロボットと超能力集団と筋肉が激しく戦い合い、時には友情を、時には裏切りを、時には愛を語る超大作。

 前にテレビのCMで観たことがあって、私も少しだけ興味を持っていた。


 私達はチケットを買うために受付へと並ぶ。

 そんな時、私達の前にいる学生カップルの姿が目に入った。

 大柄な彼氏と小柄な彼女との凸凹でこぼこカップルだけど二人は手を繋いだりして、初々しいというか、可愛かった。

 特に彼女の方は顔を真っ赤にして照れている。

 なんかいいな、ああいうの。

 私の中でムクムクと欲望が顔を出す。

 先輩の手、繋いじゃおうかな? なんて気持ちが沸き上がる。

 彼女なんだし、それくらい良いよね?

 私は目の前の学生カップルに少し当てられてしまったのか、気が付くと先輩の手を握ろうと手を伸ばしていた。


 しかしそれは空振りに終わる。

 もうすこし、というところで私達の番が来てしまい、伸ばした手は先輩の横をスルリと抜けてしまった。

 私はちょっとだけ残念な気持ち抱きながら、その後、先輩と映画を鑑賞した。


 その後は先輩オススメの喫茶店で食事をして、私と先輩の初デートは終わった。

 次は手、握れたらいいな。



 ◆◆◆◆◆◆



 4月8日、土曜日。雨時々曇り。


 今日は朝から雨が降っていた。

 せっかく今日は先輩とデートなのにちょっと気分は憂鬱ゆううつになる。

 でも大丈夫。

 愛する二人が一緒に居れば、それだけで楽しい。

 だから外は生憎の天気ですけど、私達の愛で雨雲なんて吹き飛ばそう!

 ……なんて言うのはちょっと調子に乗り過ぎかな?

 そんな事を考えながら、前回同様、待ち合わせ場所にて先輩を待っていると傘を差しながら歩いてくる先輩の姿が見えた。

 そして、私の姿を確認すると私の元へと駆け寄ってくる。

 その姿に私の心は弾んだ。

 我ながらなんて単純で現金。

 でも仕方無いよね。

 好きな人と一緒に居るってそういう事なんだもの。

 そして、今日も先輩との楽しいデートが始まる。


 さて、今日はどこに遊びに行きますか?

 雨が降ってるし、やっぱり屋内が無難ですかね?

 それともえて、外でのデートにしますか?

 シトシトと降る雨の中、相合い傘なんても素敵ですよね。

 私は先輩との時間が楽しくて、つい矢継ぎ早に聞いてしまう。

 ご、ごめんなさい。

 私ばっかり喋っていたら何も言えないですよね。

 普段は大人しい癖に興奮すると喋りが止まらなくなるのは私の悪い癖ですよね。

 あー……もう私ったら昔から先輩にご迷惑ばかり掛けて、恥ずかしいです。

 え? 元気のあるところが私の長所ですか?

 嬉しいです、先輩。

 やっぱり先輩は優しいですね。

 いつもそう、貴方はそうやって私を元気づけてくれます。

 初めて出会った時からずっと……。

 知ってますか? その時から私は先輩の事が好きなんですよ。

 なんて、私ったらいきなりなんでこんな話をしてるんでしょうね。

 雨のせいでしょうか?

 ちょっと今日は少しだけセンチメンタルになってますね。

 さて、せっかくのデートなんですから明るくいきましょう!


 それでは、改めてどこに行きますか?

 私はどこでも構いませんよ。

 先輩が行きたいところなら私はどこにでも付いていきます。

 でも、もし希望が無いというのなら今回は私が行き先を決めてもいいですか?

 前回は初デートという事で全て先輩にお任せしてしまいましたが今回からは私も一緒に考えたいんです。

 先輩ばかりに負担を掛けるのもアレですし、一緒に考えるのも恋人っぽくないですか?

 そしてこれが私と先輩の初めての共同作業になる! ……なんちゃって。

 すいません、ちょっと妄想が暴走しちゃいました。

 とにかくですね、私はこれからも色んな事を先輩と共有していきたいという事なんです。


 まあ、この話はもういいじゃないですか。

 それよりも今日は1ヶ月振りのデートなんですから早く遊びに行きましょう!

 楽しい時間はあっという間。

 だったら1秒足りとも無駄にはしたくない。

 欲張りだって思うかもしれませんが、それだけ私にとってこの時間は何物にも変えられないんです。


 だからこれからもたくさん思い出を作りましょうね、先輩。



 ◆◆◆◆◆◆



 4月29日、土曜日。晴れ。


 ゴールデンウイークが始まり、TVでは連日の様に『家族や恋人と出掛ける』的な特集番組が放送されている。

 そして私達のデートもこれで三回目。

 流石に三回目ともなると、二人で出掛ける事にも少し慣れてきた。

 でも慣れという物は良い面もあれば悪い面もある。

 分かりやすく言えば『倦怠期けんたいき』や『マンネリ』と言った事。

 流石に倦怠期けんたいきになるには早すぎると思いますが、男女の関係と言うのは適度な刺激が必要だと何かの本で読んだ事がある。


 だから今日は勇気を出して、前に出来なかった貴方の手を握ろうと思います!

 それで少しでも私のドキドキが先輩に伝わってくれれば、それが刺激へと繋がってくれれば嬉しいかな。

 だから、いいよね?

 手を繋いでも?

 だって私達は恋人同士。

 断る理由なんかは無いハズです。

 と、いうか断わるなんて酷い事、優しい先輩がするハズありません。

 だから私は信じています。

 今日、私が差し出した手を貴方は優しく握り返してくれると。



 ※※※※※※



 結果、先輩は優しく私の差し出した手を握り返してくれた。

 あれだけ握る前は緊張したのに今は逆に離したくないくらい。

 その手は大きくて、優しくて、暖かくて……。

 手を握りながら、私の鼓動は今にも緊張で張り裂けそうだ。

 でもそれと同時に私の心の中には何か暖かい物が満たされていくのを感じた。

 それともこれが『愛』というものなのかな?


 先輩、私は今、幸せを感じています。

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